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栄光の日々
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 今日で、平成も31年の歴史に幕を閉じます。昭和64年(1989年)1月7日に昭和天皇の崩御により、8日より「平成」となりました。元号は当時の小渕恵三内閣官房長官により、発表されました。テレビなどでご覧になった人も多いと思います。社会科などの教科書や資料集でも写真が掲載されていたのでリアルタイムで見ていない人もご存知の人もいることでしょう。昭和天皇に代わり、明仁親王が今上天皇となりました。平成の時代はどのような時代だったか簡単に触れたいと思います。日本国内では、不動産や証券への投機熱でバブル景気(資産価格の上昇と好景気、およびそれに付随して起こった社会現象)が起きていました。しかし、平成3年(1991)年にバブルが崩壊しました。平成7年(1995年)には阪神・淡路大震災が発生、同年3月20日にオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生して戦後体制の崩壊が叫ばれました。平成14年(2002年)にFIFAサッカーワールドカップが日韓共同開催で行われました。平成20年代から人口減少社会に入り、就職氷河期が再来して派遣切りなど非正規雇用者の解雇が相次ぎ、ゆとり世代の新卒者の就職率も低下しました。格差社会が問題となり、小泉内閣の聖域なき構造改革などの新自由主義政策への批判もありました。平成23年には東日本大震災が発生し、この地震に起因する東日本大震災および福島第一原子力発電所事故が発生し、太平洋沿岸自治体で津波による居住地や職場の喪失、放射能汚染により福島県浜通りの一部から、被災地域の多くの人が移住を余儀なくされるなど、戦後最大の国難と称されました。また、地震と原発事故に伴い全国各地の原子力発電所が停止して、電力不足が懸念され、東日本大震災による電力危機から節電が余儀なくされました。 平成24年(2012年)9月の敬老の日に関連する総務省の推計で団塊の世代が高齢化した影響で65歳以上が初めて3000万人を突破して3074万人になり、日本の総人口の24.1%に達しました。2013年(平成25年)に2020年夏季オリンピック・パラリンピックの開催都市が東京に決定しました。平成30年(2018年)に「2025年日本国際博覧会」が大阪で開催されることが決定しました。平成31年(2019年)4月1日、新元号「令和」が菅義偉内閣官房長官より、小渕恵三元内閣官房長官と同じ形式で発表されました。明日、令和元年(2019年)5月1日より新元号となります。簡単ですが平成の31年間を見てきました。折角ですので、平成の31年間の間に登場した施設などを一部、見ていきます。こちらは、当ブログで記事にしたことがある場所などから厳選して、写真と一緒に振り返りたいと思います。

 平成元年(1989年)に神奈川県相模原市にあるJAXA相模原キャンパス(写真1)が開設されました。毎年7月下旬にはキャンパス公開を行っています。通常の日でも一部見学ができます。他にも浜松市北区にある自転車専用の橋である「みをつくし橋」が完成しました。

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 平成4年(1992年)には東海道新幹線のぞみ号」が運行開始しました。翌年の平成5年(1993年)には山陽新幹線でも運行開始されました。初代のぞみ号は300系(平成4年〜平成24年)を使用していました。現在の車両は今年引退する700系(写真2)をはじめ、N700AタイプのX編成(旧N700系)とG編成(新造車)です。因みに700系は平成11年(1999年)に運用開始されました。私にとっても思い出のある車両です。余談ですが、年に一度のJR東海工場で開催される新幹線なるほど発見デーがあります。こちらは平成6年(1994年)に東海道新幹線の開業30周年を記念して一般公開イベントを開催したのが始まりで、翌、平成7年(1995年)の「新幹線なるほど体験デー」を経て、平成8年(1996年)から現在の名称で開催されるようになりました。以前は、7月下旬の土日開催でしたが、平成30年(2018年)9月16日の3連休の中日、一日開催でした。

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 平成6年(1994年)には浜松駅に隣接している「アクトシティ浜松」(写真3)が完成しました。アクトシティは3年に一度、開催される「浜松国際ピアノコンクール」の会場でもあります。昨年の平成30年(2018年)に開催されたばかりです。昨年で10回目を迎えました。次回は令和3年(2021年)の開催となります。また、今度のGW、令和元年(2019年)5月3日から5日まで、浜松まつりの市街地会場として、イベントが予定されています。

