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今日の記事は詩吟の書庫に入れましたけど、詩吟はありません。まぁ、ほとんど期待してる人もいないでしょうけど。新年初めての詩吟の練習日です。書初めとか歌会始とか、初めての会合の呼び方はいろいろですが、詩吟では、 |
詩吟
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土曜日、詩吟の練習があり、秋の大会の課題吟の発表がありました。ヤボテンに課されたのがこの詩です。詩吟の世界ではクラシックで、ポピュラーなものです。そして、ヤボテンには少し耳の痛い詩です。では、まず、意味から。 人生50年を経過したが、未だに功績がなく、恥ずかしいばかりである。今、季節は春を過ぎ、夏の真っ最中である。青バエが家の中を飛び回るように、小人どもの讒言がうるさい。こんなところにいないで、座禅をする椅子にすわり、涼しい風に吹かれながら、眠ったら、さぞかし清々するだろう この詩を詠んだ細川頼之は足利幕府の管領を務めた重臣であり、南北朝の統一にも功績があったのですが、3代将軍、足利義満は次第に煙たがり、頼之のことを讒言する者の言うことを聞き入れ、要職から外します。 頼之はこれを受け、領地の讃岐に戻り、この詩を詠むのですが、自身の力の無さと、讒言者や義満に対する複雑な思いが感じられます。その後は許されて、要職にも復帰するのですが、この辺りにも、室町幕府の基盤の弱さが感じられますね。 ご存知の通り、この当時は、寿命が50歳というのが相場で、その年になっても、つまらない讒言で簡単に要職から外される自身の不徳を恥じています。季節が夏であるということは、後は秋から冬に至るだけで、己の人生も黄昏に差し掛かっているということを暗に言っているわけです。 漢詩では、3行目が、起承転結の<転>の部分にあたり、詠者の気持ちが一番表れる、俗に言う<サビ>の部分であり、これを讒言をする小ざかしい連中を、ハエに例えることによって、恨みの気持ちを表しているということです。 第2代将軍、義詮は亡くなる時に、義満に頼之を頼りにするように言い残すのですが、次第に遠ざけていきますが、こういうことはよくあります。先代に仕えていた番頭を良く思わないのはしばしば眼にしますね。 だいたい、政権が弱体化するのは、内部が一枚岩にならずに、ゴタゴタしたことがきっかけになることが多いですね。足利幕府もせっかく南朝を破り、統一を果たしたというのに、勢力を弱め、戦国時代に突入していくんですが。 細川頼之は、文武両道を実践した人で、漢詩だけでなく、和歌や連歌にも長けていたそうです。義満にはスキを見せない人間性がイヤだったんでしょうか?眼の上のコブという感じだったんでしょうか? さて、ヤボテンももうとっくに50歳を越えました。見た目のあほさ加減から、まだ40歳代と言って貰えたりしますが、時代が違うとはいえ、社会に対して、何の功績もありません。それどころか、仕事にも、家庭にもつまづいてばっかりです。 それはそうと、新たな問題が起こりました。職場の後輩のUさんも、所属する教室は違っても、同じ詩吟の会に所属していますから、大会の日には、2人とも参加しないといけないのです。日曜日のスタッフが少ない中に、2人も抜けるのは職場にとっては痛いはずです。 そうしましょうかね・・・?場合によっては、どちらか1人が参加して、もう1人は欠席するということも考えないと・・・。今回はUさんは初参加なので、出席してもらわないといけませんね。でも、2人とも抜けるのを
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土曜日は、詩吟の練習がありました。4月の大会の結果、2段に昇進しました。もっとも、前にも書きましたように、詩を読み違えさえしなければ、出席したら、昇段できるので大したことでもないんですけどね。 さて、今日の詩は平家の滅亡に関わるもので、ヤボテンにも相当興味あるものでした。日本の詩は分かり易いですね。時代背景もよく知ってるということもあるでしょうけど。もう一つやったのは、中国の詩でしたけど、こちらは分かりにくかったですね。 今回のは単独のテキストでなくて、詩集みたいなもので、解説がありませんでしたので、詩の意味はヤボテンの勝手な解釈になりますが、もし間違っているところがありましたら、遠慮なくご指摘下さい。 (平家の)一の谷の軍は、(義経の攻勢により)支えることができず、(この後の)平家の末路は悲劇的なものである。すでに戦いは昔のものになっていて、月が戦場となった場所を照らしているが、そこから聞こえてきた笛の音はもの悲しいが、どんな人が吹いているのだろう。 ご存知の通り、平家は絶大な権力を誇ったのですが、清盛の死とともに勢力を落とし、木曽義仲に京の都を追われ、一の谷の合戦で、義経のひよどりごえを機に破れ、その後、屋島・壇ノ浦と追い詰められ、滅亡することになるんです。 この詩は作者が一の谷の古戦場を訪れて読んだものでしょうけど、その歴史が分かっているだけに、<つわものどもが夢のあと>的な詩ですね。 もの悲しさを笛で表してるんですけど、夜の静寂を破るように音色が聞こえてきたら趣があるというか、感傷に浸らずにいられませんね。ですから、詩を吟ずる時にも、声を張り上げるのではなくて、抑えて詠うようにという指導がありました。 詩吟に限らず、大きい声を出そうとする時は、口は大きく開くことができるものですが、抑える時は、どうしても小さくなりがちなんです。でも、そういう発声では、きれいな音が出せないんですね。それを何度も指導されました。 最近、疲れ気味なのか、楽して声を出そうというクセがついてて、声が出にくくなってます。でも、詩吟の後のカラオケでは、ちょうど詩吟がいい発声練習になったのか、カラオケのキーが若干低く感じられました。 ブログのお仲間では、ヤボテンのことを歌がうまいというイメージを抱いていただいてるようですが、いつもブログで偉そうな書き方をしているので、
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久しぶりの詩吟のブログですが、日曜日は詩吟の大会です。昇段。昇級試験も兼ねており、普段はいくつかの教室に分かれて練習している会員が一同に会し、半年間の成果を披露します。ヤボテンは、たまにブログでも書いていますが、現在初段です。 それぞれ課題詩が決まっており、自分で選ぶことはできません。課題詩は詩吟ではスタンダード・ナンバーで、ヤボテンは「富士山」という詩が割り当てられました。 この詩も詩吟界では有名だそうです。作者の石川丈山は、三河の生まれで、戦国から徳川時代初期に生きた人で、元は家康の近習として武士でしたが、大阪夏の陣で、一番乗りが禁止されていたにもかかわらず、先駆けをして武功を挙げながらも、軍律違反で蟄居を命じられてしまい、失意のうちに武士を辞めます。 一途な性格だったらしく、武道にも優れていたことはもちろん、その後は文人としても名をはせ、引っ張りだこだったようです。漢詩だけでなく、儒学・書道・和歌・茶道にも造詣が深く、一流の文化人でもあったようです。 詩の意味は「富士山は霊山であり、あの雲の上までつらぬいた山の頂には仙人が遊び、山の淵の深い所には龍が棲むことであろう。積もった雪は白の連絹のようで、立ち上る煙は扇の骨と見えるほど、東海の天にかかった白扇である」 詩吟のテクニック的には、2行目の『老』の文字の横の<上>と書かれてるところ以外はそんなに難しくはないのですが、雄大な男性的な雰囲気を出さないといけないのが、声の線の細いヤボテンには難しいですね。 まぁ、参加すれば、余程のチョンボがない限り、昇段はできるのですが、ヤボテンはここ3回参加しておらず、もし、休まず参加していたら、4段にはなってるはずだったのですけど・・・。 会のHPやブログの件で揉めたので、大会には参加せず、練習のみやってたのですが、一緒に練習してる友達が参加してほしがってたのと、以前にブログにも書きましたけど、最近詩吟を売り物してる芸人への反発から今回参加することにしました。詩吟の順番が終わったら、夜勤もあることですので、すぐに帰ろうと思ってますが・・・。 なお、石川丈山は、1582年に生まれて、1672年に亡くなっていますから、90歳まで生きたということですね。この時代には大変長生きですね。最近は夜勤も始まり、毎日曜日は入らないといけません。 金曜日は臨時で入ったのですが、まだ、テクニック的には未熟なヤボテンは、多少のコツは分かったとはいえ、やっぱり力のいることで、気温が上がってきたこともあり、汗だくになることもけっこうあります。 特に、トイレ介助は、狭い室内で車椅子から便器に移したりとかすると、汗ビショビショになることもあります。ヤボテンはこれを閉所恐怖症といって、他のスタッフを笑わせましたけど、こんな性格こそ、
