田中瑞雄の母趾球歩きと薬ありの低糖質食

このブログの表題に母趾球歩きを加えました。そして低糖質食にも薬ありをくっつけました。(2013/05/16)

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>>櫻田先生! わたしは既に防人気分。役に立たんは重々承知。イーエイ! ゥワン! (瑞雄)<<


2019.08.28 # 韓国# 防衛・安全保障

文在寅の韓国が「西方世界」から脱落…米韓同盟の消滅が意味するもの(現代ビジネス)

日本はどう対応すればよいか

櫻田 淳 東洋学園大学教授


**韓国と日米の認識のずれ

8月23日、文在寅(韓国大統領)麾下の韓国政府は、日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を日本に対して通告した。

前日の韓国政府の破棄表明への反応として、米国国防総省声明は、「文政権が日本とGSOMIAの延長を行わなかったことに強い懸念と失望を表明する」と強調し、米国国務省声明は、「今回の決定は、私たちが直面する北東アジアの安保の課題について文在寅政権の深刻な思い違いを反映している」と指摘している。

また、『ウォール・ストリート・ジャーナル』記事(電子版、8月22日配信)は、「これは、われわれの集団安全保障に対する文在寅政権の関与について、赤裸々にして根本的な疑問を提示している」という米国政府部内の声を伝えている。

古今東西、戦場では「敵方」よりも「陣構えを崩した味方」の方が厳しく処断されるものであるけれども、「文在寅の韓国」の対応は、その「陣構えを崩した味方」の類のものであった。米国政府が強い反発を示したのも、当然である。

この日韓GSOMIA破棄に絡む顛末は、米韓両国において、日韓GSOMIAの扱いが何を意味するかについての認識の違いを表した。

日韓GSOMIAの扱いは、韓国政府にとっては、対日関係に絡む案件であったのに対して、米国政府にとっては、自ら盟主として主導してきた「西方世界」同盟網の結束に絡む案件である。日本政府もまた、米国と認識を同じくしていた。

こうした認識の違いは、米国の視点からは、韓国が「西方世界」同盟網の一翼を担う国家として信頼に値するのかということについて、疑念を投げかけるものであった。

米中「第2次冷戦」が始まったと語られる時節であればこそ、米国の「懸念と失望」は、その言葉以上の重みを帯びている。

実際、前に触れた『ウォール・ストリート・ジャーナル』記事が伝えたように、日韓GSOMIA破棄は、「北朝鮮、中国、ロシアに対抗しようとする米国政府の努力を切り崩す」ものなのである。


**褪せることなき文明論上の格上意識

筆者が既に幾度も指摘したように、朝鮮半島それ自体は、永き中世封建制の歳月を経て自由・民主主義・法の支配の土壌を育んだ日本や西欧諸国、そして西欧諸国の文明上の後嗣としての米加豪各国とは異なる「文明」空間である。

2017年4月の米中首脳会談の折、「朝鮮半島は事実上、中国の一部であった」と語った習近平(中国国家主席)の認識は、「文明」の観点からは何ら誤っていない。

実際、北朝鮮では、「中国」文明圏域の特色としての専制による統治が金日成執政期以来、現在に至るも続いている。

現下の香港や台湾での動きもまた、専制による統治の波及を懸念してのものである。

第2次世界大戦後の韓国が北朝鮮と異なる道を歩み得たゆえんは、日本による植民地支配と朝鮮戦争後の米韓同盟の樹立の結果、日米豪各国や西欧諸国のような「西方世界」の文明上の価値意識の影響を受け続けたことにある。

「漢江の奇跡」と称された1960年代後半以降の経済発展にせよ、1980年代後半以降の民主主義体制の確立にせよ、それらは、韓国が「西方世界」同盟網の一翼を担っていればこそ、実現できたことであった。

ただし、韓国の国情を語る上で見落とすことができないのは、こうした表層としての「西方世界」文明の価値意識とは別に、「中国」文明由来の価値意識が底層に沈殿しているという事実である。

韓国や北朝鮮に共通する朝鮮半島ナショナリズムの本質は、「中国」文明の枠内で「自主の立場」を貫いてきたという意識にこそある。

そして、岡本隆司(京都府立大学教授)や平野聡(東京大学教授)のような中国史学者が揃って指摘するように、「中国」文明の前提は、万事を「上下関係」に落とし込む秩序意識にある。

清朝成立以後、この「上下秩序」意識に本家以上に凝り固まっていたのが、朝鮮王朝であった。往時の朝鮮王朝の認識では、夷狄が築いた清朝よりも自らこそが中華の「礼」を体現する存在であり、そのゆえにこそ、「朝鮮−中華・格上/日本−野蛮・格下」という図式は自明であった。

平野によれば、現在では江戸期における日朝交流の一風景として語られる朝鮮通信使の往来も、「朝鮮からすれば、上国が野蛮国に《文明》の恩恵を施す」演出に他ならなかった。

明治以降、現在に至るまで、国際社会における「権勢」や「威信」において、日本が一貫して朝鮮半島の「上座」に位置してきた事実は、「日本は本来、格下であるはずなのに、現実には、そうではないのか…」という朝鮮半島独特の「恨」の心理を沈殿させた。

