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出典:藤原彰著 『餓死(うえじに)した英霊たち』 青木書店 2001年5月発行
第3頁・第4頁 はじめに−戦没者の過半数は餓死だった 第2次世界大戦(日本にとってはアジア太平洋戦争)において、 日本人の戦没者数は310万人、その中で、軍人軍属の戦没数は230万人とされている。 敗戦直後の1945年9月、東久邇内閣が発表した陸海軍人の戦没者数は50万7,000人に すぎなかったが、調査がすすむとともにその数が増えつづけ、 1977年に厚生省が明らかにした数字では、「軍人・軍属・准軍属」の戦没者230万人、 外地での戦没、一般邦人30万人、内地での戦災死者50万人、計310万人となっている。 なお調査や遺骨収集はつづいており、正確な数は依然として明らかにされていないが、 現在では、日本軍人の戦没者230万人というのが、政府が明らかにしている概数である。 この戦争で特徴的なことは、日本軍の戦没者の過半数が戦闘行動による死者、 いわゆる名誉の戦死ではなく、餓死であったという事実である。 「靖国の英霊」の実態は、華々しい戦闘の中での名誉の戦死ではなく、 飢餓地獄の中での野垂れ死にだったのである。 栄養学者によれば、飢餓には、食物をまったく摂取しないで起こる完全飢餓と、 栄養の不足または失調による不完全飢餓があるとされている。 この戦争における日本軍の戦闘状況の特徴は、補給の途絶、現地で採取できる食物の 不足から、膨大な不完全飢餓を発生させたことである。そして完全飢餓によって起こる 餓死だけでなく、不完全飢餓による栄養失調のために体力を消耗して病気にたいする 抵抗力をなくし、マラリア、アメーバ赤痢、デング熱その他による多数の病死者を出した。 この栄養失調に基づく病死者も、広い意味で餓死といえる。 そしてこの戦病死者の数が、戦死者や戦傷死者の数を上回っているのである。 戦死よりも戦病死の方が多い。 それが一局面の特殊な状況でなく、戦場の全体にわたって発生したことが、 この戦争の特徴であり、そこに何よりも日本軍の特質をみることができる。 悲惨な死を強いられた若者たちの無念さを思い、大量餓死をもたらした日本軍の責任と 特質を明らかにして、そのことを歴史に残したい。 大量餓死は人為的なもので、その責任は明瞭である。 そのことを死者に代わって告発したい。それが本書の目的である。 |

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