旅の怪

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巴里18区の幽霊宿

貧乏旅行で、ユースホステルやドミトリー(相部屋)の安宿に泊まり歩いていると、

世界中からやって来た同じ様な貧乏旅行者達と仲良くなり、

「歩き方」には載っていない情報を様々手に入れる事ができる。
 
 
この旅も長くなり、何か面白い所はないかと思っていた所に、思いがけない話を聞く事が出来た。
 
フランスのとある田舎町の安宿で一緒になった、トムと名乗るイギリス人が、

パリに幽霊の出る宿があると言うのだ。

彼は1週間ほど前にその宿に泊まり、様々な不思議体験をしたと言う。


どんな体験かと聞いてはみたが、あまり思い出したくないらしく、

しつこくすると、そんなに興味があるなら自分で泊まってみろと、手帳を見ながら

メモ用紙にその宿のアドレスを書きつけ、突きつけてきた。


この旅も、どうせここと言う目的地もないし、ここしばらくパリにも行ってなかったので、

好きな私は、話のタネにその宿に泊まってみる事にして、翌朝早々に出立した。
 
 
相変わらず時間通りに来ない列車を乗り継ぎ、パリに入ったのは夕方近くだった。

とても短いヨーロッパの秋が、足早に通り過ぎようとしている花の都。

並木も葉を落としかけていた。


パリはやはりパリで、華やかで薄汚い。


最先端のファッションを纏ったマドモアゼルと詐欺師と

洗練されたムッシュとスリと

一本気な美少女と売女と

ユダヤ人とアルジェリア人と黄色人種と

観光客とマフィアと

その他諸々が、一緒くたになって通りを歩いている。


セーヌ川はいつものとおりで、何でこんなにけだるく流れてるのか、

セーヌ川が喋れるのなら、一度聞いてみたくなる。

エッフェル塔も、もうそろそろ立ちくたびれたと言う佇まいだ。
 
イメージ 4






トムのメモには18区の住所が書いてあり、それを頼りに宿を探す。


18区と言うと、有名な所ではモンマルトルの丘なんかがある所だ。

あのムーラン・ルージュもここにある。

アラブ系やアフリカ系の住人も多く、物騒と言えば物騒だが、

パリにはもっと物騒な所は幾らでもあるし、

ともあれ、物騒さ加減では、歌舞伎町には及ばない事は間違いない。
 
 
その宿は、メトロの駅からちょっと入った、入り組んだ裏通りの一画にあった。
 
てっきりアパートメントのフロアを安宿にしているのかと思ったら、

その宿は、4階建てのそう大きくはないがそれなりに立派な建物だった。

その外壁は石造りで、周りの建物と比べても、古さと重厚さを醸していた。


一見すると、そこそこの値段を取りそうな宿だが、何百泊も安宿に泊まってきた私の嗅覚は、

この宿は安いと告げていた。
 
イメージ 1
当然予約などは入れてないが、そう混んでいる時期でも

ないので部屋くらい取れるだろうと思いながら

レセプションのベルを鳴らす。

から20歳そこそこのあんちゃんが出てきて、

部屋は幾らでも空いていると言う。
 

思ったより、ふっかけの値段が張ったのは、繁華街の近くだからか。

しかし、値切ると割と気前良くまけてくれたので、こちらも割と気前良く3泊分を前払いした。
 

ロビーと言うほどのものではないが、1階にはソファーセットが置かれ、

檻みたいな古いエレベーターがある。
 
しかし、あんちゃんは、そのエレベーターは何年も前に故障して動かないので、

部屋には階段で行けと言う。
 
イメージ 2