従軍慰安婦案件を含めて、植民地支配や戦争を事由とした韓国の度重なる対日謝罪要求は、「道徳上、韓国は日本よりも上である」と絶えず確認する機会に他ななかった。

そして、日本政府が輸出管理に関して発動した対韓優遇停止措置に韓国が朝野を挙げて示した反発もまた、結局のところは、「『格下の国』である日本が『格上の国』である韓国に楯突いて来るのは、許し難い…」という心理の反映に過ぎない。

諸国の「平等」を趣旨とする近代国際政治体系の中で、特に日本に対してだけは「上下秩序」意識が通用するかのように振舞った韓国政府の姿勢こそが、日韓確執を深刻にした一因である。

日本は、近代国際政治秩序の下地としての「西欧」文明の価値意識を早くに受け容れ、「万国公法」の尊重という信条を自らのものとした。戦時労働者案件に絡む韓国政府の対応は、それが「国際法の遵守」という信条に抵触するがゆえに、日本政府には受け容れ難かったわけである。


**586世代という害毒

ところで、1980年代後半以降、第1次冷戦終結以後の30年の歳月は、韓国にとっては紛れもなく「幸福な時代」であった。

韓国にとっての「幸福な時代」の条件を成したのは、「軍事政権から民主主義体制への移行」、「グローバリゼーションの波に乗った経済発展」、「南北関係を動かし、中露両国にも広げた外交の幅」の3つであった。

「西方世界」同盟網の中で、そうした3つの条件を活かしてこそ、韓国は、1996年にはアジア圏では日本に続きOECD(経済協力開発機構)加盟国に名を連ねるに至ったのである。

しかるに、特に文在寅政権下、そうした3つの条件は、一転して「凶兆」として作用しているところがある。

「民主主義」は、朝鮮王朝時代ならば朝廷延臣層に限られた「党争」の様相を衆庶層に拡散したことによって、却って政治混乱と社会分断を激しくしている。

「経済発展」は、独特な「自主」意識と「上下秩序」意識とに結び付いた朝鮮半島ナショナリズム機運を裏付けたものの、その経済発展それ自体が日本を含む他国との関係の所産であるという認識を薄くさせた。

そして、「外交の幅」は、朝鮮半島ナショナリズムの表れとして南北融和を目指した政策対応を後押ししたものの、「西方世界」同盟網への忠誠の度合いを低下させた。

文在寅の周辺に盤踞する「586世代」(文在寅政権期現在に50歳代で、1960年代に生まれ、1980年代に民主化運動に参加した元学生活動家)と称される人々は、この3つの条件に支えられた「幸福な時代」の果実を充分に食しつつ、その3つの条件を「凶兆」に転じさせるのを主導しているようである。

韓国の左派思潮を代表する『ハンギョレ新聞』社説(日本語電子版、8月24日配信)は、日韓GSOMIA破棄に対する日米両国政府の反発を批判しつつ、次のように記している。

「日本が反発し、米国が抗議する状況だが、韓国政府はこのような時であればあるほど、国民を信じて毅然として対処しなければならない」。

それは、同盟よりも民族意識を重視する「586世代」の価値意識を鮮明に表しているといえよう。


**38度線の対馬海峡移動を前提として

韓国が「西方世界」同盟網の枠組から脱落しようとしている今、日本の対応方針は、どのようなものであるべきか。

米韓同盟の枠組の消滅は、日本の安全保障上の最前線が「38度線」から「対馬海峡」に後退することを意味する。

それは、日本が安全保障上、直接に関与する領域が 南西諸島周辺だけではなく日本海西部にまで拡がる事態を招く。第2次世界大戦後の七十余年はおろか、明治以降の150年を振り返っても日本が直面することのなかった安全保障環境が浮かび上がることになるのである。

そうした安全保障環境への適応は、それ自体が日本にとっての一大試練になる。無論、文在寅退陣後の韓国政局で保守勢力が権力を掌握すれば、米韓同盟の枠組と「38度線」の存続が期待できなくもない。

少なくとも、日本にとっては、その方が安全保障に絡むコストの上で有り難いものであるのは間違いない。

経済発展と民主化の後、朝鮮半島の外の世界の常識に触れた世代の人々の中に、朝鮮半島独特の「上下秩序」意識を相対化させる気風が芽生えつつあるのであれば、そこにこそ1つの希望はある。

けれども、前に触れた韓国「民主主義」の振幅の大きさを踏まえるとき、その後に「文在寅の再来」が登場する可能性を排除するのは難しい。日本にとっての「38度線」の存在は、第2次世界大戦後の特殊な国際政治環境の所産であり、それを自明のものとして考える時節は過ぎているのかもしれない。

このようにして、日本には、不承不承ながらも「38度線」が消滅した国際環境を前提として、自らの対外戦略構想を打ち出すべき時節が近付いている。

筆者は、既に日米両国の共通構想となった感のある「自由で開かれたインド・太平洋」構想こそは、その下書きとして相応しいと考えている。

要は、その構想に対して、どれだけ具体的な安全保障政策上の肉付けを与えるかということに他ならない。

たとえばINF(中距離核戦力)全廃条約の失効を受けて、米国国防総省は過刻、地上発射型中距離巡航ミサイルの発射実験を実施したと発表した。米国の中距離ミサイルは、中国やロシアを念頭に置くものである以上、それが中露両国を取り巻く極東・西太平洋地域に配備されるのは必定である。

