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先週中にアジアで発生した最大のイッシューは、何と言ってもタイにおける軍のクーデターでしょう。
昨年11月、インラック前首相率いる政権がタクシン元首相の帰国に道を開く「恩赦法案」を下院で強行採決させたことに端を発し、タイは政府派と反政府派の間で終わりの見えない政情混乱に陥りました。
それから先週まで、半年が過ぎても事態の根本的な改善が見えなかったことから、最後の手段的にタイ国軍が政府と反政府派を覆うような形で、プラユット陸軍司令官が暫定的に行政トップを司る軍事クーデターが勃発しました。
過去19回の軍事クーデターを歴史上繰り返してきたタイなので、内外からは想定内の出来事であったという反応が少なくなかった一方、非民主的でありなおかつ経済への打撃も大きくなることが容易に考えられる軍事クーデターをなぜこの重要な時期にやるのか、という批判的な反応も多く出ているように見受けます。
タイ国軍というのは、正式にはタイ国防省の国軍最高司令部 (Royal Thai Armed Forces Headquarters)の下部組織であり、基本的には王様に帰属する軍組織です。したがって、最高意思決定者は王様なのです。実務トップは、陸軍司令官となっています。
したがって、今回の軍事クーデターに対するタイ国内での一般的な見方は − 「陸軍が単独でやっているはずはなく、王様の了解や指示がその背景には必ずある」 − というボトムラインがあります。そして、クーデターを起こして「中立的な調停者」を演じている陸軍は、根本的に自らが前面に出ることで王様をフロントラインに立たせることなくかばい続けている、というシナリオに沿って動いていると信じられています。
タイの長い歴史と伝統に支えられた王室の位置づけを考えれば、上述したようなボトムラインや考え方は大方間違っているとは考えにくいことは確かです。
換言すれば、昨年11月以降先週までの混乱と見通しのない対立に業を煮やした王様が、陸軍司令官と密かに協議し、事態を打開するために致し方なく今回のような軍事クーデターを実施することを容認した、ということでしょう。
今回問題の根本になっているタクシン前首相が、首相の座を追われた2006年9月の際にも、軍事クーデターが発生して政権交代が起こりました。しかしながら、当時の無血クーデターが発生してから次期政権発足のための民主的な総選挙(2007年12月)実施まで1年強もの時間がかかったことは、タイのマクロ経済にとっても停滞の時期となった経緯があります。
この事実から考えても、今回の軍事クーデターによって総選挙が実施されて民主的な次期政権が始動するまでは今から最低でも1年かかるものと思われ、その間に経済活動も一定のダウンサイドリスクを背負うことになるのは明らかです。
IMFが公表しているタイの2014年における経済成長率想定値は2.5%ですが、これがスローダウンしてどこまで落ち得るのか、またどこまで持ちこたえられるのか、市場関係者の興味はそこに尽きます。
なぜなら、タイの経済規模(GDP)はASEAN全体の約16%を占有しているため、仮にタイの経済成長率が想定よりも1%下落するとなると、ASEAN全体にとっても1%以上の経済損失につながるために、来年2016年に開始が予定されているAEC(ASEAN経済共同体)にとっても幸先の悪いスタートであり、しかも先行きに不安を残す要因になってくる、というネガティブ要因につながるからです。
タイの華人財閥といえばCP(チャロンポカパン)グループですが、CPにとっても最大の商売相手国である中国が最近、日本のみならずベトナムやフィリピンなどASEANメンバー国とも南シナ海上で軋轢を増し続ける中で、タイ経済自体が失速してAECのスタートに何らかの影響が及ぼされれば、CPも短期的には事業ポートフォリオを見直したりするなどの対応に追われることは明らかです。
そんなタイの自国内政事情に端を発した混乱ですが、ASEANにとっては百害あって一利なしであり、なおかつ最近の中国による海上での挑発行為なども、日本を含む外国企業にとっては「日本とアジアのビジネスは一体全体どうなっていくのか?」という不安を抱かせる要因になってしまっています。
中国に関しては、ロシアとの蜜月ぶりをアピールして日米などの外交筋にプレッシャーを与え続けていますが、タイのような軍事クーデターや天変地異的な激変が自国内で生まれる可能性は、短期的には極めて低いと考えられます。
したがって、最近の中国に関するカントリーリスクの大きな部分は、尖閣や南シナ海において実弾の発射であり、いわゆる偶発的な戦闘が始まってしまうことです。日本もASENA諸国も、自国の‘戦争リスク’に対して、とにかく建設的な予防手段を置いていくしかないのでしょう。
一方、タイのマクロ経済後退見通しが鮮明になってきた中で、ASEANを次に牽引するのは間違いなくインドネシアとフィリピンであり、前者(インドネシア)は7月の大統領選挙を波瀾なく無事に終えることが出来ればタイの代替生産地・消費地に十分なっていくことができるでしょうし、後者(フィリピン)はインフラ投資のための官民資本を十分に取り込んで成長を持続させる仕組みとインセンティブの用意ができれば、地域全体の経済成長も大きく落ち込むことにはならないと考えられます。
域内の華人資本家達も、上記のようなシナリオセッティングを急いでおり、ハイケース・ローケースで資本を分散させてリスクヘッジを急いでいるように見えます。
ASEANにとって、ひとつの正念場がやってきたように思います。しかしながら、先行きは決して悲観的になる必要はないと考えます。なぜなら、インドネシアとフィリピンによる牽引は、想定以上の力強さになってきたからです。この2国を注意深く見続けましょう。
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