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 平成10年(1998年)には横浜国際総合競技場(写真4)が開場、平成14年(2002年)にはFIFAワールドカップの決勝戦が行われました。平成17年2005には日産自動車がネーミングライツを取得し、日産スタジアムとなります。令和元年(2019年)9月にはラグビーワールドカップの会場となり、日本戦や決勝戦が予定されています。

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 平成11年(1999年)には航空自衛隊浜松基地に隣接する浜松広報館(写真5)、愛称「エアパーク」が開館しました。今年で20周年です。4月20日・21日には記念イベントが開催されました。

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 平成16年(2004年)には浜名湖ガーデンパーク(写真6)が開園しました。こちらは浜名湖花博2004の会場として使用され、一度整備のため休園し、平成17年(2005年)に再び、開園されました。

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 平成17年(2005年)には春華堂のうなぎパイファクトリー」(写真7)が開業しました。平成29年(2017年)にはリニューアルオープンしました。うなぎパイファクトリーの春華堂が手掛ける浜北スイーツ・コミュニティの「ニコエ」は平成26年(2014年)にオープンしました。

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 平成18年(2006年)には静岡県湖西市に「道の駅潮見坂」(写真8)が開駅しました。毎年3月下旬に開催される開駅記念感謝祭が開催されます。多くの人が足を運ばれます。こちらの道の駅は地元の農産物の販売をはじめ、地元の食材を使った料理が楽しめます。無料の足湯もあります。

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 平成21年(2009年)にはスズキ歴史館(写真9)が開館しました。平成31年4月、開館10周年を迎えました。平成の最後に10周年と何とも記念すべき10年目ということになったのは言うまでもありません。

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 平成24年 (2012年)には新東名高速道路が御殿場JCT−三ケ日JCT間が開通しました。平成28年2016には、浜松いなさJCT−豊田東JCT間が2年遅れで開通、平成30年2018年には、海老名JCT−厚木南IC間が開通、平成31年(2019年)3月17日、厚木南IC−伊勢原JCT間が開通しました。平成31年度(令和元年度)中に伊勢原大山IC開業、令和2年度(2020年度)中に全線開通を目指しています。平成31年(2019年)3月1日より新静岡IC−森掛川IC区間で最高時速が120㎞/hに引き上げられました。現在、新東名高速道路内ではSAが7箇所(上下線集約型は一ヶ所とする)、PAが9箇所(上下線集約型は一ヶ所とする)あります。そのうちNEOPASAのブランドを使っているのが8箇所(上下線集約型は一ヶ所とする)あります。個性的な外観に地域の特性を活かしたコンセプトし商業施設になっています。駿河湾沼津SAで、土日祝日限定で開催しているマグロの解体ショーは人気です。清水PAはドライバーやライダーが集う場所というコンセプトですので、自動車やバイクの展示が行われていることもあります。何より、ピットをイメージした建物になっています。静岡SAは静岡市が模型の街ですので、SA内にはガンダムのプラモデルが展示していますし、下り線では、ガンダムショップもあります。今年3月からは上り線で自転車の駅を開業しました。浜松SAは楽器の街、浜松市らしく、外観はピアノをイメージした造りになっています。上下線ともミュージックスポットがあり、コンサートはもちろん、一部の楽器に直接触れることができます。また、下り線には夢童由里子さんの風の童子(写真10)があります。2体の人形の間にある鍵盤の中央にはセンサーがあり、触れると童謡、クラッシック、自然の音などが流れます。岡崎SAは上下線集約型のSAです。同じ建物ですが、上り線側と下り線側の入口では外観が違います。上り線は東海道五十三次の岡崎宿の町屋をイメージした外観で、下り線は愛知県の鳥であるコノハズクをイメージした外観となっています。

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 今回、見てきたのはほんの一部です。折角ですのでアクセス方法などを紹介します。JAXA相模原キャンパスはJR横浜線の淵野辺駅及び小田急線相模大野駅からバス、駐車場もあります。みをつくし橋は天浜線の気賀駅から徒歩、都田川沿いにあります。アクトシティ浜松はJR浜松駅から徒歩で行くことができます。横浜国際競技場は、JR新横浜駅及び横浜市地下鉄新横浜駅より徒歩で行くことができます。浜松広報館へは東名高速道路浜松西ICよりおよそ10分のところにあります。浜名湖ガーデンパークへはJR浜松駅よりバス、駐車場もあります。うなぎパイファクトリーへは、車を利用して行くことができます。ニコエには遠鉄の浜北駅よりバスで行くことができます。また、駐車場もあります。道の駅潮見坂は国道1号線潮見バイパスもしくは国道42号線を利用していくことができます。各施設についてはホームページをご参照ください。