その際、日本は、配備拠点として米国の中距離ミサイルを引き受けることができるのか。そもそも、米国の中距離ミサイルが核弾頭付きのものである場合、非核3原則との整合性は、どうなるのか。

イージス・アショア配備にすら反対の声が上がる日本の国内政治状況を踏まえるとき、そうした議論に際しては、相当な紛糾が織り込まれなければならないであろう。

とかく、日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなれば、憲法改正を説く声が大きくなるものであるけれども、重要なのは、中距離ミサイルの受け容れを含めて、インド・太平洋方面では日米豪印各国を中軸とする「西方世界」同盟網の結束と深化を担保する議論である。

米韓同盟は、永らく日本の安全保障に付された「大き過ぎる補助輪」であった。今、その「大き過ぎる補助輪」は、外れようとしているかもしれない。日本は、それを試練としてだけではなく、好機としても観るべきであろう。


*櫻田 淳 JUN SAKURADA
東洋学園大学教授
1965年生まれ。北海道大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士前期課程修了。愛知和男衆議院議員・政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科非常勤講師、東洋学園大学現代経営学部専任講師、同准教授、2011年4月より、同教授。1996年、読売論壇新人賞・最優秀賞受賞。2001年、正論新風賞受賞。著書に、『国家への意思』(中公叢書)、『国家の役割とは何か』(ちくま新書)、『「常識」としての保守主義』(新潮新書)など。

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>>《条約よりも、自分たちの正義が優先する。幼稚な考え方だが、危険な考え方でもある》

 「集団正義妄想」、ちっとやそっとじゃ目を覚ましませんよ、これは。それでもあなた戦いますか?(瑞雄)<<


2019.08.26 # 韓国

文在寅の「無謀な論理」で、韓国はもう国際社会で「孤立化」している(現代ビジネス)

幼稚すぎて危ない

橋爪 大三郎 社会学者


**文在寅が踏み外す「国際ルール」

韓国はなぜ、いつまでも日本に謝まれと要求し、損害を償えと要求するのだろう。

国際法の原則に反し、国際常識に反している。そのあまりに「異常」な実態は、欧米など国際社会でも、だんだん認識されるようになりつつある。

でも、韓国側はたぶん、常識外れな要求を繰り返していると、思っていないに違いない。むしろ、断固「正しい」主張をしていると信じているはずだ。

どうしてそうなるのか。韓国がこれまでも、そして文在寅政権になってから輪をかけて、国際社会のルールを逸脱し、感情的な国民世論のままにふるまってきたからだ。

韓国が、これまでの考え方と行動を改めること。問題の解決は、それにつきる。

このことを、日本国民は、心の底から理解する必要がある。ふらついてはならない。

そこで、戦争と賠償の関係について、じっくり考えてみよう。

戦争は、破壊活動である。人びとは巻き添えになって、人命が奪われたり、身体を損傷したり、財産が奪われたり壊されたりする。人類は歴史このかた、こうした経験をしてきた。そして、慣習法ができあがった。この慣習は、世界共通だ。

すなわち、「戦争によって生じた損害は、補償されない」である。


**国際法の原則

あんまりだ、と思うかもしれない。でも第一に、被害が大きすぎて、補償し切れない。第二に、補償のことを考えていたら、戦争に集中できない。第三に、戦争するのは政府だから、裁判に訴えようにも、政府が取り合わない。

その昔から、戦争被害は泣き寝入りするしかなかったのである。

以上は、民間人が被害を受ける場合の話である。平時なら、誰かが誰かに損害を与えれば、賠償の義務が生じる。戦時には、その限りでない。戦争は、通常の民事法の原則が適用されない、除外事例である。

この原則は、近代戦でも生きている。空襲で家が焼かれようと、戦車が畑を踏み荒らそうと、誰も補償してくれない。それが敵軍であっても、味方の軍であっても。戦争は、国民全体が担う。その被害も、国民がそれぞれの場所で耐え忍ぶのである。

いっぽう、戦争の当事者はしばしば、利益をえたり、賠償を受け取ったりした。

領土を獲得する。敵の財産を戦利品として獲得する。敗れた敵国の住民を奴隷にしてしまう。賠償金を受け取る。戦争の費用を補ってあまりある場合もあった。

第一次世界大戦でも、この慣行は生きていた。敗戦国のドイツは、ベルサイユ条約で、領土を縮小され、重い賠償を課せられた。

これが、ドイツ国民に深い恨みを残した。そして、ナチスの台頭と、第二次世界大戦を招いた。この反省から、第二次世界大戦の戦後処理では、賠償を重視しない考え方が主流になった。

