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親戚に、出征経験のあるおじさんがいました。もう随分前に亡くなりましたが、子供の頃には色々戦争の
話をしてくれた憶えがあります。その内の一つです。
おじさんは南方に派遣されたのですが、そこは激戦区。毎日ばたばたと戦友達が斃れていく。
おじさん自身も、もう命は無い物と諦めていたそうです。
ジャングルの中を、敵の拠点に向かっていた時の事。夜は塹壕を掘り、その中に蹲って眠る。
ある夜、不寝番の兵が、皆を揺り起こしました。
すわ、敵か!?と飛び起きると、不寝番の兵が「あ、あれを見ろ…。」と呟きます。
指された方にはジャングルを彷徨うように歩く、日本兵の隊列がありました。
兵たちは皆、薄く白く光って見えます。
ジャングルの奥から何人も何人も現れては、味方の陣地の方へ向かって歩いて行く。
中には、先発した部隊にいる知人の姿がありました。
「おい!○○!!」と呼びかけても、振り向きもせず、ゆらゆらと行ってしまった。
おじさんも、他の兵も、彼らはもうこの世の者ではないとすぐに悟ったそうです。
明日はわが身。おじさんたちは合掌して、隊列を見送りました。
この戦いは大敗に終わり、敗残兵となったおじさんたちは、フィリピンの基地に引き揚げ、そこで暫く収容所に入れられたそうです。大敗の情報が、他の日本兵に洩れないようにする為だったとか。
酷い話です。
なお、この作戦は恐らく、ガダルカナル攻防戦だと思われます…。
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親戚のおじさん…生還出来てよかったですね〜
かの地で散った英霊達の魂と遺骨が、1日も早く祖国に帰れる事を願います
2010/6/29(火) 午後 1:27 [ イレイズ ]
イレイズさん、行きたくて行った訳ではないのに…。
2010/6/30(水) 午前 10:53
僕の母方の祖父も、同じく激戦地だったパプアニューギニアのラバウルに行っています。
祖父の場合体が弱かったため兵士ではなく兵士の世話などをする軍属として戦地に赴いたため、直接戦闘はせずに済んだみたいです。
それでもこの記事のおじさまのように、ろくな食料も医療も無いなかで銃弾に倒れ死んでいく仲間を見たんだろうな、何度も危ない目にあったのだろうなと思うと、とても辛くなります。
ましてや直接泥沼の戦闘の中にいた方々は、どんなに辛かったことか・・。
祖父は幸い無事に帰国できましたが、故郷に帰る事すら必ず散っていた人達の事を、決して忘れてはいけないですね。
ある歌手が歌っています。
「戦争に意味など ありゃしねぇ
戦争に正義もくそも ありゃしねぇ」
と・・。
2013/7/17(水) 午前 1:31 [ ラルフ ]
神威ラルフさん、ある歌手は「正義はバランスで計られ」と歌っています。
真の正義が幻想でも、明日も生きている事を、国に帰れる事を、国の愛すべき人を守る事を、信じて戦った人たちを忘れてはいけませんと思います。それを軍国主義だのどうのと言う方々もいらっしゃいますが、庶民の多くは望んで戦地に行った訳ではないですから。
2013/7/17(水) 午前 2:27