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まるで謎解きを考えさせられる、先行き不明のミステリーゲームのような展開になってきました。
5月17日(土)に中国の青島で開幕したアジア太平洋経済協力会議(APEC)貿易相会議において、1か月前には想定されていなかった日本と中国の閣僚会談が実現し、中国の高虎城商務相が「日本との経済貿易を重視しており、関係の安定と発展を望む」と、想定以上の前向きな関係改善意欲を示したことに、市場はとまどっています。
一方、中国とベトナムおよびフィリピンとの間にそれぞれ存在する「南シナ海問題」は、この2週間で急激に先鋭化しました。特にベトナムとの間では、中国が領海を主張して石油掘削作業を開始している西沙(パラセル)諸島近海海上で現在も睨み合いが続いており、ベトナム海上警察と中国国家海洋局の公船同士が体当たりや強烈な放水射撃で直接的に相手を攻撃するという、完全に「疑似戦争」の異常事態が継続中です。
この事態に対して、ベトナム国内でも中国系企業の工場や事務所が反中デモ隊に襲撃されるなど、事態は現時点では最悪のシナリオを辿っているように見えます。
ベトナムのズン首相も「中国は恥知らずにもベトナム領海を侵犯し、深刻な違法行為を繰り返している」と強く批判し、11日にミャンマーの首都ネピドーで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議で他国からも「ASEAN加盟国としての結束」を取り付けることに成功しています。
フィリピンでも南沙(スプラトリー)諸島で、3月下旬にフィリピン軍が駐屯地としている座礁船への補給を中国の沿岸警備隊が妨害したのに引き続き、最近では同諸島近海へ大量の砂を搬入して局部的な埋め立てを行い「新しい島」を中国が作ってしまうという、何とも強引な「実効支配」を着々と進めていることが報じられています。
フィリピン国内でも、反中デモが日に日に増加していっています。
一方の中国政府は、報道官発表を通じて一貫して「自国の領海内における行為は、他国から何ら干渉されるべきものではない」と言い続け、自らには何の非もない、と開き直りまくっています。
これら一連の状況を概観する限り、中国は一体何を考えているのだろう、と首をかしげざるを得ません。
経済力や軍事力、はたまた兵力だけでいえば、近年の中国がベトナムやフィリピンのそれと比較されるレベルではないものは、いわずもがなです。しかしながら、11日のASEAN首脳会議で採択された議長声明が異例の「ASEAN全体からの中国批判」とも言えるレベルの強い懸念表明であったことは、中国とASEANの間に大きな「転換点」を作ったと言えます。
今までのASEANは、中国の強力で持続的だった高い経済成長から受けていた恩恵に基づいて、南シナ海問題や他の域内問題に対して「懸念はするが公式な懸念表明はしない」という従属的な姿勢が主でした。この根本には、中国がASEAN各国に対して広く深く展開していた投資・経済協力と、華人ネットワークを活用した強い影響力の効果がありました。
しかしながら、現在のASEAN各国から見た最近の中国は「そこまで横暴になる必要はないだろう」「ASEANは中国の占領下ではない」「中国の経済力はもはや持続的高成長とは言えない」といった要素が重なって、3年前の中国とはもう違う、という考え方がコンセンサスになってきたように見えます。
仮にそうだとすれば、ASEANは中国をけん制するために、より日本および米国との結びつきを強めてくることが容易に想定できます。これは、日本と米国にとっては「最高のシナリオ」のひとつだと言えます。
一方、中国が仮にASEANと暫く一定の距離を置かざるを得なくなった場合、最悪のシナリオの一つはロシアとの協調を深めはじめることです。
ロシアはウクライナ危機で米国を困惑させ続ける一方、大きな外貨獲得源である天然ガスの輸出先である欧州が制裁的にガス購入を絞り始める場合、代替的な購入先として中国を頼ることは明白です。
そうこう考えると、短期の「最悪のシナリオ」として単純に考えられるのは「ASEAN・日米 vs 中国・ロシア」という対立軸です。
ここで冒頭の日中貿易担当相間会談に戻ります。なぜ中国は日本に対して、想定を超える前向きなメッセージを出したのでしょうか?
これを「中国政府が日本に悪印象を持たれ続けると、益々日本からの投資が減り、減速してきた中国経済に対してネガティブな影響が続くので、これを打開したい」というのが新聞報道の一般節論調です。しかし、本当にこれだけでしょうか。そうであれば、もっと早い段階で同様の前向きメッセージを出すタイミングは、何回もあったはずです。
やはり、中国の日本に対するメッセージは、ASEANとの緊張にリンクしていると考える方が自然と思われます。すなわち、中国にとってはASEANが想定上に結束して強いトーンのメッセージを出してきたことに、明らかに動揺していると見るべきでしょう。コントロール下にあったと考えていたASEANが、明示的に反旗を翻した最近は、中国にとっては想定外の抵抗に写っていると考えられます。
これから、中国を中心としたアジアのパワーバランス、そして米国やロシア、欧州なども関係する全世界の国際関係がどうなっていくのか、本当に想定が難しくなってきました。性質の悪いミステリーゲームのようですが、起こっていることは現実の世界です。
しかし、ASEAN各国も留意しなければならないのは、自国から中国系企業や華人資本家を締め出すようなことをもしした場合に、1998年5月にインドネシアの首都ジャカルタで起こったアジア通貨危機に連動した民主化を謳った大暴動で、国の8割の富を握ると言われる華人資本が海外に流出したことで、その後6年間にわたり経済が低迷したことは、まだ記憶に新しいはずです。
ベトナムもフィリピンも、華人資本家の暗躍無くして現在の経済成長は成し得ていません。したがって、領海問題に対する中国政府への抗議と、自国内における無関係の中国系住民への無差別攻撃などは、決してリンクして行うべきでないことは、肝に銘じるべきでしょう。
ちなみに、インドネシアでは約30年の周期で、華人系市民に対する厳しい差別的攻撃が発生し大量の被害者が発生しています。1965年「9月30日事件」および1998年「ジャカルタ大暴動」がそれですが、これら以外にも1973年「バンドゥンにおける反華僑・華人暴動」や1974年1月「1月15日事件」という排華運動がありました。古くは、1740年10月「紅河事件」で大量の華僑・華人が虐殺されました。
今回の南シナ海問題が、ASEAN各国で連鎖的な華僑・華人差別運動につながらないことを、心から願っています。
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ASEAN諸国内部でも経済発展に伴い貧富の格差が拡大しているので、華僑資本に対する反感の増大は否定できない所でしょう。ASEAN諸国の政治情勢も更に色々と難しくなりそうだと思います。
最近のインドネシアのニュースではジャカルタに導入した中国製のバスの品質の悪さとその導入時における中国からの賄賂問題です。まだ残っているオーダーの分500台くらいはキャンセルされるとか。中国のビジネス慣行は世界のあちこちに腐敗をまき散らしているような感じも受けます。
2014/5/18(日) 午後 11:37 [ TJ Adventure ]
TJ Adventureさん、コメント有難うございました。ASEAN内の所得格差拡大に関しては、私も問題意識を持っています。悪い方向に何かが働かないように、過去の教訓を生かしてほしいと切に願うばかりですが、あまりこの辺りを真剣に検討している節はまだ見られません。またお立ち寄りください。
2014/6/22(日) 午後 11:31 [ tknaito ]