日本が勝った過去の戦争は、それより前だったので、賠償が当たり前だった。

日清戦争では、下関条約で、清国が台湾と遼東半島を割譲し、賠償金を支払った。三国干渉の横槍が入って、遼東半島は返却した。台湾のほうは、国際社会が承認した。

日露戦争では、勝利したものの、ポーツマス条約で、大きな戦果をえられなかった。そのため国民の不満が爆発した。

戦争は、国民の犠牲がなければ、戦えない。戦争に勝っても戦果が少ないと、満足できない。まして、犠牲を払ったのに敗戦となると、大きな精神的打撃と混乱に見舞われる。そんなときでも政府は、国民の心理にひきずられないで、国際法の原則に従って行動しなければならない。


**第二次世界大戦の「日本の場合」

それでは、日本が敗れた第二次世界大戦の補償は、どう解決されたのか。

1951年9月調印されたサンフランシスコ講和条約にはこうある。《この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権…(中略)…を放棄する。》(14条(V)b)

同時に台湾と結ばれた日華平和条約には、こうある。中華民国は、《日本国民に対する寛厚と善意の表徴として、サン・フランシスコ条約第十四条(a)1に基き日本国が提供すべき役務の利益を自発的に放棄する。》(同議定書1(b))これは、蒋介石が「以徳報怨」で寛大に臨んだため、といわれている。

1972年の日中共同声明の五には、こうある。《中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。》これは、日華平和条約にならったものという。実際には、賠償にあたる経済協力が行なわれた。

1956年の日ソ共同宣言には、こうある。《ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国に対し一切の賠償請求権を放棄する。》

また、日本とソ連は、1945年8月9日以来の《戦争の結果として生じたそれぞれの国,その団体及び国民のそれぞれ他方の国,その団体及び国民に対するすべての請求権を,相互に,放棄する。》国家賠償と個人請求権の、両方を放棄している。

要するに、戦勝国は足並みを揃えて、日本に対する賠償や請求権を放棄している。

それはなぜか。


**「日韓基本条約」に書かれていること


第一に、戦勝国は、勝利したので、態度に余裕があった。第二に、巨額な賠償要求は敗戦国に不満を残し、再度の戦争を招く、という教訓があった。第三に、日本は経済が壊滅していて、賠償の能力がないと思われた。

それにしても、これらの条約が、過去の慣例に比べて寛大で、敗戦国への恩恵であったことは間違いない。

そのほか、東南アジアの国々は、戦争当時、交戦国の植民地だった。そのあと順次、独立した。日本はそれらの国々に対し、個別に、賠償にあたる経済協力を行なったことも、忘れてはならない。

それでは、日韓基本条約には、どうあるのか。

韓国は、交戦国でもないし、戦勝国でもない。なので、平和条約ではなく、基本条約が結ばれた。それでもこの条約には、日本の敗戦と、大日本帝国の解体を受けた、戦後処理の側面がある。


賠償や補償について定めているのは、同条約付属の、韓国との請求権・経済協力協定である。

それによれば、《両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、…(中略)…完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。》(第二条1)とある。

要するに、韓国と日本のあいだに、この条約以降、賠償や個人請求権は、一切存在しなくなった。はっきりそう書いてあり、それ以外に解釈のしようがない。


**日本は韓国に手紙を出したが…

なお、同協定には、念のため、将来、日本と韓国でこの条約の理解が異なった場合の、仲裁委員会の定めがある。

解決できない紛争が生じた場合、一方の政府から他方の政府に、仲裁を要求する公文書が届いてから三十日以内に、《各締約国政府が任命する各一人の仲裁委員と、こうして選定された二人の仲裁委員が当該期間の後の三十日の期間内に合意する第三の仲裁委員又は当該期間内にその二人の仲裁委員が合意する第三国の政府が指名する第三の仲裁委員との三人の仲裁委員からなる仲裁委員会に決定のため付託するものとする。》(第三条2)

要するに、日韓両国の一名ずつの仲裁委員と、第三国の仲裁委員の三名で、仲裁委員会をつくります、である。

さらに念を入れて、つぎの規定もある。

《いずれか一方の締約国の政府が当該期間内に仲裁委員を任命しなかつたとき、又は第三の仲裁委員若しくは第三国について当該期間内に合意されなかつたときは、仲裁委員会は、両締約国政府のそれぞれが三十日の期間内に選定する国の政府が指名する各一人の仲裁委員とそれらの政府が協議により決定する第三国の政府が指名する第三の仲裁委員をもつて構成されるものとする。》(第三条3)

要するに、どちらかの国がへそを曲げて仲裁委員を出さない場合、第三国に仲裁委員を決めてもらって、仲裁委員会をスタートさせます、である。

そして、両国政府は、この《仲裁委員会の決定に服するものとする。》(第三条4)

日本は今回、徴用工の件そのほかで、仲裁への移行を要求する手紙を、韓国に出した。韓国は、応じなかった。せっかく念を入れた規定があっても、なんにもならなかった。

韓国が、こうした態度なのは、いわゆる慰安婦の問題や、徴用工の問題など、日本に非難すべき点があり、それを追及するのが正義だと考えているためだろう。


**「個人請求権」はどうすべきか…その答え

ではそもそも、平和条約や基本条約で、個人請求権を放棄させるのは正しいのか。

戦争の最中には、さまざまな人権問題が起こる。平和条約は、戦争の当事者(国家)の責任を確定し、戦後の国際秩序を構築するものである。さまざまな人権問題のすべてに目を配ることはできない。

