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さて、大高博士の体験談はかなりの反響を呼んだと思われ、TVの怪談特集などでも何度か取り上げられ たそうです。あの伝説の怪談番組「あなたの知らない世界」の記念すべき第1回目でも放送され、大高博 士へのインタビューも流されたとか。(見たかったぁ〜) そして、この亡霊の「正体」ですが…。 1972年に放送された「特ダネ登場」(仙台からの公開放送だったらしい)を見た明石市内に住むTさんと 言う女性が、「これは私の夫の霊に間違いない」と申し出て、その後TVにも出演したそうです。 Tさんの話では、海軍の軍人だったご主人が第六青函丸に警備兵として乗り込んでいたところを米空軍 の攻撃に遭って、 機銃掃射で喉元を打ち抜かれて戦死したのだそうです。 (亡霊の首にある穴は、弾痕だったのですね…。) 調べてみると「第六青函丸は1945(昭和20)年7月14日にアメリカ軍機の攻撃を受け、沈没を防ぐため婆 子岬の岩礁に座礁。その後の攻撃で炎上し、35名が戦死した」と言う事実が確認できました。 (↑)米軍機の攻撃を受ける第六青函丸 大高博士が亡霊に襲われた陸奥市内の病院は、戦時中には海軍の宿舎になってたと言う事です。 むつ市には、かつて海軍の要港部がありました。要港部とは、海軍鎮守府に準じた海軍の重要基地です。 (↑)大湊要港部庁舎 今でもむつ市内には旧海軍に纏わる建物が多く残っており、この海辺の病院もその一つなのでしょう。 Tさんのご主人は、大高博士の泊まった部屋に滞在していたのかもしれません。 Tさんはご主人の生前の写真をTVで公開したらしいのですが、背が高くスマートで、海軍軍人らしく とても凛々しい姿だったとか。 そんな方が、大高博士の描くスケッチの様な無残な姿になってしまうとは…。 戦争と言うのは悲惨なものです。 しかし、こう言う話を知った上であのスケッチを見ると…怖いと言うより、シンパシーを感じてしまうの は私だけでしょうか…。 散々怖がっといて今更な感じですが、Tさんのご主人のご冥福をお祈りします。 前の記事に貼り忘れてました。(↑)大高博士が出会った夜の「Tさんのご主人」の行動図です。 [怪談] ブログ村キーワード ちなみにですが、どうしても「私は幽霊をみた!」を読みたくなったので、ネットで古本を探したら、 あるにはあったが、何と1万円以上の値がついていました。
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kiy*rin**さん、当ブログも、たった一人でいいから、トラウマになる様な記事が載せられればいいのですが。せっかく聞いた怖い話も、私が文字にすると、全然怖くなくなっちゃうんです…。
2010/9/4(土) 午後 11:27
ナチスもやばいぐらい怖いですよ!!!!ワンピースはなんか面白くないけどエースとかいうのがなんかよくなっかたという話があります。
2011/7/3(日) 午後 5:49 [ 広長憲 ]
ブロッケンガールさん、コメント有難うございます!!やっぱナチスはやばいですか〜!!
2011/7/7(木) 午前 10:48
小学4年の頃に図書室で読みました。亡霊の顔のイラストすごく怖かったです。30年ぶりに、あのイラストに出会いました。なつかしいです!なくなったかたは、海軍軍人だったのですね。初めてしりました。
2011/8/24(水) 午後 9:25 [ さかい ]
はじめまして。こんな記事もある!からやってきました。
亡霊は人間でも小鳥でも現れますね。生死を問わず、心臓と脊髄の間に発信機と受信機がありますから。
2012/5/18(金) 午後 2:53
みなせさん、私には発信機や受信機はついていないみたいです…。
全くの0感なので。
2012/5/18(金) 午後 10:43
ス、スゴイっす。
ここまでの後日譚、、調べるのも大変だったでしょう〜。ワタシは小学生の頃に抱いた謎の一部が、この年になってとけてスッキリとした気分です。ありがとうございます!!。
この話を見て、コワいだけの話がモノ悲しい物語になりましたねえ〜素晴らしいです。
2012/8/18(土) 午前 11:24
まころうさん、すけきよランプの方が素晴らしいです。
ほしい〜!!
2012/8/19(日) 午前 0:19
私も詠みました。
その後、河北新報(東北地方の新聞)に、この記事が出て、「ウワァ本当だった!」とますます恐怖しました。
2012/9/8(土) 午後 0:27 [ ににみ ]
続きです。思い出しましたけど、その時の記事は。大高博士の所に、亡くなった軍人さんが奥さんがたずねて来て、夢で「自分のことは、青森のお医者さんに頼んで来た」と、亡くなった夫に言われた、と言うことが書いてありました。
2012/9/8(土) 午後 0:38 [ ににみ ]
ににみさん、貴重な情報をありがとうございます!!
