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久しぶりに懐かしい船の写真を… 前回実家に帰省した際に、たまたまクイーンエリザベス2(QE2)のリバーサルポジを 見つけたので現像してみました。 今から25年前の1983年の3月に横浜港に入港した時の写真で、前年に勃発した フォークランド紛争でイギリス海軍に徴用され、輸送船として使われた後の姿で入港、 なので通常の黒に白のツートンカラーではなく、グレーに白と塗装を塗りなおされた 状態での入港となりました。 ただこのカラーは不評だった為に、後に元の黒と白のツートンに塗り替えられることに… さすがに25年前のポジだけに退色が進んでおり、思うような色は出ませんねぇ〜 加えて使っているスキャナーも古いので拍車をかけてしまい… この日本で一番有名な豪華客船と言えるQE2ですが、来年からドバイで洋上ホテル として余生を送ることとなり、11月17日に母港のサウサンプトンを出港し最後の 航海へと旅立ちました。 向かった先はドバイで11月27日に到着、その輝かしい歴史に幕が下りるとの事です。 今年の3月に、日本最後の寄港で大阪港に来ましたが、あの時は観に行くべきだったと
今でも後悔しています。 |
船(昔の写真)
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今から20年前、何をしていたか覚えていますか? 私は青森駅のコンコースで、寝袋に入って二日間あるものを待っていました。 それは青函連絡船の青森発の最終便に乗船する為に・・・ 今から20年前の3月13日のダイヤ改正では、青函トンネルの開通に合わせて 青森−函館間を結んでいた青函連絡船が廃止になりました。 その頃高校生だった私は、試験休みを利用して、青函連絡船の最後を見届ける思いで 青森へと向いました。そして青森に着くと、3月13日青森発の最終便「八甲田丸」に 乗船する人の列が出来ていて「最後の航海に乗船出来るなら・・・」と並んだのであります。 外は雪が降るような所ですから、たとえコンコースと言えども丸二日間待つのは辛かった〜 でも寒さに耐え、念願の青函連絡船定期航路の最終便に乗船できたのですが・・・ いよいよ15日(土曜日)にJRの『ダイヤ改正』が行われます。 この言葉を聞くと「便利になる、早くなる」と言ったことが頭に浮かびますが、 その故、その逆の立場のものが無くなるのも『ダイヤ改正』でありまして、 今回も「銀河」や「なは・あかつき」と言ったブルートレインが姿を消すと・・・ 情緒ある列車が無くなるのは寂しい限りです。 来年の春には、東京−九州間を走る「富士・はやぶさ」も廃止との報道がされただけに、
この夏こそは、ワンカップ片手に「富士・はやぶさ」に乗って九州行きを実現したいと思います。 |
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船好きだった父が他界してちょうど1年、この1年は本当に早かった。 そんな訳で久々に懐かしい客船の写真を・・・ 1966年に建造されたイタリアの客船『EUGENIO C』です。 総トン数 32,753t 全 長 217.5メートル 全 幅 29.3メートル 旅客定員 1,158名 スマートな2本の煙突、そして曲線の美しい客船でした。
70年代後半に来日、これは横浜港に入港した時のものです。 現在の客船は巨大化ばかりが目立ちますが、昔の客船は 小さいながらもインパクトのある客船が多かったような。 この当時は3万トンクラスの客船でも大きいほうでしたが・・・ |
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久しぶりに懐かしい客船の写真を・・・ 1969年に就航した西ドイツGerman Atrantic Lineの客船HAMBURG。 当初の計画では北大西洋航路にも投入される予定でしたが、建造後はもっぱらクルーズに使用された。 1972年5月に日本へ初来航、以来しばしば入港している。1973年にHANSEATICと 改名後ハンブルグ港で係船。その後ソビエトが購入してMAXIM GORKIYとなった。 1989年6月20日にスピッツベンゲル島の西方約300キロで氷山と衝突、船体に亀裂が生じ、 大きく傾いたが乗客は無事救助された。その後西ドイツで修理され、その年の12月には地中海の マルタ島で、ゴルバチョフ・ソ連最高会議議長とブッシュ大統領(現ブッシュ大統領の父)の首脳会談の 会場として使用されました。 現在は旧飛鳥(現アマデア)と同じ、ドイツの客船会社Phoenix Reisenのチャーター船 マキシムゴーリキーとして世界を回っており、来年3月には日本への寄港も予定されています。 私は幼き頃、この「ハンブルグ」のことを「ハンバーグ」と呼んでいたそうですが・・・ まさに花より団子・・・ですね(笑)。 総トン数 24,981t
全 長 194.7メートル 全 幅 26.6メートル 旅客定員 600名 エンジン 蒸気タービン |
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久々ですが、週に一度は懐かしい客船の写真を… 1957年に建造されたSwedish・America・LineのGRIPSHOLMです。 美しい外形と重厚な内装をもった客船で、主に大西洋横断航路に使われていましたが、 定期航路撤退後はクルーズ客船として活躍したびたび来日しました。 総トン数 17,391t 全 長 192.4メートル 全 幅 24.9メートル 旅客定員 778名 その後1975年にギリシャのKarageorgis・Linesに売却。 船名もNAVARINO改名されて、主に地中海クルーズに就航していました。 1981年に火災事故を起こし、浮きドックでひっくり返ったりと多大な損害を受けましたが、
1984年に新しく設立されたギリシャのRegency Cruisesに売却。 REGENT SEAに改名され、アラスカクルーズ、冬期はタンパ起点の西カリブ海クルーズに 投入されましたが、1995年に船会社が破産。その後2001年にスクラップとして売却され その年の7月13日に南アフリカの海に沈みました。 |

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