ヤボテンの花

一人ぼっちの生活をしています

天地人

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天地人第17回

御館の乱がモタモタしながら済んだと思ったら、急に展開が速くなりましたね。各駅停車から快速に変わったような感じです。あんまり色々詰め込まれたもんですから、何を書こうか迷うんですが・・・。

織田信長の進攻が激しさを増して、武田はすでになくなり、上杉も最大の危機を迎えているんですが、信長はなぜ強かったのかですが、時代を見る眼、古い観念に捉われずに、できる家臣は取り立て、新たな戦術も取り入れ、何より信念も感じられて、日本人には珍しい武将ですね。

信長は兼続と違って、メジャーな武将ですから、ご存知の方も多いでしょうけど、その強さの大きな要因は、傭兵制というか、大きな軍団を組織して戦いに向かった点が、当時としては画期的でしたね。

信長が名前を上げた桶狭間の戦いは、少ない人数で、今川の中枢をピンポイントで突くという戦法でしたが、その後は奇襲戦法は使わず、圧倒的な兵力と武器を持って踏み潰していくという感じの戦法でした。

他の戦国武将の家来は、それぞれ自分の土着の土地を持っていたりして、戦いを挑める時期というのは限られていましたが、金で兵を雇うことにより、いつでも、どこへでも兵を送ることができたんですね。

有名な川中島の戦いにしても、両軍とも動員したのは、せいぜい1万から2万までです。この程度では、軍を分けて、四方八方からというわけにはいきませんね。信長は、武田にも上杉にも、10万ともいわれる兵力でしたから、各方面から攻め込むことができ、相手も兵力をあちこちに割かないといけませんでした。

今回も起こった魚津城の戦いですが、上杉4千に対し、織田軍は4万とも言われてます。上杉にとっては、これだけでなく、南からも東からも攻め立てられてますから、軍勢の割きようがないんです。予告編では、援軍がというのもあったようですが、上杉自体がせいぜい3万程度の軍勢しか動員できなかったんでは?これ以上書いたら次回が面白くなくなるので止めんとアキマヘンね。

信長の武将にしても、勢力が拡大するにつれて、領地がドンドン変わっていき、明智光秀なんかは、ついには、出雲だとか石見だとか、まだ敵国の領地を与えるとまで言われる始末です。これが本能寺の変の一因でもあるようですが。

それにしても、上杉と戦いながら、同時に毛利ともという信長の動員力はおそろしいばかりですね。それと、秀吉の家来の石田佐吉(のち三成)に直参にと圧力をかけてましたが、家来を手足のように扱いたかったようですね。

そのためか、秀吉の下には、竹中半兵衛や黒田官兵衛なんかが集まりましたが、信長の家来になるのは嫌がったようです。信長自身、軍師なんかは無用で、自身こそ神という考え方だったようですね。

この後、信長は本能寺の変で死亡するんですが、これがなかったら、上杉はどうなってたでしょうね。まぁ、それはこれからの放送とかで、皆さんが判断していただいたらいいのですが・・・。

ヤボテンも信長はけっこう好きです。信長自身はどうだったか知りませんが、己を神としていなければね。あくまでも結果論ですが、もう少し人間臭さが分かっていれば、本能寺で、あのように、




おだぶつにはならなかったかも・・・?




       

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天地人第16回

御館の乱収拾に大いに役立った上杉景勝と武田勝頼の妹菊姫の婚姻ですが、武田家も相当行き詰まってたのですが、大名の娘というのも因果なところに生まれたもんですね。まぁ、菊姫や武田家のことは前にも書きましたので、今日は書かないようにしますので。

二十歳そこそこで、家老職を命ぜられるようになった兼続ですが、春日山城内では、上田を根拠地としていた景勝に対する反発が、全て兼続に向けられていたようです。いくら、成熟度が早かった戦国の世でも、若造扱いされていたようです。

しかし、若いからこそ、誰もが考えつかないような戦術を思いつくんでしょうね。織田も徳川も上杉と武田の同盟には想定外だったようです。これまでの両家というか、謙信と信玄のいきさつからみれば、信じられないかったでしょうね。

景勝直系の家来が十分な恩賞に預かるのに対して、上田衆、その中でも兼続は大きく評価されるようになります。景勝があんまりあれこれと指示しなかっただけに、余計に兼続が牛耳っていると取られたようですね。