典型的な例は、ユダヤ人虐殺(ホロコースト)であろう。

ユダヤ人は、ニュルンベルク法によって、ドイツ国籍があっても市民権を奪われた。そして、域外(ポーランド)に移送された。ポーランドやそのほかの占領地域にも、大勢のユダヤ人がいた。収容所に送られ、ガス室で殺害された。

これは、戦争のさなかに起こったが、戦争の一部ではない。国防軍ではなく、ナチスの親衛隊が実行した、犯罪行為である。このことが戦後、明るみに出た。

ホロコーストの被害を受けた人びとには、請求権があるだろう。請求の相手は、ナチス・ドイツだろうが、国家そのものが消滅した。解決は、困難な問題となった。

原爆は、やや異なるが、もうひとつの例である。

原爆投下は、戦争の一部である。ただ、原爆は前例のない出来事で、あまりに悲惨で、後遺症も残る。被爆者に請求権はあるのだろうか。あったとしてもサンフランシスコ講和条約によって、アメリカにそれを求める道は閉ざされている。

そこで日本政府は、被爆者援護法をつくって、被爆者を個別に救済することにした。被爆者手帳を交付し、医療や生活の支援をする。朝鮮半島の人びとや戦争捕虜も被爆した。これらの人びとにも、被爆手帳を交付するようになった。

通常の戦後処理が予想していない出来事がみつかれば、平和条約・基本条約の枠外で、解決するしかない。


**なんでもかんでも「無効」だという文在寅政権

いわゆる慰安婦問題は、こうしたケースだ。

世界的に女性の人権が重視されるようになって、この問題に注目が集まった。韓国は、政府間交渉、ついで仲裁を求めた。日本は、日韓基本条約で解決ずみ、という原則で臨んだ。結局、日韓基本条約の枠組みの外で、解決をはかる以外になかった。

そこで、日本政府の出資と民間の基金をもとにして、アジア女性基金が設けられた。基金は、韓国の慰安婦の人びとに支援を行なった。しかし、韓国の世論はこれを歓迎せず、韓国政府も支持しなくなった。基金は2007年に解散した。

問題は蒸し返された。朴槿恵政権で日韓の協議が進み、2015年12月、慰安婦問題日韓合意に達した。岸田外相と尹外相が共同記者会見を行なって、《最終的かつ不可逆な合意》に至った。

日本政府が10億円を拠出し、韓国政府が「和解・癒やし財団」を設け、元慰安婦の人びとに補償を行なうとした。しかし、この合意もほごにされ、2018年11月、文在寅政権は財団を解散してしまった。

文在寅政権は、慰安婦問題日韓合意は、朴槿恵政権と安倍政権による、法的拘束力のない「政治的合意」だとする。日韓基本条約も、請求権の放棄を求めた部分は、無効だという立場である。それどころか、1910年の日韓併合条約さえも、無効だとする立場だ。

ちなみに、日韓併合条約が無効だとは、文政権に限らず、韓国の歴代政権の一貫した立場である。気持はわかるが、議論として無理がある。

日韓基本条約を結ぶ際、この点が問題になり、日韓併合条約は《もはや無効であることが確認される》(第2条)という表現に落ち着いた。日本は、「もはや」無効、すなわちかつては、合法で有効だったとの立場だ。なお日韓基本条約は、英文が基本で、already null and void としっかり書いてある。先人の苦労がしのばれる。

韓国によると、日韓併合条約は無効で、日本の植民地統治は不法である。よって、徴用工は、強制による苦役であって、その補償を求めることは無条件に正義である。このような論理によって、繰り返し繰り返し、日本に謝罪と補償を求めているのだ。

これを、どう考えればよいか。


**「異常すぎる考え方」とは戦う必要がある

主張の当否以前に、交渉の仕方と考え方が、国際法の原則を踏み外している。世界中でこんなやり方をする国を、ほかにみつけるのはむずかしい。

それがどんなに異常であるか、たとえるとこんな具合だ。

あなたは学生で、アパートを借りる契約をした。月額7万円で、陽あたりのよい201号室だ。ところが入居して3カ月すると、家主がやってきて、こう言う。あなたのお父さんと私の妻が小学校の同級生で、昔さんざんイジメられたんです。謝ってもらってもいない。だから陽あたりの悪い104号室に、すぐ移りなさい。

エッ、とあなたは思う。そんなこと、契約と関係ないじゃないか。いったん約束したのだから、201号室に住む権利があるはずだ。

契約が契約である利点は、いったん合意が成立すれば、ほかの事情がどうあろうと、あとからどんな事情が生じようと、契約が絶対のものとして、双方を拘束することだ。

このように考えて、行動しなければ、近代社会ではない。国際政治を営むこともできない。議論の余地はない。数学で言えば、公理のようなものだ。

韓国は、蒸し返すべきでないことがらを、蒸し返している。

本人はそれが、正義のつもりなのかもしれない。けれども、国際法の原則は、合意された条約は、覆してはならない、ということだ。この原則が、国際社会の正義でもある。個々人が勝手に思い描く正義で、国際社会を動かそうとしてはいけないのである。