こうして、一つの怪談で盛り上がれて、ブログやってて良かったなぁと思います。
しかし、大高博士にしてみれば、何を頼まれたのか、全く判らなかったでしょうねぇ。
2012/9/10(月) 午後 11:30
懐かしいですね 小学校のクラスの学級文庫にもありましたよ〜
クラスの生徒がそれぞれ持ち寄り本棚に並べてたのですが
この頃は七不思議だとかオカルトだとか流行っててそれ系ばかりでした(笑) この挿絵をなるべく見ないように何度も何度も読んだ記憶です。ベットとか怖かったですね・・・
2012/12/1(土) 午後 4:52 [ さしみ ]
さしみさん、お返事遅れて申し訳ありません。
この本、やっぱり皆の心に強く焼きついているんですね〜。
この「亡霊のあらわれた経路」も妙に生々しくて怖かったです…。
2012/12/6(木) 午後 8:23
小学生当時熟読し印象に残りましたが(亡霊と名乗った訳でもないのに)「なぜ亡霊と断定できるのか」不思議でした。
「寒いんです」も気の毒で、入室して「おそった」訳でもないし、偏見に満ちているなぁ、と今でも思います。
私がおかしい?
2013/4/7(日) 午後 10:13 [ nuk*su*e200* ]
nuk*su*e200* さん、なるほど、目から鱗です‼
確かに、こっちの勝手な印象で亡霊扱いするのも失礼ですよね。
しかし、やはりこのお話は、多くの人々の記憶に焼き付いているんですね。現代怪談の白眉です。できることなら、大高博士にお会いして直接お話をお伺いしたいなぁ……。
2013/4/8(月) 午前 0:13
私の偏見を並べますが…
「どうぞ」と言われてから入室する辺りT主人は実に礼儀正しいし、夏なのに「寒い」なんて7年間海中に居て冷えたんでしょうか(同情しませんか)。
ドアが開いて「いきなり」ベッドへ、とありますが、経路をよく見るとなぜか洗面所に寄り道して鏡を見ています。
むしろ大高博士の方が不思議なのは、夜中おそらく真っ暗のはずで、暗い中見たものを何故あんなに細部まで克明に描けるのか。
仮に薄暗い豆電球や卓上ランタンがあったとしても、目の前のT主人の顔はさらに暗く陰になるはず。
誰か名探偵さん、ご回答お願いします。
2013/4/9(火) 午後 10:58 [ nuk*su*e200* ]
nuk*su*e200* さん、凄くツボなコメントを頂き有難うございます!!
このお話が日本現代怪談の白眉として存在し得る理由は、後日談を含めて、日本怪談の基本的スキームを見事に踏襲しているからです。いわゆる、因果があり、パターンを踏まえ、情緒に訴えていると。その王道の前には、細かい事は「まあそれはそれで」。
つまりは、当ブログのテーマである、「本当にあった(と思う)」に沿う、怪談なのです!!
−と言いつつ、
○「どうぞ」と言われてから入室する=親の教育が良かった。
○夏なのに「寒い」=夏風邪ひいてた。
○洗面所に寄り道して鏡を見る。=せめてもの身だしなみを…。
○大高博士の描写力=天性でふくろう並みに夜目が利き、露天の似顔絵売り並みの画力を持っていた!!
と、名探偵ではない私TOが回答申し上げます…。
名探偵ではない、私TOの回答で恐縮です…。
2013/4/9(火) 午後 11:30
亡霊が本当にいるのかわかりませんが、私も小学生の時トラウマになった一人です。今でもやっぱり怖い。。しかし、大人になって詳細がわかり「怖い」から「ご冥福を」に変わりました。真相を知らずに表面だけで判断する怖さを実感しますね。大高博士や遺族に話が本当であることが前提ですが。Tさんの写真見たかったですね。
何十年前も前の話について時間と場所を超えて共感できる時代になったことはうれしいですね。
2016/1/30(土) 午前 11:10 [ 松尾典子 ]
> 松尾典子さん
ヤッパリこれは、当時子供だった皆様の共通恐怖体験ですよね〜。
2016/4/13(水) 午後 5:39
夜分、済まぬ。🙇
この記事を見て思い出したのが、私が未成年時代に逝去した私にとっては母方の大叔父様。
何故かと言うと、大叔父様は若い頃に海軍にいたそうで、一度だけだが当時の写真を見せて貰った。どこに所属していたのか詳しく教えて貰ってはいなかったのだが、運悪く所属していた所が…と想像するとガクブル😱ものだ。
2017/4/21(金) 午前 4:17 [ MAYオリーブサンフィッシュ ]