|
1954年に竣工され、南米航路で移住者1万6千人を含む6万7千人を運んだ 移住船ぶらじる丸。 この写真は1973年に神戸港のドッグで改装後、海洋パビリオンとして係留される 三重県の鳥羽港に向けてえい航される姿です。商船三井のトレードマークである赤い 煙突にブルーとクリーム色の船体が実に美しい。 その後、鳥羽港で「海洋パビリオン鳥羽ぶらじる丸」として親しまれていたが、 経営難により22年後の1996年の1月をもって閉館。その後、ぶらじる丸は 解体の為、中国の黄埔へと帰らぬ航海へと旅立ち、南米移住を物語る国内最後の 移住船は日本から姿を消しました。 総トン数 10,217t
全 長 145m 竣 工 年 1954年 |
船(昔の写真)
[ リスト | 詳細 ]
|
1973年1月23日、神戸ポートターミナル発、基隆、香港経由、世界一周観光便 プレジデント・ウイルソン号。特徴のある鷹のファンネルマークに2本の煙突、 アメリカン・プレジデント・ライン(APL)の日本寄港最終便です。 このAPLは戦後初めてアメリカからの太平洋航路客船としてウィルソン号、クリーブランド号、 フーバー号の3隻を定期就航させ日米間の「太平洋の架け橋」として約20年間、多くの人たちを 運んだが、アメリカの船員費の高騰と定期航路としての太平洋便が完全に航空機にその座を奪われ、 この航海を最後に退くことになった。 1947年の竣工から25年が経ち、15,456トンの船体も巨船とはいえず、21ノットを誇った 駿足もかろうじて17ノットを保ち、品位ある典雅な設計の公室も新鋭客船に比べると時代の流れを 意識せざるをえなくなっていた。 この後、プレジデント・ウィルソン号は香港に売却され「ORIENTALEMPRESS号」と
船名を変えて活躍を続けることになりました。 |
|
神戸港で撮影したものですが、撮影年月日は不明です。 ORIENT OVERSEAS LAINの「UNIVERSE CAMPUS」号。 船籍はMONROVIAです。 ORIENT OVERSEAS LAINの船は、船名に「ORIENTAL〜」と
付く船が多い中で、この船はその冠号が付いてないのが特徴的でしょうか。 |
|
昭和53年2月18日に横浜港に入港した イタリアの客船「アキレ・ラウロ」号です。 イタリア=赤というイメージがある私にとって(フェラーリの影響で) クラシカルでなおかつ鮮やかなブルーの船体には一目惚れしてしまいました。 この「アレキ・ラウロ」号の詳しい解説は
トラックバック元のPUNIPさんの記事をご参照ください。 |
|
赤白青のド派手なファンネルマークを日本の港で披露した船がこの「フェスティバール号」です。 この「フェスティバール号」の詳しいことはPUNIPさんの記事をご覧になって頂き 私の方ではドッグで改造中の姿を撮った写真を… なにせ30年近く前に撮影したネガを焼き増してみたので、色がかなり劣化していますが… 参考になるかなといった程度でご覧下さい。 ちなみにこれを見た時、私は小学1年生でした。これは夏頃に撮った写真だと思いますが、 この写真を撮った後、8月末には兵庫県の西宮から東京に引越して現在に至っています。 なので船好きだった親父の撮った、神戸港での最後の写真でもあるのかな…
|