条約よりも、自分たちの正義が優先する。幼稚な考え方だが、危険な考え方でもある。国際社会を守るためにも、こういう考え方と戦わなければならない。


*橋爪 大三郎 DAISABURO HASHIZUME
1948年生まれ。社会学者。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。東京工業大学名誉教授。著書に『はじめての構造主義』『はじめての言語ゲーム』(ともに講談社現代新書)、『ほんとうの法華経』(ちくま新書)、『戦争の社会学』(光文社新書)、『丸山眞男の憂鬱』(講談社選書メチエ)など。社会学者・大澤真幸氏との共著に、『ふしぎなキリスト教』(新書大賞2012を受賞)、『げんきな日本論』(ともに講談社現代新書)がある。

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>>「嘘も百回言えば真実になる」。大の大人でんそげん思ちょるとが多かとじゃろかねえ。(瑞雄)<<


記事入力 : 2019/08/24 08:20

米「文在寅政権、GSOMIAうそ」(朝鮮日報日本語版)


・・・米国務省と国防総省は22日(現地時間)、青瓦台の韓日軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄決定に対して一斉に「文在寅(ムン・ジェイン)政権(Moon administration)に強い懸念と失望を表明する」との見解を明らかにした。米国が公式論評で「ROK(韓国)」と呼ばずに「文在寅政権」と呼ぶのは非常に異例なことだ。

 これについてトランプ政権の高官は本紙に「(GSOMIA破棄が)文大統領の決定だということに焦点を合わせるためのものだ」と説明した。それだけ米国が文大統領と青瓦台に強い不満を持っているという意味だ。

 カナダを訪問中のマイク・ポンペオ米国務長官は同日、「我々は、韓国が(日本との)情報共有合意に対して下した決定に失望した。両国関係を正確に正しい所に戻すよう望む」と述べた。韓国の決定について遺憾の意を表し、これを覆すよう求めたものだ。

 米国務省は本紙に送った論評で、「米国は文在寅政権に対し、この決定が米国と我が国の同盟国の安全保障利益に否定的な影響を与えるということを繰り返し明らかにしてきた。(この決定は)北東アジアで我々が直面している深刻な安保的挑戦に関して、文在寅政権の深刻な誤解を反映している」と述べた。米国防総省も報道官の論評として「文在寅政権に強い懸念と失望を表明する」と述べた。米政府が韓国に不満の意を表す際、「韓国政府」ではなく「文在寅政権」という表現を使うのは非常にまれである。2017年の終末高高度防衛ミサイル(THAAD)配備撤回問題時も、米国務省は「韓国(ROK)政府に聞いてほしい」などと言っていたが、「文在寅政権」という表現は使わなかった。

 トランプ政権の高官はまた、青瓦台がGSOMIA破棄について「米国が理解を示した」と説明したことに関して、本紙に「うそ(lie)」だとして、「明確に言って事実ではない。ここ(駐米韓国大使館)とソウルの(韓国)外交部に抗議した」と語った。記者の質問に答えたものだが、「うそ」という表現を使ったのも極めてまれなことだ。

 米政府高官は同日、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに「(GSOMIA破棄は)文在寅政権が(韓米日)集団安保に献身しているかどうかに対する根本的な疑問を赤裸々に現したものだ」と語った。

ワシントン=趙義俊(チョ・ウィジュン)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の創業者、任正非CEOは、同社が「生きるか死ぬかの瀬戸際」に立っているとした上で、従業員に対し「臨戦態勢」で業務に当たり、売り上げを大幅に伸ばすよう求めた。深セン市で6月撮影(2019年 ロイター/ALY SONG


>>儒教は「嘘の指南書」、共産主義は「騙しの指導書」。信じちゃいかんよ、ドナルド君! (瑞雄)<<


2019年8月21日 / 06:27 / 8時間前更新

ファーウェイは「生死の瀬戸際」、創業者が従業員に「覚悟」促す(ロイター)

Reuters Staff
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[香港 20日 ロイター] - 中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)[HWT.UL]の創業者で最高経営責任者(CEO)の任正非氏(74)は、同社が「生きるか死ぬかの瀬戸際」に立っているとした上で、従業員に対し「臨戦態勢」で業務に当たり、売り上げを大幅に伸ばすよう求めた。

同社を巡っては、中国政府のスパイ活動に協力しているのではないかという疑惑が根強く、米政府が安全保障上の懸念のある外国企業の禁輸対象リストに追加するなど排除に乗り出している。

任氏は従業員宛てメモの中で「当社は生きるか死ぬかの瞬間に直面している。任務が遂行できないのなら、戦車が走るための道を備えよ。戦場に赴く気があるのなら、戦車にロープを巻きつけて引っ張れ。社員一人一人に相応の覚悟が求められる!」と述べた。

今年度上半期の業績は好調だったが、それは中国人顧客が同情して支払い期日を守ったからだと指摘。大口取引による良好なキャッシャフローも現実を反映したものではないと辛口評価した上で、今年度は生産機材などへの戦略的投資の拡大や生産継続に向けた問題の解決が必要になると指摘した。

任氏は「今後3―5年以内に当社には新しい血が流れ込むことになる。当社の歴史の中で最も危機的な時期を乗り越えることで、当社は新たな軍隊として生まれ変わる。当社がその先に目指すものは世界制覇だ」とした。