部屋は最上階で、廊下を挟んで3部屋づつあるうちの角部屋だった。
 
荷物を部屋に置き、晩飯がてら一杯飲みに行くべく下に降りると、

さっきのあんちゃんがレセプションでテレビを見ていた。

彼に安くて飲めて美味い店を教えて貰い、

ついでに幽霊が出ると聞いたが本当かと聞いてみた。



彼はひどくあっさりと「ああ、出るよ。毎日じゃないけど。特にあんたの泊まっている最上階には

良く出るよ」と、ブラウン管に視線を投げたまま、英語で答えてくれた。
 
 
こう言う所はヨーロッパらしいと言うか。

日本では、自分の宿に幽霊が出るなんて事は決して認めないだろう。

 
どんなのが出るのか聞いてみたい気もあったが、それは出てからのお楽しみにとって置く事にした。
 
まあ、もともと私は霊感などには全く無縁で、従って幽霊の存在もあまり信じてはいない。
 
あまり信じていないから、こんな所にわざわざ泊まりに来る事も出来る訳だが。
 
 
さて、こうしてパリ18区の幽霊宿にしばらく滞在する事になった訳だが、初日は何も出ず。
 
と言うより、意に反して、とっとと、早晩に、眠ってしまったのだ。

 
長旅の途中で、少々、疲れていたのだと思う。そう言えば、一人部屋に泊まるのも久しぶりだ。

シャワーからはちゃんと熱い湯が出るし、スチームヒータも心地よく効いていて少しも寒くない。

 
いくら慣れてるとは言え、また、いくら好きでやっているとは言え、

寒すぎたり暑すぎたりする安宿の、いくつも並んだ2段ベッドで、どこの誰とも判らぬ人たちと

共に夜を過ごすのは、やはり心のどこかが緊張するのだろう。

それが何十日も続いたので、自覚せぬうちに疲れが蓄積していたようだ。
 
しかしまあ、その熟睡のお陰で、翌朝にはその疲れもすっかりと抜け、気分は爽快だった。
 
 

階下に降りると、レセプションのあんちゃんが「昨夜は出たかい?」と聞くので、

「さあ?良く眠ってたから判らない」と答えると、「今晩あたりは眠れないかもしれないよ。

今日の最上階はあんただけだ」と笑いながら奥に消えていった。

 

そして、彼の言うとおり、その夜の事だった。

 
その夜、私は、部屋に安いワインを何本か買いこんで来て、チーズをつまみに一杯やっていた。

一応は、幽霊が現れるのを待っているつもりではあった。

そんなものがこの世に存在するのかは兎も角として、皆んなが出るというなら、

あるいは出るのかもしれないなあと、そんな気分でワインを煽っていた。
 
 
時計の針は確か0時を回っていたと思う。

窓からの喧騒も静まっている。

さほど寒くもないので、窓を開けた私は、人通りの途絶えた石畳の裏通りを見下ろしながら、

ワインを飲んでいた。


通りの先には旧そうで偉そうな石造りの立派な教会があり、ライトアップされているのが見える。
 
日本にこんな教会があれば、そこそこの観光スポットになると思われるが、

寄ると触ると教会のあるヨーロッパの街の事、終ぞ私がその教会の名を知る事はなかった。
 
つまりは、ありきたりの、珍しくもない教会をぼんやり眺めていると 、

何処からか、女の甲高い喋り声が聞こえてきた。


酔いが回っていたのですぐには気付かなかったが、確かに聞こえる。
 
たぶん、何人かの女が、早口で歓談している様だ。

言葉はフランス語らしく、何を言っているのかはさっぱり判らない。
 
世界中何処へ行っても、女が数人集まるとかしましいものだと思いながら飲んでいたが、

ふと、この最上階のフロアには自分しか泊まっていない事を思い出した。


通りを酔っ払って歩いてるのか?

