7/7(THU)晴のち曇りときどき雨 カスヤはやっぱりダメだった。オヤジから反対されたらしい。一番つれえのはヤツだろう。 でもオレにひとつのきっかけをくれたのはヤツだ。ありがとう。 そのかわり、といっちゃ何だが、水島が一緒に行くことになった。 水島はやっぱりマブタチだから、半年近く一緒にいても大丈夫だと思う。 時々くじけそうになるけど、水島が一緒なら大丈夫だ。 きっと何かてめーのためになる旅になるだろう。 ちなみに15日からのバイトが決まった。がんばって金をためよー!! GPも売らなきゃいけない。ごめんな。 てな訳で頑張っていこーってか カスヤと言うのは、大学の友人です。(まさかこのブログ見てたら、コメントくれ!!) そもそも、海外旅行なんて毛ほども興味の無かった私を誘ったのはカスヤでした。 「車でアメリカ横断しない?」なんて誘いだった様な憶えがあります。 当時はバブル真っ最中。1年位留年したって、就職先には事欠きません。 (今、就活中の方、お気を悪くなさらないで…兎も角、そう言う時代だったのです。) よし行こう!!金は、バイトすれば何とかなる!!…即決でした。 でも、アメリカ横断だったら一カ国しか行けないから、国が一杯あるヨーロッパに行こう!! …となったのです。 また、私がゼミの論文テーマで「パレスチナ問題」をやっていたので、ついでにイスラエルに行けば、 卒論の為と言う、留年の大義名分が出来る!! ―と言う訳で、イスラエルにも行く事にしました。 ゼミの先生に「これこれこうで、留年して2、3ヶ月ヨーロッパに行きたいんですが」と相談すると、 「是非是非行きなさい!!2、3ヶ月なんて、短い!!せめて半年は行きなさい!!」とのお答え。 両親は「そうか。いってらっしゃい」でした。 しかし、カスヤは、親御さんが「留年などもっての他」と言う至極真っ当なご意見を仰ったので、断念。 もう既にその気になっていた私は、じゃあ、一人で行くか。と思っていた所に、高校からの親友の 水島が「俺が行く」と言い出したのです。 彼は、整備士の資格を取り、鈴鹿8耐にもエントリーする大手バイクショップのメカとして働いておりま した。 (実は、こいつは何度か当ブログに登場しております。水島と言うのは仮名です。と言う事にしておく か。…まあ、大丈夫でしょう。たぶん。おーい水島!!このブログ見てたら、コメント寄越せ!!) おめー、仕事はよ? と聞いても、バイク屋なんて、いくらでもある。金は、溜まってるから、何時でも行ける。 そう言って、とっとと仕事を辞め、ここにコンビ結成と相成ったのです。 7/27(WED)曇のち雨 今日はパスポートの申請をしてきた。 宅配のバイトもなんとか慣れてきた。 資金の自己調達は、やっぱかなりきつい。 GPもずっと雨ざらしだ。つらいもんがある。GPと言うのは、当時私が乗っていたバイク「カワサキZ400GP」の事です。 資金稼ぎに明け暮れ、バイクに乗る暇も無かった様です。 金が足りなければ、バイクも売ろう。そう思っておりました。 さて、ここから日記は一気に出発日近くに飛びます。 朝から晩までバイトをして、書く暇が無かったのでしょう。 9/12(MON)曇 いよいよ出発一週間前だ。準備もまあ順調に進んだ。 あとは航空券とユーレイルだが、まだ連絡が無い。 大丈夫かなー。 そろそろ荷物のせんてー【注:選定の事と思われる】をはじめる。 明日はT/C、外貨の購入に行く。 9/15(THU)雨(台風) 航空券もユーレイルもOK。しかし、到着地はフランクフルトからローマになってしまった。 こまごましたものを購入。荷物をまとめはじめる。T/Cも買った。 ひこじより餞別1万円。ひこじは、やはり高校からのマブダチ。この1万円で小さなカメラを買い、旅の写真を撮りました。 9/16(FRI)晴 今日は外貨を買った。その他、ウォーキングブーツ、カメラetc…を購入。 これで一応準備は整った事になる。手持ちの資金は予定より少なくなりそうだ。 夕方にワールドエアポートツアーズより電報。 ''シキュウ TEL コウ''との事だが、電話したら営業時間は過ぎていた。何だったんだろう。 気になるその後、記述が無い所をみると、大した事では無かった様です。 しかし、電報と言うのが時代を感じさせます。携帯なんて、影も形もない頃です。 準備段階を終えての感想(9/16) 時間がなかった、とは想わないが(実質2ヶ月)手順が少しマズかった。 パスポート・ビザetc…の手続きは、自分でやっても何てことはない事だが、やはり航空券の手配は遅すぎた様だ。少なくとも2ヶ月前には手をつけるべきだったと想う。 情報収集についてはまずまずだったと思う。でも単なる観光案内だけではなく行く先々の民話・歴史・政治情勢etc…も身につけておくと旅のたのしみが広がる。と言うよりそういうものがあってはじめて「行きたい所」がきまるのだと思う。 初の海外でいきなり4ヶ月も5ヶ月もというんだからかなり大胆不敵だと思うが、がんばって何とかしよう。 最後に、この計画にあっさりと理解を示し資金援助もしてくれた両親、あとおししてくれた松井さん 【注;ゼミの先生】きっかけを与えてくれたカスヤ、それにやっぱりひこじ、以上の皆さんに感謝。 何とか生きて帰ってきます。 水島君、よろしくね。 ―もうすぐ、旅立つ様です。
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昔の日記
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おぉっ!^^
ついに旅立ちですね!!!
オレもこんな旅やってみたいなぁ・・・
2009/6/7(日) 午前 7:14
男のロマンをかんじますね〜!!by旦那
2009/6/7(日) 午前 11:18
「水島」と言われると「ビルマの竪琴」を思い出しちゃうのは私だけでしょうか。
ドゥーさん、今世でも電報が必要な人っているんですよ。パチンコしすぎでしょっちゅういろんな物止められる知り合いがいるんですが、携帯が止まってる時に、身内が亡くなったと電報で知らせが着たんですよー。弔電ばかりではなく、電報はまだまだ必要不可欠な連絡手段なんですねぇ。
2009/6/7(日) 午後 4:07 [ クリリン ]
りくんちゅさん、是非、やってみて下さい!!
2009/6/7(日) 午後 4:08
旦那さん、それほど大袈裟なモノでもありませんが…。
2009/6/7(日) 午後 4:09
クリリンさん、なるほど。てっきり結婚式の祝電位しか使わないだろうと思っていましたが、最後の連絡手段として活用されているのですね。
2009/6/7(日) 午後 4:10
そういえば友人が7月に結婚するので、祝電を打とうとして検索してたら
「リカちゃん電報」なんてのがあったので
面白がって打ってみましたw
2009/6/8(月) 午前 11:09
ねこじょてさん、「私、リカちゃん。―今、あなたの後ろに居るの…」って奴ですか?(違うか。)
2009/6/8(月) 午前 11:20