|
最近歳のせいか、今しようと思っていた事を5秒後に忘れていたりする反面、忘却の彼方だった事が 突然思い出されたりします。人間の記憶と言うのは、不思議で、面白いものだなあと思います。 今日、バスの中から、ふと旧い旧い国産のクーペが走っているのを目にしました。 その瞬間、記憶の引出しの中にしまい込んだまま忘れていた、あの車の事を ふわっと思い出しました。 ―私がまだ、車屋サンとしては駆け出しだった頃。 ある販売会社に出向し、一時期、北の街に住んでいました。 九州の出なので、こんなに早く冬が来るのかと愕きながらコートの襟を立てていた、10月の終わり。 初老の奥さんと美しいお嬢さんという母娘のお客さんに車を買って頂きました。 ご主人は、数年前に他界されたそうです。 お宅にお邪魔すると、そこは閑静な住宅街の一角を占める、瀟洒な豪邸でした。 ひとしきり仕事の話が終わって、奥さんに淹れて頂いたお茶などを啜りつつ、雑談を。 その中で、奥さんが、マントル・ピースの上に置かれた写真を手に取りながら仰いました。 TOさん、この車ねぇ まだ下に置いてあるのよ 主人が大事にしていた車だから置いておいたのだけど この娘も もうすぐ結婚するし 車を買うこの機会に 処分して貰おうかしら… ふるぼけた写真には、いすゞ117クーペをバックにして、精悍な青年と寄り添う美しい奥さん そして、奥さんの腕の中には、それこそ玉の様な赤ちゃんが抱かれています。 はあぁ 117クーペ ですね… 素晴らしい車にお乗りだったんですね… と、にこにことお愛想を言いながら、私は心の中で舌打ちをしていました。 ちっ 面倒臭ぇなぁ どうせボロボロのポンコツだろ? レッカー手配したり… 所有者が亡くなってるから、名義変更も大変だしなぁ… 兎も角、見てみましょうと、母娘に案内されて地下のガレージに行きました。 4、5台は余裕で停められそうな広いガレージの片隅に、ボディーカバーを被った車がありました。 カバーのままでも、その車が117クーペだと判ります。 それだけ、個性的で流麗なフォルムを、その車は持っているのです。 では…とばかりに、がさっとボディーカバーに手をかけた私は、チラと見えた輝きに、戸惑いました。 117のバンパーはクロームメッキされているのですが、その輝きが尋常ではない事に気づいたのです。 そろそろとシートを捲くっていくにつれ、私は目を疑わざるを得ませんでした。 その車が、新車当時の状態をほぼ保ったままの117クーペが、姿を現し始めたからです。 しかも、それは、117クーペの最初期型…。 滑らかなボディーの曲面が当時のプレス機械では出せなかった為、職人が手作りで1台1台造形した ハンドメイドの逸品です。 唖然とする私に、奥さんは想い出話を語り始めました。 まだ、貧しかった頃 主人は車が好きで好きで 私の次に車が好き、と言ってくれていました この子がお腹に宿った時 よし、この子を俺の一番好きな車に乗せてやる 絶対に生まれるまでに あの車を買う なんて言いながら 只でさえ朝は暗いうちから夜遅くまで働いていた癖に 休みも無く働き始めました 景気がどんどん良くなってきたせいもあったんでしょう この子が生まれる頃に この車がうちに来たんです この子が生まれて初めて乗ったのが この車です ―それから、おかげさまで 主人の興した事業は順調で 何台も車を買いましたが 主人は この車だけは決して手放さなかったのです… 私は、上司と相談して、この117クーペを一番大事に乗ってくれる人に仲介する事になりました。 うちの会社と取引のある、板金修理会社の社長さん。 地元では有名な、旧車のコレクターでした。 てっきりスクラップにするのかと思ってましたが これからも乗ってくださるのなら… と奥さんもお嬢さんも喜びます。 話はすぐにまとまりました。 ご主人が亡くなって以来、117クーペのエンジンには火が入っていないので、すぐには動きません。 ガレージの中で、バッテリーやオイル等を交換し、基本的な整備をしました。 そして、奥さんとお嬢さんが見守る中、エンジンキーを回すと ズボボボン と、再び117クーペに命が宿りました。 わあ おとうさんが 生き返ったみたい お嬢さんは、嬉しそうに泣いていました。 納車の日。 奥さんとお嬢さんの、たっての希望もあって、私がお宅に出向き、117クーペにお二人を乗せて 店まで行く事にしました。 お二人とも、マニュアル車の運転は自信がないとの事だったので。 私が117クーペをガレージから引き出し、玄関前で二人を乗せました。 車の中のTOさんが 主人に見えたわ 主人は いつもそうして 私たちが乗ってくるのを待っていたのよ そうそう お父さんはせっかちで 30分も前から車の中に居て いっつも遅い遅いって言ってたわよね お二人は、懐かしそうに仰いました。 つつがなく納車は終わり、奥さんとお嬢さんは117クーペを何度も撫でてから、家路に着きました。 万感の想いが私にも伝わってきて、目頭が熱くなったのを思い出します。 その後、私は転勤で北の街を去りました。 しかし、117クーペの新たなオーナーとなった社長とは、随分長く年賀状や暑中見舞いを遣り取り しておりました。 ある時、手紙の中にこんな事が書いてありました。 『TOもニュースで知っているだろうけど、あのトンネル事故。 私も下手をすれば、あの事故に捲きこまれていたんだ。 そうなっていたら、当然命は無かったろう。 実はあの日、117に乗って、あの国道を走っていたんだ。 すると、例のトンネル行く手前で、急に117がエンストした。 もちろん、大事に乗っているから整備は欠かさないし、それまで故障らしい故障はした事が無かったのに それが、突然止まって、にっちもさっちも動かない。 やがて、救急車やパトカーが何台も走って行って…何事かと思っていたら、あの事故さ。 エンストしていなかったら、丁度事故のあった時間にあのトンネルに差し掛かってた筈だった。 もっと不思議な事に、その後、エンジンがかかって、帰ってから調べてみても何の故障も無いのさ…』 ―今でも、あの北の街で、あの車は走っているのだろうか…。 ちょっと懐かしく、走り去る117クーペをバスの窓から見送りました。
|
カーディーラーの怪
[ リスト ]






素敵なお話ですね!傑作ポチ♪
相方も旧車が大好きで、周りにはこういう車を集めている
鈑金やさんとか整備工場の社長さんが沢山いますよ♪
理由なきエンストもやはり・・・
大切にされていた物には魂が宿るんでしょうね。
2009/3/16(月) 午後 4:56
車のことはよく解りませんが良いお話ですね〜
鉄道界には車両を丸ごと買う人なんて滅多にいないな〜居ることは居るけど。
でも原形をとどめてないのが多いですね。真っ二つになってたり変な色に塗られてたり朽ち果ててたり・・・
昔は国鉄が廃貨車を売り出していまでも倉庫や物置として再利用されてますよ。
2009/3/16(月) 午後 5:32
アビエータです。
どーも電話が上の空だと思ったら、
やはりレスを書いていたな。仕事だ!仕事!