年上からは、兼続と呼ばれず、与六と呼ばれたことも多かったようです。家老に対して、こんな仕打ちにも懸命に耐えたようです。これは、ひとえに景勝を大事にする、自分が盾になることを常に考えていたからと思います。

武田家だけでなく、滅びてしまう時というのは、内部崩壊も多いですね。景虎も最後は離反が大きくなって負けたわけです。この時代、こういう裏切りというのは、相当多かったようです。

徳川時代になって、儒教の精神を叩き込まれるようになると、主君に背くのは絶対禁止とされますけど、戦国時代は、我が身、我が家大事という思想の方が強く、裏切りに対してあんまり道義的責任を感じていなかったようです。

何といっても、下克上の精神が強かったですからね。家臣としても、無能な主君に付いていって、我が身まで滅んでしまってはと思う時代ですね。秀吉だって、家康だって、主君筋から政権を奪っていったんですからね。

さて、今回の放送の最後で、直江信綱が傷ついてましたね。予告編のタイトルは「直江兼続誕生」でしたね。これからは、兼続の行動について、いろんな資料も多く残るようになります。それにしても、弱冠二十歳そこそこにして、上杉家を切り盛りしていくんですが、大した能力ですね。

でも、能力だけでは動けないのもこの時代でしたね。家老の地位に就いたといっても、やっぱり家柄というレッテルは必要だったんです。もっとも、能力のないのが、重職に就いてもダメですね。

ブログのお仲間には、「アレッ、今晩はヤボテンは夜勤では」と仰る方もあるかもしれませんね。正社員が少なく、パート社員が多いヤボテンの会社では、スタッフの勤務状況というのは、コロコロ変わります。今週のスタッフの予定が変わるたびに、勤務時間は融通のつくヤボテンもコロコロ変わります。

特別に聞きたいとも思われないでしょうけど、今週は、ヤボテンは、夜勤は木曜日と次の日曜日で、日勤が水曜日と土曜日です。日勤でも、時差勤務にも対応しやすいヤボテンですので、夜勤の補助という形で、昨日も本日も出勤は午前10時からで、そのおかげで、「天地人」も録画でなく、予定通りの放送を見ることができました。

でも、昨日なんか、最初から、1時間の残業が決まっていて、午後8時まで勤務でした。時間的には、長時間勤務ではないのですが、お昼ご飯を食べてから、その時間だと空腹で目が回りそうになりました。そのため、情けない事ですが、兼続が家老職に就いたのに、ヤボテンは、



過労気味です・・・!



でも、ご心配無用です。オチのために、チョッと、



オーバー目にかいてますからね・・・。



       

天地人第15回

やっと、御館の乱も終わりましたね。まぁ、実際は、景虎についた勢力の鎮圧に1年程度の時間を要するのですが、ほぼ決着は付いたのでいいでしょうけど。ヤボテンの歯切れの悪さは次回の予告なんです。まぁ、細かいことはええか・・・!

さて、今回の放送で納得がいかないのは、景虎の嫡子道満丸の殺された件ですが、景勝・兼続は殺すつもりはなかったとしていたようで、そういう説もあるのですが、戦国の世の習いとして、そんなに甘い考え方が通用するでしょうかね?

まして、道満丸に付き添っていたのが、前関東管領の上杉憲政ですからね、上杉家では謙信の養父という立場ですから、そんな人物を誤って殺したりしないと思いますけどね。安っぽいヒューマニズムで、ドラマを作らないでほしいですね。

せめて、苦渋の決断として、道満丸の殺害命令を出し、その成り行きで憲政も殺害したとするのならいいんですが。寡黙な景勝が、義理の兄弟を殺し、実の妹まで自害させたことで、さらに寡黙になったという話もあるんですが、拡大解釈もいいところですね。どうも、安っぽいドラマにしたいという傾向が顕著なのには、反吐が出そうです。

戦の相手方の首謀者を根絶やしにするというのは、平家の例を見ても明らかですね。情けをかけても、残党や不満分子から担がれやすいんです。それがこの時代の常識なんです。それを現代に置き換えて、子供まで殺すのはかわいそうやから、ケシカランと言われそうやからと、変に歪曲しないでほしいですね。

どうも、戦後、日本の歴史観がおかしくなってますね。歴史上のヒーローをかっこよく見せようというのならまだしも、いい人に見せようとしているのが何とも・・・!戦争で人がいいだけで勝てっこなんかアリマヘンがな、まして、戦国時代でっせ〜〜!

