全返信表示
[ 吉川和夫 ]
2019/8/29(木) 午後 10:30
[ セイコウ ]
2018/10/6(土) 午前 9:23
[ 歴史の真実を世紀ごと学ぶ ]
2018/9/2(日) 午前 8:47
[ 領海・領空防衛 ]
2018/5/6(日) 午前 9:16
[ 吉川和夫 ]
2018/3/25(日) 午前 7:50
[ 吉川和夫 ]
2018/3/25(日) 午前 7:47
[ マレーシアにまた行きたいな ]
2018/2/12(月) 午前 9:59
セバスティアン1世が親政を執っていた期間の大部分は、ポルトガル国内は安定した状態にあり、大規模な政治改革は行われなかった。
信仰・教会に関連する法令が多く制定され、ポルトガル本土と植民地の新たな司教区の設置、宗教裁判所の権限の強化などが実施された。
ジョアン3世が没してセバスティアンが即位した後も、ポルトガルの海外領土は拡大を続けた。
1559年にポルトガル軍はインド西岸のダマンの再征服に成功する。
1567年にブラジル総督Mem de Sáが南アメリカのリオデジャネイロ湾からフランス軍を撃退し、要塞を占領する。
要塞はコロニア(植民地区)に作り替えられ、これが後のリオデジャネイロに発展する。
ポルトガル人による日本人などのアジア人の奴隷貿易に対しては、規模が大きくなったためカトリック教会への改宗に悪影響が出ることを懸念して1571年に日本人の奴隷交易の中止を命令した。