しかし、喋り声は明らかに、いや、たぶん、同じフロアから聞こえてくる。

眼下の通りには、見通しても人影はない。

私は、窓を閉めて、耳をそばだてる。

やはり、嬌声は内側からだ。
 
私の知らないうちに客が入ったのだろうか。
 
 
―いや、それとも、幽霊の出現か。


そう考えて、私は苦笑した。

つまり、幽霊にしては、情緒がないと。
 
あるいは、ご当地の幽霊にはそもそも情緒など無いのだろうか。

そもそも、幽霊にまで情緒性を求めるのは、世界で唯一、日本人だけなのかも知れない。


しかしまあ、どうにもこうにも、到底あの世からの声とは思いにくいほど、

その嬌声は下卑て、あばずれていた。


耳慣れてくると、その声の主は、3人の女だと言う事が判った。
 
やっぱり。―「姦しい」わけだ。と、一人また苦笑いする。
 
 
女たちは、相変わらず甲高い声で喋り続けており、時折たてる狂気の様な笑い声が耳につく。
 
今時、そんなに笑うほどおもしろい事があるのか。

それとも、ないから無理に大げさに笑うのか。


普通なら、安眠妨害だとイラつくところだが、幸か不幸か、うるさい中で眠るのは慣れている私。

ユースで地元のガキ軍団がギャースカピースカ騒ぐ中でも熟睡したし、ドミトリーのアメリカ人

カップルがおっぱじめて、オウだのカムだの大騒ぎする中でも熟睡できた。

こんなもんは屁でもない。


しかしこれでは、幽霊出現の妨げになるのではないか。
 
ところが、文句を言おうにも、私はフランス語が喋れない。

例え喋れたとしても、「おばけが出づらくなるんで、ちょっと静かにしてもらえませんか」

なんて事を、フランス女性に言う度胸もない。

 
仕方なく彼女たちの嬌声を聞くともなしに聞いていると、私はある事に気がついた。
 
さっきまで、やや遠くから、くぐもった感じで聞こえていた声

(だから、私は同じフロアの他の部屋から聞こえてくるのだと思っていた)が、

よりはっきりと聞こえてきたのだ。まるで、廊下に出て喋っている様だ。

そのまま階下に降りていってくれれば良いのにと思っていたが、

3人の女の声は、廊下を行ったり来たりしている気がする。

いや、明らかに廊下を端から端まで行きかっている。

時には私の部屋のすぐ前で聞こえ、それがやや遠ざかって行き、また近づくのを繰り返している。


一体全体、何をしているんだ?

