|
御館の乱収拾に大いに役立った上杉景勝と武田勝頼の妹菊姫の婚姻ですが、武田家も相当行き詰まってたのですが、大名の娘というのも因果なところに生まれたもんですね。まぁ、菊姫や武田家のことは前にも書きましたので、今日は書かないようにしますので。 二十歳そこそこで、家老職を命ぜられるようになった兼続ですが、春日山城内では、上田を根拠地としていた景勝に対する反発が、全て兼続に向けられていたようです。いくら、成熟度が早かった戦国の世でも、若造扱いされていたようです。 しかし、若いからこそ、誰もが考えつかないような戦術を思いつくんでしょうね。織田も徳川も上杉と武田の同盟には想定外だったようです。これまでの両家というか、謙信と信玄のいきさつからみれば、信じられないかったでしょうね。 景勝直系の家来が十分な恩賞に預かるのに対して、上田衆、その中でも兼続は大きく評価されるようになります。景勝があんまりあれこれと指示しなかっただけに、余計に兼続が牛耳っていると取られたようですね。 年上からは、兼続と呼ばれず、与六と呼ばれたことも多かったようです。家老に対して、こんな仕打ちにも懸命に耐えたようです。これは、ひとえに景勝を大事にする、自分が盾になることを常に考えていたからと思います。 武田家だけでなく、滅びてしまう時というのは、内部崩壊も多いですね。景虎も最後は離反が大きくなって負けたわけです。この時代、こういう裏切りというのは、相当多かったようです。 徳川時代になって、儒教の精神を叩き込まれるようになると、主君に背くのは絶対禁止とされますけど、戦国時代は、我が身、我が家大事という思想の方が強く、裏切りに対してあんまり道義的責任を感じていなかったようです。 何といっても、下克上の精神が強かったですからね。家臣としても、無能な主君に付いていって、我が身まで滅んでしまってはと思う時代ですね。秀吉だって、家康だって、主君筋から政権を奪っていったんですからね。 さて、今回の放送の最後で、直江信綱が傷ついてましたね。予告編のタイトルは「直江兼続誕生」でしたね。これからは、兼続の行動について、いろんな資料も多く残るようになります。それにしても、弱冠二十歳そこそこにして、上杉家を切り盛りしていくんですが、大した能力ですね。 でも、能力だけでは動けないのもこの時代でしたね。家老の地位に就いたといっても、やっぱり家柄というレッテルは必要だったんです。もっとも、能力のないのが、重職に就いてもダメですね。 ブログのお仲間には、「アレッ、今晩はヤボテンは夜勤では」と仰る方もあるかもしれませんね。正社員が少なく、パート社員が多いヤボテンの会社では、スタッフの勤務状況というのは、コロコロ変わります。今週のスタッフの予定が変わるたびに、勤務時間は融通のつくヤボテンもコロコロ変わります。 特別に聞きたいとも思われないでしょうけど、今週は、ヤボテンは、夜勤は木曜日と次の日曜日で、日勤が水曜日と土曜日です。日勤でも、時差勤務にも対応しやすいヤボテンですので、夜勤の補助という形で、昨日も本日も出勤は午前10時からで、そのおかげで、「天地人」も録画でなく、予定通りの放送を見ることができました。 でも、昨日なんか、最初から、1時間の残業が決まっていて、午後8時まで勤務でした。時間的には、長時間勤務ではないのですが、お昼ご飯を食べてから、その時間だと空腹で目が回りそうになりました。そのため、情けない事ですが、兼続が家老職に就いたのに、ヤボテンは、
でも、ご心配無用です。オチのために、チョッと、
|

- >
- エンターテインメント
- >
- テレビ
- >
- ドラマ番組





