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加瀬和俊著「失業と救済の近代史」をぱらぱらと読んでます。
戦前の失業救済の歴史本です。
読んでいるうちに、人間が働いて生きていくと言うことはどういうことなんだろうとふと考え込んでしまいました。
当時の昭和恐慌は、大学は出たけれど就職がないという時代だったとのことです。
当時においても、「上級学校は産業界の需要に対して、量的に過大であり、内容的に有効でない教育を行っている。」
「需要の少ない俸給生活になろうとせず、いかなる職種でも満足して従事し、家業を継いだり、自営業を自ら起すこともすべきである。」と、なんだかいまと変わらないことが言われている。
だれも、失業者になりたくてなっているわけではないのに、これだけの失業者が現実にいるということは、必要以上に人間がいるということなのかなと思ってしまいます。
たしかに、現代は急激に人口が増えすぎてしまったのかもしれません。
当時の平均年齢より現代は、倍近くになってしまい「超高齢社会」に近づいている。
それは、人間が、永く生きたいという願いが叶っていることなのですが、「合成の誤謬」と言う者かなと思ったりしてます。
それに気づいた人たちが、子供を生まなくなった。
これは、女性の識字率がある一定以上になると、出産を控えるという現象で、世界全般のこととのこと。
ということを妄想し始めると、「人間が生きる」って、いったいどういうことだろうと、10代の頃に考えていた迷路に突入しそうです。
今生きている人の基本的人権を守るのが、わが国の基本方針なのに、それが実施できていない。
と、妄想が段々拡がっていきます。
それは、フクシマダイイチ原発事故で放出された放射能が、日本だけでなく全世界を汚染させてしまったように拡大していきます。(苦笑)
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無題
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明日からまた仕事が始まります。 この連休の間に、仕事関係の情報を仕入れようと思っていたのだけれど、昨日はダラダラと一日が過ぎてしまいました。 今日こそはと、机の上に関連図書を開いて読み始めたのだけれど、なかなか思うように頭の仲に入ってきません。 というのも、今まで見慣れていない文字が、羅列されているからです。 見慣れている文字であれば、読むスピードは加速することがあるけれど、見慣れない文字だとその度に支えてしまうから、なかなか前に進まないです。 だけど、それだけ新しい情報が増えていくと言うことだから、それはそれでいいことなんです。 まぁそれは置いといて、昨今のニュースを見ていると、まぁ国民の実態とかけ離れた政治の世界には、失望感しかありません。 こんな人たちが、日本を牽引しているのだと思うと、悲しすぎて笑うしかないです。 しかし、こんな人たちを選んだのが、われわれ国民だと思うと、もっと悲しいですね。 足の引っ張り合いをやる前に、やることが山積しているだろうと思いますが、でもこの人たちを支持する人が沢山いるわけですから、本当にやるせないです。
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某国営放送の「みんなの歌」でも取り上げられた楽曲です。
山口洋さんが率いる「ヒートウェイブ」の「満月の夕」を載せてみました。
実は、こちらの楽曲は、既に別の兄弟ブログに載せていたので、気が引けたのですが、初めて聴かれた方がいたので、採録してみました。
いい歌は、誰が歌ってもは、少し言い辛いので、ある程度の歌唱力の方が歌うと心に響きます。
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とはいっても、すぐに父親の転勤に伴って、引っ越されたのですが。
一時期は、よしだたくろうさんのバックバンドのメンバーでもあったようです。
この方の存在を初めて知ったの、学生時代の寮友から、この方が属する「愛奴」というバンドの歌を教えてもらったと記憶してます。
ただ、その当時の私は、どちらかと言うと洋楽の方面(ロック関係)に関心があったので、そちら方面の音楽を中心に聴いていたものですから、あまりこの方の音楽は熱心に聴いてはいませんでした。
卒業後は、だんだんと音楽を聴くことから遠ざかっていきました。