興味をそそられた私は、そそそとベットの脇を抜けると、

おもむろに部屋のドアを開けて、廊下に顔を出した。
 
 
すると、驚いた事に、廊下に人の姿はなく、しんと静まり返っている。
 
あれだけぺちゃくちゃと喋っていた声もピタリとやんでしまった。


廊下にはスチームもあまり効いていないようだ。

足元から部屋に流れ込んでくる冷気もそのままに、しばらく漫然と廊下を眺めていた私だったが、

そこで改めて、今までの声はやはりもしかして幽霊だったのかと思い直し、少々背筋が寒くなった。

それは、廊下の冷えた空気のせいだったかもしれないが。
 
 
ドアを閉めると、再びあの喋り声が聞こえる事はなかった。

夜通し起きていると、またあの幽霊が出るかも知れない。
 
私は、2本目のワインを手にした。

ちなみに、こんな安ホテルには、引き出しを開けたらコルク抜きが入っている、なんて事はない。

だからこそ、随分前にスイスで買ったビクトリノックスを常にポケットに入れているのだ。

それをワインのコルクに刺す。

 
どうせ明日も特に何処へ行くと言う予定もない。昼間は寝ていればいい。
 
そう思い、2本目のコルクを抜いた。
 
 
―しかしながら、あれ以降、何が起こると言う事も無く、ただただ時間だけが過ぎていく。
 
面倒になってきた私は、さっきの声は階下から聞こえてきていたのだと、

ひどく常識的な結論を出した。

 
恐らく、南仏あたりの田舎町から来たおのぼり姉さんたちが、

初めて来たパリではしゃいでいたんだろうと。
 
そして、このボトルを空けたらベッドに入ろうと心に決めた。

時計は既に、日本的に言うと、草木も眠る丑三つ時に差し掛かっている。
 
 
その時、異変が起こった。
 

不意に、やたらときつい香水の香りが私の鼻を突いたのだ。

安手の香水らしく、思わずむせ返りそうになる。
 
何事かと思ったその時、窓際の小さなテーブルに置いていたワインのボトルが、私の目の前で、

音もなくすーっと空中に浮かび上がったのだ。


ーこう言う時、ワーとかキャーとか悲鳴を上げると言うのは嘘だ。と言う事をその時知った。

私は、あまりの光景に言葉もなく、ただ浮き上がっていくボトルを目で追うだけだった。

 
ボトルはそのまま天井近くまで上昇し、さてどうしようと逡巡するかのようにそこで数秒漂ってから、

今度はすーっと降りてきて、やがて元通りの位置にコトリと置かれた。

 
恐怖感と言うのはあまりなかった。

目の前で発生した不思議な出来事に、やはり私はただただ唖然とするばかりだったのだ。
 
まさか誰かのイタズラかとボトルを改めてみるが、糸で釣られた形跡もない。
 
そんな細工をする隙も時間も無かったのは勿論だが。
 
そして、あの安物の香水は、残り香となって部屋に漂っていた。
 
 
そのまま起きているつもりだったが、気付くと私はベッドに倒れこむようにして眠っていた。



目が醒めたのは朝も割と早い時間だった。

窓の外からは、ようやく賑やかになりつつある街の喧騒が漏れ聞こえている。
 
パンを焼く芳ばしい香りがどこからか漂ってくる。

つられて空腹を覚えた私は、簡単に身なりを整え部屋を出た。
 
ここは朝食を出すような宿ではないので、どこか適当なカフェでも探すつもりだった。
 
 
1階に降りた私は、今度は聞かれる前に、あんちゃんに言った。
 
「昨夜、出たよ」
 
「へえ。女だったろ?」 
 
「うん。喋り声や笑い声しか聞こえなかったけど、確かに女だった。何人かいたみたいだ。

たぶん、3人かな。ーそれに、ワインのボトルが宙に浮いた」 
 
「そうか。それは確かにうちにいる幽霊たちだな。まあ、そう悪い事はしないから、心配はないよ」 
 
「ところで、何で、ここに幽霊が出る様になったんだい?殺人事件でもあったのか?」 
 
「ノンノン…。彼女達は最初からここにいたのさ。ずいぶん昔からね。後から我々が入居したんだ…」
 
 
へえ…と思い、詳しく訳を訊くと、話好きなあんちゃんは嬉しそうに教えてくれた。
 
彼の説明をまとめると、おおよそ次の様な話だった…。
 
 
イメージ 3 

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国際的なお話になりましたね。
楽しみです(= ̄▽ ̄=)♪

2010/8/21(土) 午後 7:42 [ ちうね ]

淡々と話されちゃうと怖くないかも。

いや、やっぱり怖いです(笑)

2010/8/21(土) 午後 7:54 [ - ]

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暗い歴史の多いヨーロッパなんて、探せばいくらでも幽霊ネタありそうですよね〜。

ドイツ人ならなんとも思わないんだろうなw

2010/8/21(土) 午後 9:15 [ リットリオ ]

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TAMさん、これからは怪談もボーダレスです!!

2010/8/21(土) 午後 11:33 TO7002

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もとまろさん、N○Kのアナウンサーさんに淡々と「怖い話」を語って貰ったら、果たして怖いのでしょうか?いっぺんやってみてくれないかなぁ。

2010/8/21(土) 午後 11:35 TO7002

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リットリオさん、そのくせドイツ人は、吸血鬼とかはマジに怖がっているみたいです。

2010/8/21(土) 午後 11:37 TO7002

やっぱり外国の方ってあまり幽霊を怖がらないのでしょうか?
幽霊より妖怪の類の方が怖いのでしょうか?

2010/8/25(水) 午後 2:39 [ ま〜くん♪ ]

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まーくんさん、国によっても違いますが、イギリスやアメリカなんて幽霊が出るのを売りにしているホテルなんかが結構ありますね。アングロサクソンって、そう言う民族なんでしょうか?タイ人なんて、無茶苦茶怖がってたけど。

その内、「幽霊の怖がり方に見る民族性」を調べてみます。

2010/8/26(木) 午後 5:39 TO7002


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