うどん侍福蔵のプログ

生きる事は、・・・燃えることだ!

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

あっぱれ荘内半島の古代人

荘内半島といえば浦島伝説が浮かびます。
太郎が生まれた生里、玉手箱を開けた箱(浦)。半島の先端部には、釣り糸を担いでいた由来から糸之越、白髪の老人となった仁老浜(にろはま)、そしてこれら一帯を見下ろす山が紫雲出山と、古代にいざなうこれらの仕掛けは、‘バッチグ−’。 浦島太郎が実在したであろう、ゆかりの地名が、訪れた人々を、時空を超えた世界に引き込み、ストーリーは太郎のお墓で完結します。
荘内半島は、半島が故の悲観は見当たりません。逆に地形にのたうちながらの上昇、下降はあたかもジェットコースター、珠玉の浪漫地名での探訪散策は、オリエンテーリング感覚です。
現代人を惹きつける ‘ねばい歴史’の仕掛け、竜宮城に太郎をいざなった乙姫様の手練手管、これには脱帽せざるをえません。なぜでしょうか?
半島の先人達の知恵と結束により、将来の為、地名をよりすぐり、周到に適地にちりばめ、これを周知。談合合意の上、総意で守り抜いたことによるこの地名の遺産。 金を掛けることなく未来永劫、荘内半島の生き残りをこの時既に仕掛けていたのでは。こんな談合は、どんどんやってほしい。子孫のために繁栄の布石を打った先人。今では、ニンマリしていることでしょう。
見納めの圧巻は、干潮時には歩いて渡れる丸山島。大きな亀の甲羅を彷彿させます。そこには、浦島神社がありました。すみきった海、まるで竜宮城が透けてみえるほど。眼下には、裙子(スカート)をたくし上げた二人の小姐(シャオチエ)が素足で、その島に向かって人目をはばかることなく自由奔放に、靴を手に、歩いて海と戯れていました。

閉じる コメント(2)

顔アイコン

コメントありがとうございました。
荘内半島といえば浦島伝説大変参考にさしていただきました。
横浜の近く旧街道の神奈川宿に慶運寺という寺があります。
大変浦島伝説の深いところで、浦島橋、と地名も残っております。
この慶運寺は、浦島太郎の生まれたところで亀の舟の石があります。
伝説は、太郎の帰るのを待っていたことなど、浦島伝説そのものです。伝承して伝わったことより、歴史的なものとして、フランス大使館であったことが強く、そのため浦島伝説は、追いやられて幕末の史実のみ歴史として記されている方が、知られてきたようです。

2010/8/3(火) 午後 4:42 なとりのブログ

顔アイコン

仁老浜 勉強させて頂きました。

記憶に残すために?、TBさせて頂きましたので、よろしくお願いいたします。

2014/10/17(金) 午前 9:12 甚七

開く トラックバック(1)


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事