単身赴任をした時に、当然のことながら一人で居る時間が長くなりますから、私生活の殆どの時間は自分の思うように使えます。
その時間を無為に過ごすもなんだかなぁという疑問を持ち、折角関西方面にいるのだからととにかく町中を歩き倒しました。
淀川も、計4日かけて踏破しました。
その時に、見かけた河川敷にある掘っ立て小屋は、私にとってある種のカルチャーショックでした。
増水回避のために、床が高くなってました。
びっくりしたのは、小屋の周りを人が入れないように囲いがあったことと、その中の犬小屋でした。
京都にも、春は桜見物に、秋は紅葉見物にとよく出かけました。
ただし、あまりお金を掛けることはできませんから、必要最低限の交通費をポケットに突っ込み、関西地方の道路マップ脇に抱えて、専ら自分の足で歩きました。
時には、歩きすぎて、足が思うように上がらなくて、引きずって歩くということもありました。
そうです、観光都市京都ですから、観光客が落としていくお金で地域経済を成り立たせていかなければいけないということは、充分承知しているのですが、何分拝観料を払う寺院が多すぎて、折角訪れても中に入らずに終わったというところが殆どでした。
今考えると、ケチらずに最低限の寺院だけでも、拝観しておけばよかったかなぁと反省してます。
そういう経緯で、町歩きだけではなく、今迄かなりご無沙汰してました音楽散歩もしました。
その時に助けてもらったのが、地元の図書館でした。
新しいCDは、あまりありませんが、過去の名作と言われるCDは、かなり保管されていました。
その中に、今回紹介した浜田省吾さんの「路地裏の少年」もありました。
以前にも、聴いたことはありますが、そのとき改めてじっくりと聴いてみて、浜田省吾さんが作る音楽も凄いんだなぁと改めて認識した次第です。
で、先ほどの町歩きの続きですが、町中を歩いていると、結構こういう路地裏がありました。
初めて訪問した町の路地裏にきっとどこかへ通じているだろうと入り込んだところが、行き止まりになっていて、引き返すということも何度かありました。
また、歩道の真ん中で鍋料理をしている、その傍を女高生がその風景が当たり前のように通り過ぎてゆく風景、なんか圧倒されてしまいました。
水道とトイレのある公園には、大抵ブルーシートで覆われた建物があり、そこでは洗濯物を干していたりする風景。
その建物の中から、ラジオかTVの音が流れていました。
ある大きな公園では、そんな建物の群れがあり、その脇を通り抜けるのに、なぜだか勇気が要ったような気がしました。
その時に使った道路マップを今見ながら、その路線を目で追っています。
淀川に掛かる長い橋を渡る時、橋の向こうに見えた風景をはっきりととは思い出せませんが、高い吊橋に青い空、橋には大阪市内へ入っていく渋滞の自動車が続いていました。
淀川の堤防から夕日が沈む風景を何度見ただろう。
その後に、音もなく訪れる漆黒の闇の深さに、なんともいえない心細さを味わった。
そして、人家から洩れてくる明りに人が住んでいることでほっとしたこともありました。
そういえば、往きは箕面まで電車で往き、箕面公園の山道を上り、そのまま山道を進んで勝尾寺に参詣して、吹田方面を目指して歩いていた時、山道の途中で夕日が落ちて、時折通り過ぎてゆく自動車のヘッドライトとテールランプを横目で見ながら、道をとぼとぼと下った。
段々心細くなってきて、民家まで下りてきてやっと人心地ついた。
しかし、そこから万博記念公園をぐるりと半周して、やっと寮に着いた。
あの時も、かなり足に疲れが出たなぁ、この楽曲を聴いていると、そんな風景を思い出してしまいました。
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先週の金曜日。 そうです地震の発生する15分前に終えた二次面接。 面接どころじゃないとエントリーしたあの面接から5日が経ちました。 あの面接の時に、先方企業の役員さんから、遅くとも15日までに連絡を入れます。 連絡が無ければ、・・・という昨日が、連絡がないまま経過してしまいました。 ということは、またまたまた不採用ということです。 しかし、こんな地震および計画手停電状態での再就職活動には、本当に心が挫けそうになります。 とはいっても、生きていかなければなりませんから、早く次を探そうと思います。 ジョブ・フェスタもこの地震で、中止になってしまうし、WEB求人企業からのメールも、当分の間メール配信中止とか。 頼るは、ハローワークだけか。
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