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中国本土への返還前から多くの課題を抱えていた香港には、落日の兆候が見えていた Photo:Anthony Kwan/gettyimages


>>間抜け面の人民解放軍が駐留するようになった途端、香港の空気の成分が微妙に変わった、とゆうのがわたしの実感だったんだがねえ・・・。(瑞雄)<<


国際・中国 莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見
中国返還前から見えていた香港の落日、無秩序化の痛すぎる代償(DIAMOND online)

莫 邦富:作家・ジャーナリスト
2019.8.19 5:12


**デモ参加者が暴徒化
風雲急を告げる香港情勢

 犯罪の容疑者を中国に引き渡す法令の制定に対して、香港市民は8月に入ってから連日、超大規模なデモを続け、かつて世界の貿易・金融センターとしての地位を誇っていた香港は大きく揺れている。

 デモ規制が強化されているなか、学生などが構成する抗議者側は、「公園の花見をしながら将来を考えよう」との誘い文句で非合法集会への参加を市民に促し、対抗する。自らの主張を通すために、空港占領、地下鉄の運行阻止など都市機能を麻痺させる過激な手段を講じたりして、抗議行動をエスカレートさせている。

 そのため、地下鉄港島線(Island Line)や東涌線(Tung Chung Line)などの多くの路線が止むを得ず運転を一時見合わせたり、発車時間の間隔を延ばしたりするなど、苦しい対応に追い込まれた。いくつかの大型バスも、路線を変更して運行せざるを得なくなった。

 しかも、デモが交通に与えた影響は香港地域にとどまらず、国際社会にも広がっている。香港の空港管理局は8月5日21時までに、香港国際空港で計224便をキャンセルすると発表した。特に、香港を基盤にするキャセイパシフィック航空の職員の多くがストに大きく関わったため、香港と海外を結ぶ移動手段を奪われた国際便の乗客も多かった。

 それだけではなく、ついにデモ参加者は、香港空港で利用客の移動を妨害したり、現場を取材する記者に暴行を加えたりと、暴徒化する傾向を強めている。

 以前から、日本の長いお盆休みを利用して、しばらくは実現できなかった中国南方の視察を実施しようと考えていた私は、香港経由で深セン、広州を訪問する出張計画を練っていた。しかし、香港の治安事情と交通移動に大きな不安を覚えた同僚たちから猛烈に反対され、止むを得ずその出張計画をしばらく棚上げすることにした。

 海外に居住する人間までもが不安を覚えていることから、度重なるデモ抗議が巻き起こした一連の混乱が国際都市としての香港に大きなダメージを与えたことは間違いないと再認識した。


**良いものも悪いものも共に
焼かれてしまう「玉石倶焚」の様相

 香港特別行政区行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏は、「デモ隊の一連の極端な暴力行為によって香港は危険な状況に追い込まれている。玉石倶焚の方法では香港は破滅に向かうだろう」と指摘している。

 ここで言う玉石倶焚とは、良いもの(玉)も悪いもの(石)も共に焼かれてしまうということだ。つまり、行政長官はそうした破滅的な結果が招かれるのを強く心配しているのだ。

 さらにその数日後、林鄭氏は「これまでの1週間に発生したことは香港の社会安全を脅かし、長年、自由、寛大と安定を保ってきた香港社会は五労七傷を被り、その回復には長い時間を必要とする。すべてが静まってからは、真心を込めた対話と交流で、社会の対立を解消したい」と述べている。

 五労七傷という見慣れていない表現をあえて使い、香港社会が被った被害と傷跡を強調する林鄭氏の発言には、強い危機感がにじみ出ている。

 市民の分裂と対立も広がった今、秩序ある社会の回復と安定した繁栄の維持は、今の香港にとって急務となる。数日前に、私は別のメディアを通して「(香港)は玉石倶焚の道を走ってはいけない」と警鐘を鳴らしている。

 私個人と香港とのつながりは、1995年から始まった。当時、2年後に迫る香港返還を意識して、毎月のように香港を取材していた。「買い物天国」「グルメの都」と称された香港の賑わいと活気が非常に印象的だった。

 私の取材対象は、中国本土系のキーパーソンだけではなく、台湾系の有力者、民主系の議員、財閥のトップ、企業経営者から、牧師、学者、政治家、学校経営者、メディア関係者、さらに香港に移住した中国本土の出身者、水商売の女性、香港へ密航して出産し、生まれてくる子どもに香港ビザを持たせようとしている中国本土出身の妊婦、黒社会の幹部まで、多岐に渡っていた。香港住民の「心」をできるだけ正確に把握しようと思ったためだ。

 特に国民党の「青天白日旗」がいたるところで掲揚されていた調景嶺を訪れたとき、香港という町の特殊さをいやというほど体感できた。中国本土で共産党との闘いに負けた国民党兵たちが、台湾に逃げていく機会を失い、緊急避難的に香港に逃げ込み、やがてそのまま調景嶺を中心に定住し、香港の住民と化した。その調景嶺で元国民党兵などを数人、取材した。みんな私を快く受け入れ、率直な心情を教えてくれた。