しかし『さわやか』ですかぁ・・・。
TO氏よ、やはり期待には応えるべきである。
次の飲み会はたのむから、最後までさわやかでいてくれ!
このアビ、伏してお願いする!
2009/3/16(月) 午後 5:44 [ アビエータ ]
↑コメおもしろすぎ!
TOさんのすべてを物語っているようだ!
2009/3/16(月) 午後 7:30
名義変更も大変・・よくわかります。邪魔臭いんですよね〜!!でも、お話は目頭が熱くなりました。。。by旦那
2009/3/16(月) 午後 7:55
人の思いは、いろんなものに移るんですかね。
出来ることなら、私は、この世に何も遺さないようにしたい。
2009/3/16(月) 午後 8:58 [ 気まぐれ ]
ミーさん、人の想いが集ると言う点では、旧車も、ブルートレインも
、道端のお地蔵さんも同じだと思います。
そう言う物に、魂が宿るのでしょう…。
2009/3/17(火) 午前 0:06
ぽっぽやさん、私に腐るほどのお金があったら、20系のB寝台客車を買いたい!!
幼い頃に「あさかぜ」に良く乗ったので…。
2009/3/17(火) 午前 0:09
アビエーターさん、あの私の姿がさわやかで無いとしたら、一体何がさわやかなのであろうか?
最終電車を待つホームで、さわやかな夜風に吹かれているではないか
!!
2009/3/17(火) 午前 0:12
ゴロウさん、アビのたわ言に付き合わないで下さい。
私は、横浜市民の中で、300万目にさわやかな男です。
2009/3/17(火) 午前 0:14
旦那さん、先日もうちの若いのがそれで苦労しておりました。
しかし、日本の車の税制や登録制度もそろそろ変わるべきですね。
あまりに旧態依然としすぎています。
何で重量税なんかが、一般財源化されなくてはならないのでしょうか。
そんな筋の通らない税金をかける位なら、重量税を廃止して、「道路税」みたいな、特定財源を作ればいいのに。(当然、税率は下げられる。)大体、自動車に係わる税金が多すぎます!!
2009/3/17(火) 午前 0:21
KANATAさん、そうですね。
人は死して名を残す位がいいのかな…と言う感じもします。
しかし、少しは化けて出て貰わないと、このブログの存亡が…。
2009/3/17(火) 午前 0:23
こんにちわ。
この記事、見逃してました。(^^;)
117クーペはいいですよね〜。
最近はとんと見かけませんが・・・(当たり前か)
自分が高校生の時はバリバリ人気ありました。(あ、当時の言葉が・・・)
2009/3/17(火) 午後 1:49
三段寝台ですね〜いいなぁ〜
三重の関に20系の客車寝台をそのまま活用した宿泊施設があるんですよ。
2009/3/17(火) 午後 4:53
じゃんぽけさん、「バリバリ」って、もしかして、あのマンガ読んでました?
2009/3/18(水) 午前 1:03
ぽっぽやさん、20系の想い出話を記事にします。
2009/3/18(水) 午前 1:05
これまでロムっているだけでしたが、初めての書き込みです☆
読みながら背筋がぞくぞくとして・・・途中から涙が。。。
いい話ですね〜。車にまつわる話しはいろいろありますが、
このお話しはホントにいい話。。
これからもよろしくお願いします。<(_ _)>
2009/3/20(金) 午前 11:26
かっちゃんさん、初コメント有難うございます!!
これからも、お楽しみ頂ければ幸いです。
また、コメントお待ちしております。
宜しくお願い致します!!
2009/3/21(土) 午後 2:18
117クーペのエンジンが何故勝手に止まったのかは私の勝手な推測ですが亡くなったお父さんの自動車を愛する魂が自分の車を壊させまい自分の愛車に乗ってる人を死なせまいとエンジンを止めたのだと思います
2014/7/17(木) 午後 6:11 [ top**a_hiro*btt* ]
top**a_hiro*btt*さん、まさに、そう言う事でしょう。
いい話です。
2014/7/23(水) 午後 7:51