蛙の漫画日記と時々お絵かき。

どうもぼやき漫画がが多くなりました。たまに水彩も楽しみたいのですが・・・

TOP

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全11ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

残暑お見舞い

残暑お見舞い申し上げます。
半年近くのご無沙汰です。
ごくごく偶に、蛙漫画など描いたりしていたのですが、アップを休むとますますブログアップしづらくて、ついつい遠のいてしまいます。でも、なんだかこのままでは世の中狭くなり、おいてけぼりになってしまうようで、またブログ復帰を・・・なんて勝手なことを思っています。アップが遠のいているのは、腱鞘炎、肩こりがひどいこともあります。PCのキーボード、マウス操作によるもののようで、もう良くなることはなさそうです。
会社時代の同期の50周年記念同期会の幹事のひとりになって、3月以降、幹事間(6名)の打ち合わせ通信、会員(出席者120人中60名)への連絡などPC利用が多くなり、また5月の同期会終了後のネット上でのアルバム、記念誌作成作業の多くの部分を担当したせいで腱鞘炎などを悪化させたようです。
 
イメージ 1でも今年のこの暑さは何んでしょう!
皆さん 健康、耐エージングのために運動や食べ物・サプリに気を
使ったり、知的活動などにいろいろは気をつけておられるようです。
蛙も何か対策をと考えて、今月1日からノルディック・ウオーキング
(NW)をこっそり再開しました(というより始めたという方が正しい?)。
何事も継続しない蛙のこと、女房蛙に数日前にまだ続いているの?
なんてバカにされている始末ですが、何とか三日坊主は免れて昨日で10日目。この頃NWらしくリズム良く、大股で歩けるようになったかな?なんて思っています。
 
夕方1〜1.5時間のウオーキングだが、この間ストックを竹刀代わりに100回程度の素振りをして腕周りと背筋などの筋肉強化できないかとはひそかに期待したり、家から猪名川の土手まで歩く間はストックがつけないので2本合わせて握り、ストックの撓りを利用して少しでもと握力アップを狙ったり。さらにゴルフスイングまでして、もしかして20年来のゴルフ復帰も可能かなんていい気になりかかっているのですが・・・。
はい!メル友に無理するなって云われています。
 

新年のご挨拶

   イメージ 1
 
 蛇に睨まれた蛙、蛙は蛇が苦手です。
でも、虎の威ではないですが、獅子の威を借りれば大丈夫でしょう。
今年は少しゆっくり頑張ってみますか。
 
 
 
今年ももうあと一日。
昔、正月前に田舎では決まって餅つきをした。旧正月には何ウスもついた。
もう一度やってみたい。元気があるか、スタミナがあるかを試してみたい。
来年にでも、孫達に杵とウスとで餅つきの雰囲気をチョッピリ経験させ、
ジジーの元気なところも見せるか・・・
なんていうと、鬼が笑うか・・・いや
 ”歳重ね 鐘を聞きつつ 年を越す 鬼も笑わぬ ただのたわごと”
餅つきの道具が準備できないだろうし、第一この腰痛と肩こりでは無理だよね。
 
 イメージ 1
 
皆様 どうぞ良いお年をお迎え下さい。
 来年もよろしくお願い致します。 蛙
 
 

何の花でしょうか

イメージ 2
 
イメージ 1
 
いつも散歩、ウオーキングする猪名川の岸辺で、
今年初めて、それも最近見つけました。
花が少ない季節なので、目に入ります。
蔦に白く小さい可憐な花が集まるように咲いています。
多分川上から流れてきて根付いたのでしょうが、
花の名前を、どなたか教えてくださいませんか。
みずきに似ているのですが、みずきは蔦ではないし・・・
季節も違うように思いますし・・・

大震災から1年・・・

あの東日本大震災から1年過ぎましたね。
被災地の皆さんは頑張っておられるのに、復興、復旧はあまり進んでいないように思います。
TVでもいろいろな特番が組まれ、流されています。本当に頑張っておられる人々に、これ以上
”頑張って!”とも声をかけるのがいいのでしょうか。
キャスターや解説者があらたまって深刻な顔で当時のこと、現状のことなどを伝えています。
笑えとは云いませんが、先が見通せる明るさと将来に希望が持てる笑顔で報道する方が、
何故か好ましいのではないかと思います。
そのような展望、復興・復旧計画を、政治が、行政が見せることが必要な今日ではないでしょうか。
 
イメージ 1
 
昭和23年の直下型福井震災を経験した蛙は、親父が廃材から一人で建てたこのようなバラックに数年間
生活しました。皆がそれぞれ懸命に生きていこうとしていた終戦後の混乱の中、近所の助け合いと自分の力
とがすべてだったと思います。(イラストは夜差し替えました。もっと廃材、瓦礫が多かったと思います。)
そのとき行政の手助けはほとんど半年間はなかったと、小さいときの記憶として今思い出します。
だから何事も近所の人たちと自分自身の力でやるしかなかったなかったのです。ただ、それは社会も生活
そのものも現在よりはるかにシンプルだったから可能だったのかも知れません。
あらためて非常時には互いに助け合う人々、特にご近所の絆と、最後は自分が考えて行動する実行力が
求められているように思います。そして余りにも頼りすぎている便利さと豊かな物質に溢れている生活を、
少しシンプルにすることも考えてみるべきかも知れませんね。
 
最後はやはり、”応援します。被災地の皆さん、頑張って下さい!”というしかないのでしょう。
そのために、政治、行政は明るく、夢の持てる施策を先々打つ必要があるのではないでしょうか。

全11ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.
tn_nakama
tn_nakama
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事