まぁ、それはともかく、戦で勝つ方は必ずまとまってますね。景虎側は次第に裏切りが相次ぐようになり、それも敗因になるんですが、敗色濃厚になるとそういう現象が起きるんですね。

さて、お仲間の方ならご存知の通り、日曜日の夜は夜勤だったんですが、ご利用者の食事も終り、自身の食事(といっても、コンビニのおにぎりですが)をパクつきながら見始めましたが、ご利用者のお年寄りに用事で呼ばれたり、何かがないとか訴えてきたり、3分の1くらいは見ていませんでした。

仕事なので、本来はそんなものを見れるわけはないのですが、土曜日も仕事があるので、再放送も見れません。全く見れないのなら録画でもするんですけど、やっぱりボチボチそうしないといけないかも?公私混同をしてはいけませんからね。

ヤボテンなんかもブログでええカッコしてて、いい人っぽく映ってるようですけど(本人の誤解かも)、介護の仕事にしてからが、入った動機は他にすることが、できる能力がないからで、ガチガチの組織ではやっていけない、自分一人ではやっていけないという中途半端な人間なんです。

さて、『反正』という言葉があります。これは、「はんせい」と読み、<正しい状態に返す>という意味です。間違ったことをした場合はよく反省せぇと言いますけど、それだけではアカンと思うんです。

反省は自身を省みるだけで、悪いことしたらアカンがなでは進歩がないのでは?同じことの繰り返しが多いのはそういうことでは?マスコミなんかにしても、不祥事なんかでアカンとか言って批判ばっかりしますけど、こうしろとか少ないですね。

仕事中にドラマを見るなどということはしないで、その時間はやっぱり仕事に関係することに使わないとと思っている次第です。エッ、そんなもん常識や・・・、ですって!




半生かけて分かったのがこれとは・・・!



       

天地人第14回

しかし、まだ引っ張るんですね「御館の乱」は。3月1日放送で、上杉謙信が亡くなって、来週には決着が付きそうですけど、1ヵ月半、7回にわたりすることになったんですが、直江兼続の生涯をやるのなら、この内乱にこんなに時間を割いてもええんやろうかと・・・!

もうチョッと速い展開を望みたいのですが、もう遅いか・・・!ガックシ・・・。ただ、そのせいかどうか、視聴率は13・14回と、20%を切ってるそうです。ヤッパリ、とろくさいところが飽きられてるのかも?やっぱり、3〜4回くらいで収めたほうが良かったような・・・。

まぁ、ぼやいてばっかりでも仕方ないので、今回の放送で気になったことというと、戦国武将の家に生まれた女性の権利の無さですね。武田勝頼の妹、すなわち信玄の娘、菊姫は上杉景勝との同盟の武田側からの証のとして、景勝のところに輿入れすることになるんですね。俗にいう政略結婚です。

今の時代からは考えられませんけど、この時代では平気でしたね。お家のためには、男子を産むことを、武将の妻や側室は求められるんですが、たとえ跡取りの可能性がない女子でも、有力な駒として使われるんですね。菊姫は、景勝との結婚時に、婚約者がいたとかいなかったとか?

あの秀吉にしても、徳川家康と同盟の証として、妹の朝日を差し出すんですからね。朝日はすでに他の男性と再婚(初婚の相手は死亡)していたのを、離縁さまでさせてるんですからね。この件に関しては、それでも臣従の姿勢を見せなかった家康に対して、実母まで一時的に人質にします。凄まじいまでの執念ですね。

ご存知の通り、勝頼その後亡くなり、武田本家は滅亡しますから、菊姫は帰る場所もなくなるんです。もっとも、大名の妻に嫁げば、おいそれとは帰れませんけどね。豊臣・徳川の時代になると、菊姫は伏見屋敷に人質として置かれてしまいますからね。菊姫は若くして、景勝より早く亡くなるようで、参勤交代はもっと後ですから、ずっと京都にいたわけです。

それにしても、勝頼も結果的には、景勝と同盟を結ばなければ、上杉景虎・武田勝頼・北条氏政との同盟関係を築けば、滅亡の道を歩まなかったのでは?ということも言われるのですが、まあ、アカンかったでしょうね。この3人のその後を見ていると、到底信長・秀吉に敵うとは思えませんね。せいぜい、もう少し長生きできた程度でしょうね。

上杉は柴田に、武田は徳川に攻めたてられるんですが、武田は内部崩壊でアッサリと滅亡し、上杉は、家中がまとまっていたことや、すんでのところで、信長が明智光秀に殺されたため、お家は存続できるんですね。そういえば、次回の放送でも、この雪が上杉に味方したようなことを・・・。

上杉は運がよかったように思われがちですが、この雪国というものはハンディにもなっていて、さすがの謙信でも冬場は戦いを仕掛けられなかったようです。信長は季節は関係無しに、ドンドン戦線を拡大できましたからね。もし、謙信が畿内とか東海地方に生まれてたらどうなっていたことか?

