|
中国指導部の悩みは、相当深いと思われます。
ワシントンで11日まで開催されていた「第5回米中戦略・経済対話」の中で、「自由で公正な投資環境を保障するための投資協定締結交渉」に関する協議が行われ、協議の結果、米中両国が初めて全分野を対象に今後の交渉を進めることに合意しました。これは米中両国にとってのみならず、国際社会全体にとっても大きな決して無視すべきでない重要な出来事です。
なぜなら、「全分野」には、今まで中国が外国から干渉されるのを嫌がって規制を強くしている金融やエネルギー分野も含まれており、要すれば中国が米国に対して「開国譲歩」の条件闘争を始めた、ということと同じ意味を持っているからです。
新聞等で報じられているとおり、この“妥協”にも見える歴史的合意の背景には、中国の焦りが明らかに読み取れます。本欄の前回でもお伝えしていましたが、中国政府の環太平洋経済連携協定(TPP)に対する見方が5月末頃から変容してきており、TPPや米国・EUが交渉を進めている米欧巨大FTA(自由貿易協定)に対して、中国が“包囲網の脅威”にも似た“焦り”を感じ始めていることが、今回の「妥協/合意」の背景に存在しています。
しかしながら、これで中国がTPPにそのまま参加するとか、米国の軍門に下るとか早合点されることは正しい理解ではありません。そもそも、中国経済は国有企業が中心で投資や金融の規制が多く、知的保護も不十分でTPPに現在の中国がそのままの状態で参加してくることはあり得ません。
TPPによって関税障壁ハードルが下げられる分野に外国企業が参入してくれば、共産党に影響力を持つ既得権益層がだまっていないのは明白であり、それを知っている共産党は習近平体制初年度からそのような混乱が起こることはまったく望んでいません。そういう意味で、朱光耀財政次官が公言するように「(今回の米中投資協定締結にかかる交渉で)どの分野が対象となるかは今後の交渉の結果次第だ」ということです。まるで、どこかの国みたいな発言ですね(笑)。
それでもなお、今回の「妥協/合意」は、今後の世界経済における中国のポジショニングを大きく変え得る転換点になる、と考えられます。理由は以下の4点です −
1)予想以上に、中国における経済構造改革が進んでいない。いわゆる「輸出・国内投資依存から内需主導へ」の流れがなかなか進まない。
2)金融規制の副産物として発生した「影の銀行(shadow banking)」が、結果として不動産バブル懸念を助長し続けており、その破綻リスクが表面化し始めている。
3)米国経済の回復基調がより鮮明になってきており、連邦準備理事会(FRB)も金融緩和の出口を探り始めていることにより、リーマンショック以来の日米欧による大規模な金融緩和マネーの流入が続いていた東南アジアの金融マーケットから、米国や日本へ資金が逆流し始めており、欧州と並び中国の大口輸出先である東南アジアの経済成長下振れ懸念が出始めてきている。
4)中国にとっては国内世論対策でもある東シナ海周辺海域における日本やフィリピン、ベトナムなどとの領土問題において、日本とASEAN諸国が想定以上に抵抗路線を強めており、収集するために非伝統的な手法が検討され始めている。
― 中国の指導部にとっては、上記4点の中で簡単に解決できるものはひとつもなく、しかもこれらがほぼ同時期に巻き起こっている結果として、「負のシナリオ」として中国が米国・日本・ASEAN・欧州から政治・経済的に“包囲”されるようなことは全く望ましい選択肢ではない、と考え始めていると思われます。
特に、減速傾向が鮮明になってきた経済面において外部要因によるこれ以上の下振れリスクをヘッジしていくためにも、TPPを意識した米中投資協定や日中韓FTAの早期締結カードをちらつかせる戦法を通じ、今後の中国のポジショニングを再定義する作業に持っていこうとしているのではないか、と考えられます。
上記4点を、少し詳しく解説します。
1)は、既に数年前より中国が国際通貨基金(IMF)などから要求されていることですが、今まで安定的に高い経済成長を続けてきた中国が「中進国の罠」に嵌ってしまっては、あまりにも世界経済全体に与え得る影響が大きすぎます。内需主導型の経済構造に転換していかない限り、もはや人件費も競争力を失ってきている中国にとっては、持続的な経済成長を維持していくことは困難極まりなくなってきます。そうなると、指導部も決して望んでいない、国力を背景にした覇権主義に自国を導いていってしまう可能性も否めない、という最悪のシナリオが待っています。
2)は、まさにこの2週間くらい世界中でShadow Bankingという言葉が流行語のように飛び交いましたが、実は数年前からバブル破綻リスクのひとつとして常に市場関係者から指摘されてきた「ゆがんだ金融システム」であり、今までマスコミで大きく報じられなかったのが不思議なほどです。The Financial Timesなどは、中国の地方におけるマンション開発ブームとそのゴーストタウン化の矛盾を指摘して、早くから「影の銀行」システムへの懸念を報じていました。そのリスクが表面化したことは、ある意味中国にとっては衆人監視下で金融システム改革をしていくことができる千載一隅のチャンスなのかもしれません。ただし、意図的に硬直的で独特だった既存の金融システムが中国の過去の高成長を支えてきたことも事実なので、金融システム改革はそれなりの経済的ロスの影響を残すかもしれません。