**「香港沈没」を以前から
予想していた筆者

 こうしたさまざまな生活環境で生きる人々への取材を通して、私なりに返還後の香港の将来像を描いてみた。

 1997年、香港返還の直前まで、鳥越俊太郎氏がキャスターを務めるテレビ朝日系の報道番組『ザ・スクープ』の香港特集の取材に協力した。香港返還をテーマとした番組だったが、取材先は蘇州と広州だけだった。その取材先の選択を通して、返還後の香港の将来像に対する私の予言を番組に託したつもりだった。つまり、返還により中国経済に対して香港が持っていた重みはやがてなくなること、そして中国経済を見たいなら、香港ではなく蘇州と広州を見るべきだということを、私は言いたかったのである。


 ここで言う蘇州と広州とは、一都市としての蘇州と広州ではなく、エリアとしてのそれだ。後に「珠江デルタ経済圏」「長江デルタ経済圏」という固有名詞が生まれたとき、私は地団駄を踏んだ。「ネーミングで負けた」と悟ったからだ。しかしこの番組では、香港の経済的地位がますます低下していくであうことを、真正面から容赦なく指摘できた。

 私は、香港返還5周年の2002年、月刊誌『論座』に「香港沈没」というテーマの長い文章を寄稿した。

 その文章の中で、2001年9月、香港に対する朱鎔基首相(肩書は当時)の批判を取り上げた。朱首相は訪問先のアイルランドで香港問題に触れたとき、「(香港の行政当局は)議論ばかりして決断しない。決断しても行動に移さない。一旦決めたら、全力をあげて実行すべきだ」と容赦なく香港を批判した。

 起業精神が薄れゆく事実を見て、香港の若者の人生進路にも心配の目線を送った。香港人の勤勉さと努力に心底敬意を払ってきた私は、2002年11月中旬に発表された香港中文大学のリポートに驚いた。香港の若者で、起業して「社長の肩書を持ちたい」という人はわずか3.4%に過ぎず、調査対象の37ヵ国・地域の中で33位だったというのだ。対照的に、かつて会社を起こす自由さえなかった中国本土は12%。タイ、インドに次いで3位となる高い意欲を見せた。


**他人の助けを仰がなければ
ならない香港が悲しい

 香港は2003年初めまで、深センとの通関窓口を24時間開放するといった改革措置に応じようともせず、広東省との連携の機会を逸してしまった。こうした事例からもわかるように、改革の最前線に立つ香港の姿はもう見られなくなった。

 香港は中国に返還された直後、アジア金融危機に見舞われて経済がずっと低迷していた。香港の自力での復活がままならない状況を見かねた中国政府は、とうとう香港の救済に乗り出し、同03年7月から本土の観光客を大量に送りこむようにした。その結果、02年には香港を訪れた本土観光客は683万人しかいなかったにもかかわらず、08年は1680万人へと大きく増えた。「自由行」と親しまれるこの個人旅行が、いまや香港経済を支える大きな柱となっている。

 しかし04年、私の取材を受けたある香港の立法会議員は、そのことに触れたとき、逆に「他人の助けを仰がなければならない香港が悲しい」と嘆いた。教育ソフトを開発する会社の社長は、香港の産業政策に対して「大財閥への利益誘導に成り下がっている」と手厳しく批判している。ICカードの会社の社長も「製造業の余剰人口を吸収できない産業構造が香港の苦境の原因だ」と、データをあげて説明した。

 政府系メディアに勤務するある公務員の幹部は「人々が懐かしむ黄金時代は、美しい神話に過ぎない。ダウンサイジングの生活に慣れるしかない」と、香港の将来に警鐘を鳴らしていた。


**香港が直面する問題解決には
落ち着いた社会環境が必要

 香港返還10周年の2007年に、香港の秋葉原といったイメージの深水歩(シャンスイポー)のど真ん中にある9階建てのビルを訪れた。住所は桂林路115〜119号となっているが、ビルには名前がなく、エレベーターもなかった。狭い階段は、大人2人が譲り合いながら辛うじてすれ違うことができる程度だ。

 その階段を上りつつ、タイムマシンにでも乗って1960年代に戻ったような錯覚に陥った。日本の4畳半より狭い部屋に、親子3人が住んでいる。仕切り用の鉄柵に段ボールや布をかけて、プライバシーを守るための壁としている。 アジアで日本の次に豊かとされる香港にも、いまだにこうした信じられないほどに貧しい居住空間がある。その現実に驚かされた。

 今の香港デモのテレビ報道を見ながら、これまで取材していた人々の生活と日常を思い出し、無力感を覚えた。ここまで述べてきたような、香港が直面する諸々の問題を解決するためには、落ち着いた社会環境が必要だ。そのために、秩序の回復と暴力の制止を効果的に実現しなければならない。香港当局は、自らの執政力を見せるべきところに来ている。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)


*莫 邦富
作家・ジャーナリスト
1953年、上海市生まれ。85年に来日。『蛇頭』、『「中国全省を読む」事典』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーに。そのほかにも『日中はなぜわかり合えないのか』、『これは私が愛した日本なのか』、『新華僑』、『鯛と羊』など著書多数。

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