さて、日曜日は、ヤボテンは夜勤やったはずと仰る方もおられるかもしれませんけど、ここだけの話ですが、ちょうど、8時頃には食事の後片付けが済んだところで、ヤボテンも食事を始めました。「天地人」も見れました。但し、ご利用者に呼び出されて、2・3度、わずかな時間見ていなかったところもありますけど。

いちおう、親にも録画は頼んでたんですけど、今回は見直す必要はないかなと・・・。それはそうと、今週末は大変です。今日の結果、晩御飯は他のスタッフに作ってもらうということで、金曜日もできれば夜勤をということになり、日曜日は、朝から詩吟の大会、その夜は夜勤ということになりました。

今度の放送は見れるでしょうか?いよいよ、御館の乱も決着しそうですしね。なんなら、夜勤の後、そのまま昼勤もという話もありますけど、そ、そ、それはねぇ・・・。いくらNHKのドラマを見れるからといっても、それは、






酷ぇ〜(国営)・・・!



     

天地人第13回

御館の乱はえらい引っ張りますね。こんな調子では、このドラマの最後はどうなんねんやろう・・・?確かに越後の実権を握れるかどうかの瀬戸際ではありますが・・・。

本日のヤマ場は、兼続と高坂弾正との交渉ですが、高坂はドラマ中にもあるように、武田信玄の片腕として活躍、彼を初めとして、信玄縁の家来がいたから、長篠の戦で勝った織田・徳川連合軍も一気にとはいけなかったようです。

景勝・兼続は、武田が出てくるといっても、大軍を送っては来ないだろうとタカをくくっていたようで、いざとなると、ビックリしたという話は聞きましたけど。ただ、勝頼も上杉の真意を図りかねて、この和睦は一気にとはいかなかったようなのですが、次回の含みもあるようなので、あんまり書かないで、どうなるのかヤボテンも見てみたいと思います。

それと、景虎の出身の北条家の援助ですが、思ったほどなかったようです。北条家当主、氏政も煮え切らないタイプだったようですね。結局、それが後に『小田原評定』という言葉もできるほど決断力がなかったようですね。

なお、『小田原評定』というのは、ご存知の方も多いでしょうけど、北条氏政信長の後継者豊臣秀吉に上洛して、家臣になるように要請されているにもかかわらず、それに従わず、秀吉は大軍を送るのですが、それでもどう対処すべきか軍議ばっかりで結論が出せず、最終的に籠城するのです。

籠城というのは、援軍が来る可能性がある場合は有効なのですが、孤立してしまってはあんまり効果ないんです。ですから、今回の放送でも、兼続は武田と和睦をする道を選んだんだと思います。

大軍に囲まれては、食糧もいずれは尽きるでしょうし、一番消極的な戦法です。ですから、それに対して、援軍が来るまで持ちこたえるという見込みがないとやるだけ無駄なんです。

現実に、伊達政宗は秀吉の大軍を見て適わないと悟り、秀吉に臣従します。これには、直江兼続も重要な役割を果たすのですが、これも、ドラマできっとやるでしょうから、あんまり書かないようにしますね。

景虎も北条・武田軍を利用するんだとドラマの中で言ってましたけど、実兄の氏政の性格をよく分かってたんだと思います。実際、武田を利用して北条は大軍を送らなかったようです。

さて、昨日も書きましたけど、ヤボテンブログも4年目に突入しています。ヤボテンの場合は、多くのお仲間に支えられて、ここまで続けられてきました。何度か書いてますけど、ブログを始めた時は、コメントもなかなか頂けず、止めたろかと思ったこともありましたが、お仲間のコメントという援軍が来るようになって、もうまもなく、8万ヒットに、2万5千コメが近づくところまで来れました。

これからもどうかよろしくお願いいたします。で、ダジャレではなく、ホンマに、皆様の、





ご芳情(ほうじょう)には感謝しております・・・!




          

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