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魚沼の里から
よろしければ http://uonumacanopus.at.webry.info/ にもお立ち寄りください。
 
 春はことのほか季節の進みが早い。初めの頃は時々雪が降り、そのうち夏のような日もでてくる。
 野外でのスケッチにはよく出かけるが、緑や花々の変化、残雪のなくなり方など、あっという間である。とくに、桃などの花は、受粉の関係から花期が短く、写生にちょうど良い時期はほんの数日間のような気がする。

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                       WHITE WATSON F4  /  HOLBEIN

 この絵の信州の桃源郷とも言われる「丹霞郷」(たんかきょう)の桃畑には、数年前に行きましたが、日がとれずにやはり開花の直前でした。鉛筆スケッチだけして、翌春ベストの時期に10号か20号を楽しもうと思っていました。
 ところが、その後も花の時期とこちらの都合が合わず、とうとう今年も行けませんでした。この日の2枚のスケッチは、未完成のままいつまでも決まりがつきません。そこで、こちらの小規模ながらの桃畑の様子を参考に、桃の花真っ盛りの丹霞郷をイメージしながら彩色をしてみました。
 
 真ん中の飯縄山(1,917m)の残雪はこれくらいだっただろうか。右隣の戸隠山(1,904m)、黒姫山(2,053m)などはどうだろうかなどと、部屋の中でイーゼルに向かっていても、何かいまひとつ楽しくありません。来年の春こそ日を合わせて、ぜひ現場で心ゆくまで描いてみたいと思います。
 ちなみに、丹霞郷については次のような説明がWEBにありました。

 「丹霞郷」(たんかきょう)は、長野県飯綱町の南部に位置する桃畑である。約10haの広さに1,500本の桃木がある。丹霞郷の名前の由来は、1933年(昭和8年)春、桃の花の満開のころ、洋画家 岡田三郎助がこの地を訪れたところ、「まるで丹(あか)い霞がたなびいているようだ。」と言ったことから命名された。毎年5月の連休ごろ、地元住民主催により「丹霞郷花まつり」が開催される。



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 新潟県妙高市にある妙高山(2,454m)は、日本百名山、北信五岳の一つであり、弥彦山と並び新潟県を代表する名山です。 古くから越後富士(えちごふじ)とも呼ばれてきました。 
 連なる火打山(2,462m)、新潟焼山(2,400m)などの「妙高連峰」「頸城三山」の中ではこの妙高山が最高峰です。美しい景観、豊富な高山植物、ニホンライチョウの生息地などとして貴重な自然の宝庫とも言うべきこの山塊は、1956年、上信越高原国立公園に指定され、2015年には分離して「妙高戸隠連山国立公園」となりました。

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                       Stillman&Birn    14X22  /  HOLBEIN
  この三山は標高もかなり高く、魚沼地方の里山の頂上などからも南西約80キロの彼方にに望むことができます。遠いだけにさすがに小さく見えますが、空気が澄んでいるときには意外とはっきりと見ることができます。
 御嶽山(魚沼市)の頂上で、双眼鏡の視野に夕焼け雲を背景に妙高三山が浮かび上がります。やはり高いな、などと思いながらスケッチをしてみました。夕方のため、絵の具が乾かず色がすっかり濁りました。立ったまま、右手に筆、携帯パレット、スケッチブックを持ち、左手に持つ古い10倍の重い双眼鏡の視野はブルブル震え、日没にせかされてのスケッチでした。
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 帰宅してカシミールというソフトで、面白半分に試しに自分のデッサンと実際の景色を比較。デフォルメと意識したわけではないですが、やはり距離と標高だけに気持ちが行ってしまい、山の形などが実際とだいぶ違っていました。ま、絵だからいいかということにしました。

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ヒメスイバの咲くころ

  
 毎年この頃になると、残雪の越後三山とまぶしい新緑、それにこの草原の赤いヒメスイバのコントラストがいかにも初夏という雰囲気で、好きな風景の一つになります。
 前の晩、ちょうど絵を始めた10年前の5月21日に描いた絵を眺めながら、もうちょっとこのへんにあの色が、緑と全体の色調はもっとこうして、などと思いが膨らんできました。
 緑色など色の扱いも何も知らない頃の絵を見て、翌日リベンジするような気持ちで勇んで出かけました。

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                                  WATERFORD F6  /  HOLBEIN