3)は、ひとえに、バーナンキ議長の発言に市場が振り回されている感も否めません。5月22日に同議長が量的緩和縮小に言及した途端、中国やインドネシア、フィリピンなどでは株式市場がちょっとした「売り相場」に陥り、7月10日までの間にこれら3カ国の株式市場総合指数は軒並み10%以上下落しました。このことから、これらの国に流入していた日米欧の緩和マネーがどんどん流出するのではないかという危惧さえ聞かれるようになりました。しかしながら、7月10日に同議長が「予見し得る将来にわたって、米経済は極めて緩和的な金融政策を必要としている」と発言し、一転して早期の緩和縮小に慎重な姿勢を示すと、市場は一気に「まだまだマネーはアジア・新興国に流入するぞ」と捉えて、翌11日には中国(3.2%)、インドネシア(2.8%)、フィリピン(1.6%)ともにポジティブな流れを再び見せ始めました。このことからも、世界の投資家は改めて「アジアは緩和マネーに翻弄されており、まだ持続的な成長路線を確保しきれていない」と認識し始めています。ただし、1997年のアジア通貨・経済危機を経てチェンマイ・イニシアチブなども整備されており、1997年のような突然の通貨・経済危機が再び起こる可能性は相当低い、という理解が一般的であることも確かです。
したがって、注目すべきはやはり中国の経済減速がどの程度で底打ちするのか、米国との投資協定はどうなるのか、日本との摩擦はどうなっていくのか、といった点が今後のASEAN経済の先行きを根本的に左右することには何ら変わりはないでしょう。
4)は、安倍政権の予想以上のハイスピードで戦略的な外交、特に中国にとっては本当に想定外だったTPP交渉への日本の参加は、今回の中国による「妥協/合意」の背中を押した直接要因のひとつです。これ以外にも、安倍総理が就任後わずか半年強でベトナム、タイ、インドネシア、米国、モンゴル、ロシア、サウジアラビア、UAE、トルコ、ミャンマー、ポーランドなどを直接訪問し、その上横浜で開催された「第5回アフリカ開発会議」において30カ国以上のアフリカ首脳とバイ会談を実施したことは、中国にとって「民主党政権時代と全く異次元のスピードで日本外交が戦略的に動いている」と見えているはずです。しかも、首相が直接訪問した国々は、いずれも中国が投資先として戦略的に重要視している国であり、アフリカに至っては今まで独壇場の「資源外交」相手だったところが、アフリカ側が「中国の進出方法は、(自国の)長期的な成長に必ずしも有益ではないかもしれない」と危惧を持ち始めていたところへ、安倍首相がここぞとばかりにトップ外交を仕掛けたので、中国側としては相当の危機感を持ち始めているに違いありません。
加えて、ASEAN、特にベトナムやフィリピンが東シナ海で領土問題で中国と火花を散らしている問題では、中国は今までは圧倒的な政治力・経済力で両国を威圧していましたが、ブルネイで6月末に開催された「ASEAN+3(日中韓)」外相会議の場では、中国側からASEANに対して法的拘束力を持つ「行動規範」に関する公式高官協議を9月に中国で始めることが提案され、合意しました。ASEANにとっては画期的な中国からの「歩み寄り」を勝ち取ったともとれますが、中国としては米国にとやかく言われ始める前に、ASEANをうまく丸め込んで主導権を握り続けよう、という意図が見え隠れします。しかしながら、実態としては、ASEAN側が日本や米国にも働きかけ、いわゆる外堀を埋める作戦で中国を揺さぶり、その結果として勝ち取った交渉権であることは間違いありません。このような動きは、過去の中国・ASEANの関係、特に援助や投資でASEANに対して圧倒的優位を常に誇示してきた中国に楯突くような態度を見せ難かったASEANも、ついに看過出来ないレベルまで中国の領海侵犯問題は深刻になってきた、ということです。
これら4点は、胡錦禱時代の中国にとってはいずれも「コントロール可能な」もしくは「コントロールする必要のない」問題であったはずなのですが、習近平体制下では想定を越えることが想定を超えるスピードとダイナミズムで起こっており、そこには日本の安倍政権による「異次元の金融緩和」や「ハイスピード外交」もあり、それらが中国指導部の悩みを複雑に、深く掘り下げていっています。
一方、世界にとって明らかなのは、中国の成長がもしも止まれば、世界経済への影響は限りなく大きい、という点です。
日本、米国、そしてASEANは、悩める中国をどのように戦略的に底支えし、そして取り込んでいくのか。FTAと領土問題は、そのためにも非常に大きなキーイシューとなってきています。
( tknaito 研究主幹 ) Copyright © tknaito 1999-2013
|
成長神話がいよいよ減速し出しましたね!この国はさてどうなって行くのでしょうか?共産党の崩壊が私の生きている間いに見たいものですね。
2013/7/15(月) 午後 10:53
まいどきくちゃんさん、コメント有難うございました。
中国の減速は鮮明ですね。しかし、中国経済を長く深く見ている人ほど、あまり大きな減速にはならず、落ち込んでも6%台後半は維持できるであろう、という意見が大勢です。まだまだ要注目ですね。またお立ち寄りください。
2013/7/21(日) 午後 11:14 [ tknaito ]