|
先週、実家に帰った際に古いネガを焼き増ししました。予想どおりネガの劣化が進み、 色が青く変色しましたが、今回ご紹介するのは1972年7月23日に伊丹空港に初飛来した 「ロッキードL1011 トライスター」の写真です。 当時、まだ1歳5ヶ月の私も写っていますが…(掲載禁止!?) ロッキード社として初のジェット旅客機として1960年代に開発が開始され、1972年から 航空会社への引渡しが開始された。 回路表示が先進化されわかりやすいと好評を博したコックピットのスイッチ群、スマートだが 背の高い客室、中二階の客室・貨物室構造にエレベーターを設置、乗務員の運搬負荷の軽減に 取り組むなど、プロペラ旅客機の名門として堅実かつ挑戦的な設計がふんだんに施された機体だった。 ロッキードが久しぶりに開発した旅客機にもかかわらず、このように完成度が高いものであった。 しかし、後述のエンジン開発の遅れにより販売開始が遅れたこと、ボーイング社やダグラス社の 販売網に太刀打ちでなかったことより販売は不振に終わった。 マクドネル・ダグラスは同様の大きさの3発旅客機DC−10を先に開発・販売していた。 旅客機としての完成度はL−1011の方が高かったと言われているが、L−1011を採用する 航空会社は少なかった(飛行機は車と同じで中古で売却する場合、よく売れた機種の方が高く売れる。 また、欠陥があった場合も他の航空会社のトラブルでそれが発見されやすいという危機回避上の メリットがある)。 日本では全日空が1974年から導入し、最盛期には21機保有したが1995年を最後に 全機退役している。この導入の際に田中角栄前首相(当時)にロッキードから5億円もの賄賂が 送られたことが1976年に発覚した(ロッキード事件)。なお日本航空や、日本エアシステムが DC−10を採用した理由の一つがロッキード事件の発生にあった。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2006年12月19日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