獅子舞

 お正月に獅子舞が巡回する地域や商業施設のでイベントなどで獅子舞(写真)が披露されることがあります。獅子舞はお正月以外におめでたい日に行われます。獅子舞いの意味や由来について少しふれますと、獅子舞いには悪魔祓い、飢餓や疫病を追い払う意味があります。獅子舞はインドから中国、中国から日本に伝わりました。獅子舞いの獅子とはライオンのことでインドの遊牧民族が強いライオンを霊獣・神と崇めるようになり、ライオンを模した舞を踊るようになったのが獅子舞いの原型と言われています。日本では、室町時代に伊勢の国(現在の三重県)で飢餓や疫病を追い払うため、お正月に獅子舞を舞ったのが始まりと言われています。その後、江戸(現在の東京都)に伝わり、祝い事や祭り事で獅子舞が定着し、江戸時代初期頃には江戸神楽師や伊勢神楽師と呼ばれる団体が、獅子舞を舞いながら全国を回り、悪魔祓いをしたことで日本各地へ広がりました。獅子舞の種類は大きく分けて二つの系統に分類されます。2人以上で一匹の獅子を演じる「伎楽系」と1人で一匹の獅子を演じる「風流系」です。前者は西日本を中心に全国へ広まったもので、後者は関東、東北地方で主にみられるものです。また、風流系では頭に被る動物が獅子だけでなくないことも特徴です。地域によっては獅子以外に、鹿、馬、中国の霊獣である麒麟などがあります。

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 ところで、獅子舞に頭を噛んでもらうということをしますが、なぜ、頭を噛むのでしょうか。それは獅子舞が人の頭を噛むのはその人についた邪気を食べてくれるからです。つまり、悪魔祓いや疫病退治の意味があるからです。悪いことから守ってくれて、ご利益があると考えられています。子どもの場合は厄除けの効果が強く、学力向上、無病息災、健やかな成長にご利益があると言われています。そして、初詣で獅子舞に頭を噛まれると、魔よけになり、一年をよりよく過ごすことが出来ると信じられているからです。他にも、語呂合わせで「獅子が噛みつくと神が付く」とい縁起かつぎの意味もあるからです。

 今年も商業施設などの新春イベントで獅子舞が披露されたところも多いと思います。公演の後は希望者には頭を噛んでもらうという人も多かったことでしょう。頭を噛んでもらったら御ひねりを獅子舞の口に入れた人もいたことでしょう。小さな子は獅子舞が怖くて泣きだしてしまうといったこともあったでしょう。繰り返しますが獅子舞いに頭を噛んでもらう事は大変縁起が良いことです。写真の獅子舞は婚礼人力車壽屋の獅子舞です。参考までに掲載しました。 

 新年も2日目となりました。昨日は初詣に出かけられた人もいるでしょう。元日の夜、もしくは二日の夜は見る「初夢」と言われています。昔から、よく「一富士二鷹三茄子(いちふじにたかさんなすび)」と言われいます。「一富士二鷹三茄子」の一富士」とは、いったいどういうことしょうか。本日は「一富士二鷹三茄子」を見ていきます。

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 一富士、二鷹、三茄子は初夢で見ると縁起が良いといわれています。一富士は「駒込富士神社」が由来しているそうです。駒込富士神社は東京都文京区にある神社です。江戸時代、富士山信仰の拠点の一つで、今でも「お富士さん」と呼ばれています。因みに「二鷹」は駒込富士神社周辺にあった鷹匠屋敷があったこと、「三茄子」は駒込茄子が名産品だったといわれています。川柳にも「一富士二鷹三茄子」が縁起物として詠まれていいます。写真は明治学院大学横浜キャンパスの遠望橋から見る富士山です。こちらのキャンパスから天気の良い日は富士山を見ることができます。

119番の日

 本日、11月9日は119番の日です。国民の消防全般に対する正しい理解と認識を深め、住民の防災意識の高揚を図ることを目的として設けられました。1987年に自治体消防発足40周年を機に、消防庁によって制定されました。消防・救急に関する緊急通報用電話番号である119番にちなんだ語呂合わせです。因みに1月19日は家庭用消火器点検の日であり、重複を回避した日付となっています。同様の消防全般の啓蒙のための記念日として消防記念日も制定されています。

