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「光、永久に」 鳥村高一(とりむらたかひと)dragon
いつものように机に向かっていると、
「おい鳥村、本部まで行ってくれ」と命令された。
明治10年9月のこと、鳥村25歳であった。
その三日後、鳥村は清国(しんこく)行きの船上にいた。
命令は清国の様子を調べてこいと言うもの、つまりスパイの命令で中国語に堪能な鳥村に軍部が支持したものである。
船上でくつろぐ鳥村に、
「コンニチハ」たどたどしい日本語が聞こえた。
見れば8歳くらいの女の子と母親らしい女性が笑っていた。
「こんにちは」、
「ニホンノカタ? ワタシタチ、コレカラシャンハイニカエリマス」と母親、
「お二人でですか」
「フタリダケデス、シュジンハイマセン」そう答えられ鳥村は少し船旅が楽しくなった。
船が上海に着くと、
「タズネテクダサイ」と住所を書き残し女の子と母親は手を振って去った。
鳥村は上海の安宿に身をおき、
一日の殆どを情報収集についやしていたが、清国と日本の関係は日増しに悪化するばかり、
「もう調査も長くはできないなー、そうだあの親子にあって日本に帰ろう」
いつかは、と大切に保管していた紙きれ、
その住所を訪ねると、髪の長い目に特徴のある女の子がでてきた。
「コンニチハ」年のころは17歳前後、
すっかり大人になっていたが、あのときの少女であることは一目で理解できた。
そしてすぐにあの母親も、
「ドナタデスカ」
鳥村は日本からの船上の出来事を話すと、二人とも思い出したように笑顔で、
「オボエテイマス、モウハチネンニナリマス」
「そうですか8年にもなりましたか」その日は少しの時間話をして、近いうちに日本に帰ることも伝えた。
その後しばらく少女達の家に通っていた。すっかり鳥村になついた少女、鳥村も少女といる時間はおちつける気の休まるひと時であった。
少女たちも日本帰り、周囲からは差別を受けていた様子で鳥村が行くと大変嬉しそうであった。
ある日、
鳥村は二日後に日本に帰ると伝え、
「ソウデスカ」と寂しそうな二人に日本の住所を書き残した。
鳥村は日本へ帰るため荷物の整理など身支度を整えていた。
「オマエ、チョットコイ」清国の警察である。
無理やりに連行される鳥村、およそのことは察知できたが、
「今は何も逆らうまい」、気持ちを押し込めて言われるままに連行された。
そこにはあの親子がいた。
「オマエタチ、コノオトコシッテイルカ」
鳥村は「言うな」と合図したつもりだったが、
少女は「ハイ」と答え親子は別の場所に連行された。
晴れた上海の夜、
一つずつ三回、光が天に上る光景が見えたと言う。
そして時代は大正9年(1920年)、
日本の鳥村家に男児が誕生した。両親は清国(しんこく)で行方不明となった叔父の高一(たかひと)を誇りとし、子供には同じ高一(たかひと)と命名した。
月日は駆け足のように早く、二十歳になった高一は医学の道を進んでいた。
丁度そのころ、
上海では小さな赤い光が地上に届きその光景が目撃され噂となっていた。
1940年(昭和15年)の春、あたりが緑に輝く季節である。
それは上海の町外れに一つの命が誕生した瞬間、
子供は女の子で李華(リカ)と呼ばれることとなった。
中国と日本はふたたび戦争へ突入し嵐の中をさまよう船ように、まったく先の見えない時代となっていた。そうした中でも活発な少女に成長した李華。
あるとき李華は棚の上に古い紙切れを見つけた。
そこには知らない日本の住所と名前が書いてあった。
なぜここに日本の住所があるのだろう?
すぐに捨てるように言われたが、李華は胸に高まりを感じひそかに紙を隠していた。
1950年(昭和25年)ようやく戦争が終り、中国も新しい道を歩き初めていた。
「どうにかして日本へ行こう」李華は日本への留学を目的に日本語の勉強をはじめた。
医学の道を歩むことを決意し大学に進学、幸い政府高官に知人がいて留学の準備も進み1960年どうにか日本への留学が決まった。
そのころの高一は40歳となり、子供はいないが病弱な妻と二人で暮らしていた。
突然
「コンニチワ」中国なまりの女性の声がした。
「ワタシ リカ トイイマスコレヲミテクダサイ」
差し出された変色した紙には、この家の住所と鳥村高一の名前が記されていた。
「これは父の叔父にあたる人で清国で亡くなりました」と高一、
「そうですか、あなたの家でしたか」じっと紙をみつめている。
懐かしむ高一のそばでは色白の女性が微笑んでいた。
「ワタシハ、ニホンノイダイニニュウガクシマス」まだ日本語は下手な李華である。
李華の目は懐かしそうに嬉しそうに、しっかりと高一を見つめていた。
「綺麗なかたね」高一の妻も気に入ったようである。
「どこに住むの」
「アサクサ」、
浅草はすぐ近く、どうやら李華はこの住所の近くを選んだらしい。
今は医大の準教授となっている高一、その忙しさは半端ではない。
李華は頻繁に高一の家を訪れ良くなる気配のない妻の看病を手伝う、高一もそんな李華は信頼できすっかり李華に甘える生活となっていた。
高一が55歳のとき、
妻が亡くなり呆然とした日々を過す高一を李華がはげます。
「高一(たかひと)さん元気ですかー」
高一も元気な李華の声がまちどうしい、このころ教授となった高一は李華に恋心があることを感じていた。さらに高一は、李華にはあった瞬間から自分の中にある懐かしい不思議な感情にも気がついていた。
しかし高一はすでに58歳、
「20歳もちがうからなー」思いを打ち消す日が続く。
李華も知識や技術はあっても、中国人であることの差別から大事な仕事を任されることもなかった。
李華にとって高一との時間は安らぎの時であったが、突然、
「私、中国に帰ろうかなー」李華が初めて弱気な言葉を言った。
本当はいつまでも一緒にいたいが高一はすでに60歳、身内の反対も予想され、
「結婚しよう」という言葉は最後まで口にできなかった。
李華が中国に帰る日、空港には高一(たかひと)の寂しそうな姿があった。
しばらくして上海の病院に勤務していると手紙がきた。
「いつか上海に行こう」そう思う高一だが多忙な生活にその時間はない。
時は過ぎて85歳となった高一に突然李華から知らせが届く。
それには,
「スグニ アイタイ」と記されていた。
高一は胸騒ぎを感じ、
身辺を全て整理し上海行きを決意した。
高齢となり心臓を患っている高一、周囲には無理だと止められたが決意は変わらなかった。
そして、上海についた高一の前に小さく痩せた李華がいた。
「ウレシイ・・・」、と精一杯の笑顔である。
もう余命わずかと言う、
高一は病院に医者であったことなどを伝え、かたときも離れることなく李華の看病を続ける。
二人の姿は病院内でも評判となり誰もが二人を見守っていた。
しかし、平行して高一の健康状態も悪化していった。
その数日後の晴れた上海の夜、
じゃれ合うように二つの光が天に上るのが見えた。
青と赤の光と・・・楽しそうな男と女の笑い声が噂となっていた。
以上
有難うございました。
dragon
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