 近年、急に公園などあちこちに広がり害草といわれるこのヒメスイバ。ここでは意外と広がっていませんでした。三山の残雪の雰囲気は素晴らしいが、PM2.5のせいもあってか景色は何かいまひとつスカッとしない。どうもイメージしてきた雰囲気と少し違います。近い所ですから、また頃合を見て出直すことにして帰りました。

  ヒメスイバ(タデ科)は、ヨーロッパ原産の帰化植物、小型のヒメスイバ(姫酸葉)といことらしい。性質は強く群生しやすく、シュウ酸を含むため家畜が食べないので、牧草地では害草として嫌われているということです。

 でも、これが沢山集まると、花期には花(実?)が色づき、地面一帯が赤く染まり紅葉かと思うような見事な美しさです。

 

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ここ新潟県南魚沼市旧塩沢地内。山の雪解けの清冽な水が豊かに流れ、水田の早苗に皐月の風が吹き渡ります。あたりはすっかり新緑となり、木立の向こうには残雪の消えた飯士山(いいじさん)が、清々しい雰囲気で聳えています。
南魚沼市と湯沢町にまたがるこの山は標高1111.8m2050万年前に活動した成層火山とのことで、向こう側の南東側のなだらかな山容にその特徴がよく現れています。標高こそ低いですが、越後湯沢を代表する名峰で、その秀麗な姿はどこからでもよく目立ちます。

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                      Stillman&Birn   14X22   /  C.W&N
 
山名の由来については、山頂に穀物の神様を祀ってあることから「飯」、山の形が富士山の姿に似ていることから「士」、よって「飯士山」となったのこと。また、荘園の上田荘が一帯にあったことから、別名「上田富士」とも呼ばれていたそうです。
 四季それぞれ何回か登りましたが、頂上からは360度の大展望が広がります。谷川連峰の美しい姿をはじめ、八海山・中ノ岳・越後駒ヶ岳の越後三山や巻機山など、「日本百名山」のいくつもの名峰が望める雄大な風景です。また天気が良いと越後平野の向こうの、日本海に浮かぶ佐渡ヶ島を見ることもできます。
東京方面に向かうこの国道17号の、南魚沼市の長い直線部のどこを走っていても、飯士山が見事なまでに真正面に見えます。道路の建設図面を引いた人が、まるで粋な計らいでもしたのかと思うほどです。

峻険な山の西側とは対照的に、南東斜面では緩やかな地形を利用して、1931年から始まった岩原(いわっぱら)スキー場が広がっています。子供の頃、進駐軍専用スキー場から一般に開放されたこのスキー場で、初めてリフトというものに乗ったことを懐かしく思い出しながらスケッチをしました。 

   

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 新潟県柏崎市にある黒姫山は、ほかの多くの黒姫山と区別するために「刈羽黒姫山」とか、「越後富士」とも呼ばれ、古くから米山、八石山とともに刈羽三山に数えられる信仰の山として、人々に親しまれています。
 
 海抜は891mでそれほど高くはないですが、周囲にはこれより低く山容にも特徴のない里山が連なっているので、この黒姫山はどこからでも目だって見えます。
 とくに長岡市の北部やさらに北の見附市から見ると、さすがに遠くて小さくはなりますが、まるで富士山のような形に見えます。昔から俗に「越後富士」とも呼ばれていたことがうなづけます。

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                                      Langton F8 (部分)/  HOLBEIN

  この絵は、長岡市の「水道公園」のすぐ脇の信濃川の土手から描きました。随分遠くで小さく見えたため、幾分デフォルメしてみました。
 ふだん散歩がわりに登っている魚沼の御嶽山から、西約40キロに見えるこの山は、両翼が張って無骨ながらもっと大きく堂々として見えます。見る方向によって、いろいろとその形が変化して見えることも、山の魅力の一つとも言えるかもしれません。
 
 ちなみに、ネットで「越後 富士」で探してみると4つも出てきました。
県内でもこんな調子ですから、富士と名のつく山は日本全体では一体どれくらいの数に上るのでしょうか。関係の本もたくさん出版されているようです。○○富士という山名は、国土地理院の地図上の正式名ではないものが多いこと、また、何々富士と呼ぶ定義もそれぞれですから、カウントは事実上不可能のように思います。
 
 いずれにしても、昔から日本人の心の中に、富士山がいかに賛嘆と敬意の対象であったかということがうかがい知れます。



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