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ブログ仲間の弁護士と闘うさんから、天津木村の詩吟はどう思うかとご質問ありました。最近のバラエティ番組なんかアホらしくて、ほとんど見てないもんで、こんなヤツ知りませんでした。youtubeで映像探してみたら、あるわあるわ映像が。でも、こんなものもう2度と見なくてもええぞうという感じですね。 天津木村のニセ詩吟この木村とかいうヤツですが、親は詩吟の師範で、本人は師範代とか言いふらしてるそうですが、親はどうか知れませんが、師範代の実力なんかアリマヘン。詩吟歴3年で、初段のヤボテンでも、もっとウマイですわ。以前は、練習の様子などをブログに書いてたこともあり、最近はあんまりしてませんけど、ヤボテンの所属する詩吟の会派では、師範くらいまでは年功序列というか、春と秋の大会に参加して、歌詞さえ間違わなければ、その度に昇格していけるんです。 師範代というと、4段か5段くらいで、順調に行けば4年くらいでなれます。それやったら、あんまり権威ないやないかと思われるか知れませんが、敷居を高くしてもいけませんし、大会前はみっちり練習しますし、普段の練習でも、最初始めた頃は声さえ出てればいいという感じでしたが、段持ちになると、大雑把な指導から、段々きめ細かくなっていきますからね。 たいそうに言えば、練習で泣いて、試合に当たる大会では笑うという感じでしょうか。ある程度のレベルでグル−プ分けして、上位3人くらいは表彰して、特に励まそうという具合です。 ですから、5段くらいでもヘタな人もいないわけではありませんが、木村よりはマシです。だいたい、木村は、声の出し方からしてなってないですもんね。息継ぎでも、息を吸う音が入ってるということは、腹式呼吸ができてないということでしょう。だから、声に伸びもありませんし、息もそんなに続かないようです。 そして、何より、詩吟独特の節回しもないし、ヤボテンの流派の実力NO.1と言われる横山先生のホームページにリンクさせておきますから、よろしけば、本物の詩吟をお聞きになって下さい。数多くの詩吟の放送なんかに出演されてる方です。音楽で言えば、テノールの声質をお持ちで、ヤボテンもこういう詩吟を目指さねばと思ってますが。 横山寿城先生のHPトップです。なお、天津木村はスケベな文句を唸ってますが、これは別に構わないと思います。基本的には、漢詩を題材にしてる詩吟ですが、和歌とかを吟ずることもあります。百人一首の恋の歌でも、読まれた当時はかなり艶っぽいものだったでしょうからね。詩吟に関係するタレントというと、オセロの中島知子がヤボテンの頭に浮かぶんですが、中島も親が詩吟の教室をしてるそうですけど、一度テレビで見た時は、声が出てなかったんですが、詩吟の節はつけてました。 何度も書いて恐縮ですが、師範代がさほど実力がないとしても、それを売り物にするからには、せめてヘタやなと言われるくらいのレベルにはなってほしいですね。明らかに偽装でんがな・・・! しかし、こいつのおかげで詩吟の敷居が低くなるのならいいですけど、単なるお笑いにされるだけなら止めてほしいですね。テレビ局も、所属する吉本も何を考えてるんやろう。軽薄なお笑いの象徴みたいなもんですね。文化を奨励して、発展させなければならないはずなのに、冒涜の片棒を担いでいるわけですからね。 Wikipediaによりますと、木村の親は、絶対に流派の名前を口外するなと言われてるそうですが、詩吟の体をなしてないんですから当然でしょう。ヤボテンにでさえバカにされるくらいですから、詩吟の世界では物笑いになっちゃうでしょうね。 ヤボテンが練習してる賀城流慶城会の堂島教室のリーダーは、ヤボテンの高校時代からの親友で、ご両親が会の立ち上げを許可された、要するに会の創始者で、5年位前にお父さんは亡くなられ、お母さんが頑張っておられて、ヤボテンもそのご指導を仰いでいますんですが、絶対にこんな状態ではただでは済まないと思います。こんな様子なら、きっと「息子ようやった」と感動するどころか、
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