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 参考までに写真は戸塚消防署所属の戸塚消防はしご隊のはしご車(写真1)と戸塚第2消防隊の水槽付ポンプ車(写真2)です。こちらは第42回戸塚区ふれあい区民まつりで展示されていたものです。

 10月は鉄道イベントが多く開催される時期でした。10月7日・8日は東京の日比谷公園で鉄道フェスティバルも開催されました。JRをはじめとする鉄道会社が集合しました。鉄道フェスティバルなどのイベントでは、記念乗車券や鉄道グッズを販売しています。中には部品などを販売するところもありました。部品を販売すると殺到したり、購入したが大きなものは持ち帰るのが大変だったりということもあり、ネット通販による販売をするところもあります。JR東海では9月16日の新幹線なるほど発見デーと鉄道フェスティバルで部品販売の紹介が行われました。紹介をしたのはJR東海鉄道倶楽部というグッズ販売の部署です。こちらに足を運び、ビラをもらって、ネットで申し込み、抽選が行われ、当選したら購入できるといったシステムでした。こちらは高額な商品にも拘らず、抽選の倍率はかなり高いものでした。先月、こちらに関する記事がありましたので紹介します。

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 鉄道マンの時計、抽選185倍 JR東海がネット通販
 乗務員が使った懐中時計や新幹線の部品などを販売するJR東海公式のウェブサイト「JR東海鉄道倶楽部」が今月、開設1周年を迎えた。廃棄する部品を工場などで売っていたが、より買いやすくしようと昨年10月からネット販売を始めた。抽選倍率が185倍の人気グッズもある。
 JR東海はもともと、リニア・鉄道館(名古屋市港区)や浜松工場(浜松市中区)で、ひざかけや銘板などを販売していた。ただ、買えるのは現地を訪れた人だけ。新幹線の座席は持ち帰るのに手間がかかるなど、ファンから不満の声も寄せられていた。
 JR東海でサイト運営を担当する事業推進本部が2016年、管内の沿線地域の特産品を紹介する通販サイト「いいもの探訪」の開設を準備していた。そのとき、鉄道部門から「せっかくなら鉄道の部品も通販できないか」と話が持ちかけられた。そこで、構築したシステムを生かして鉄道倶楽部のサイトも設けることにした。
 反響は予想以上だった。初回は先着順で販売。わずか2日で24種類400点が売り切れた。今年1月末の第2回販売からは抽選制にした。新幹線の乗務員が懐中時計が正確な時刻になっているかを確認するために使う「標準時計」(送料込みで3万5千円)は、最高で185倍の倍率になる人気ぶり。今秋まで8回販売を実施し、延べ約110種類2300点が売れた。
 通販サイトとイベントを結びつける試みも始めた。今年9月に浜松工場で開かれたイベントで鉄道倶楽部のブースを出店。Tシャツの一般販売に加え、来場者しか通販サイトで購入できない方法も採り入れた。東京・日比谷公園で今月6、7の両日あった第25回鉄道フェスティバルでも同様のブースを設けた。
 新たな掘り出しものがないか探すため、今月16日、事業推進本部の宍戸聡朗(としあき)さん(38)がリニア・鉄道館を訪れ、天野満宏館長(60)らと倉庫に眠る鉄道グッズを確認した。「鉄道ファンにとっては好きでたまらないものばかり」(宍戸さん)で、新幹線0系の銘板や100系の食堂車の部品など候補は複数挙がっている。天野館長は「我々は鉄道の歴史を残す使命がある。多く残っていて、お渡しできるものがあれば協力したい」と話した。
 鉄道倶楽部は不定期に鉄道グッズの販売をしている。11月にはオリジナル年賀状を売り出す。詳細は鉄道倶楽部のサイト(
http://e-mono.jr-central.co.jp/traingoods/)。(江向彩也夏)
 (2018年10月18日「朝日新聞社」)

 参考までに写真(写真1・2)は9月16日の新幹線なるほど発見デーの時の物です。この日は来年、引退をする700系新幹線の行き先表示幕、廃車された銘版、テーブルをはじめ、在来線の行き先表示幕、通券箱などが展示されました。また、記事にもあるようにオリジナルTシャツの販売もありました。鉄道フェスティバルでは、Tシャツやグッズの販売も行われていました。因みにTシャツのデザインは先頭車研きロボットの作業の様子がデザインされていました。

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