日々狂簡

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今回紹介します絵は、グイド・レーニの描いた

ベアトリーチェ・チェンチの肖像

カラバッジョやフェルメールと同じく、17世紀に活躍したバロック期の画家ですが、

教科書に登場するようなメジャーな画家ではありませんので、

詳しい資料が見当たりません。


さて、そんなレーニの描いたとされる女性の肖像画。

憂いを含んだ端整な顔立ちが、今風に言うと「美人過ぎる肖像画」として

作者本人よりも知られている可能性があります。

というか実は、この作品の作者はどうやら不明のようです。


絵のモデルはベアトリーチェ・チェンチ。彼女はとても不幸な生涯を送りました。

彼女はローマ貴族の娘でしたが、その父はとても暴力的で

耐えがたい暴行を、母や二人の弟と共に受けていました。


その非道な虐待を当時のローマ当局に訴えるも無視をされ、

最後の手段として、家族ぐるみで横暴な父を殺害します。


しかし、その殺害は露見してしまい、殺害に加担した彼女の恋人も拷問により死亡。

母と年長の弟、そしてベアトリーチェも死刑判決を受けますが、

殺人の動機を知ったローマ市民は、この判決に不満を抱き抗議するも、

時の教皇・クレメンス8世は死刑を強行。


その裏には、教皇がチェンチ家の財産を手に入れるため。

という説もありますが、真偽は不明。ともあれ、ローマ市民の怒りは収まらず、

暴動にまで発展しています。


そんな悲劇の渦中で命を落としたベアトリーチェ。

この肖像画は頭にターバンのようなモノをしていますが、

これは斬首の際に髪の毛が邪魔になるので、布を巻いて結い上げているのです。

つまりこの絵は、死刑執行の少し前の様子。ということになります。


レーニが牢獄に居る彼女の姿を描いたとも言われていますが、

彼女の死刑が執行されたのは、1599年9月11日。享年22歳。

その時、レーニは24歳。彼がローマへ出て画家の仕事を始めたのが

1601年頃だそうですので、若干の時間的ズレがあったりします。


そもそも、この絵が描かれた年代は1638年とも1662年とも言われています。

レーニが亡くなったのは1642年なので、後者であれば作者が異なります。


他に作者の候補が居まして、女流画家のエリザベート・シラーニ

の作品ではないか?という説もあります。

シラーニは1638年生まれ・1665年没。ですので、

彼女が作者であった場合は、ベアトリーチェは空想の人物となります。


美しくも哀しい表情で、観る者を魅了する肖像画。

しかも作者も不明で謎が多い点も、この作品の魅力だと思います。


なお、この絵に感化されて生まれた小説や音楽、映画など

数多くの芸術作品が存在します。

芸術というのは、作者の名前ではない。というのを

つくづく感じさせる作品でもあるのです。

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