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さて、できれば今回で終わらせたいネタですが、どうなることやら…。
 


 
「ファティマ第一・第二の秘密」はそれぞれ第一次世界大戦の終結と第二次世界大戦の勃発を、そして長年封印
 
されていた「第三の秘密」は教皇ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件を的中させていたと言われておりますし、実
 
際その通りではあるのですが、調べて行くうちに意外な事実に突き当たりました。
 

「第一・第二の秘密」が公表されたのはいつ?

 
何となく、1917年の「ファティマの奇跡」の時には、公表されてたんじゃないの?と言う雰囲気があるのが「ファテ
 
ィマ第一・第二の秘密」です。
 
しかし、ところがどっこい。「ファティマ第一・第二の秘密」は、「奇跡」から25年も経った1942年にバチカンに
 
よって公表されていたのです。
 
1942年と言えば、とっくに第二次世界大戦は始まっており、このタイミングで「これこれこうで、この事は預言され
 
ていました」と言われても、後出しジャンケンみたいで釈然としません。ジュセリーノじゃなんだから。
 
 
また、「第三の秘密」も教皇暗殺未遂事件から19年後に公表された訳で、やっぱりこれも、「預言」は兎も角
 
「予言」としては賞味期限切れですね。「予言」と言うのは、文字通り物事が起こる前に予め言うから意味がある
 
のですから。
 
 
「ファティマの奇跡」の数年後、フランシスコとヤシンタはスペイン風邪で相次いで亡くなります。残されたルチア
 
は14歳で修道女学院に入り、その後は修道女となり、世間からはほぼ完全に隔離された人生を送る事になりま
 
した。シスター・ルチアは「聖母マリア」との約束を守り、「ファティマの秘密」を決して他人に伝えなかったそうで
 
す。しかし、司教の奨めとイエスの許しを得て(シスター・ルチアは修道院に入ってからも度々イエスやマリアと
 
邂逅すると言う神秘体験を重ねていたそうです)1941年8月31日に「第一・第二の秘密」の内容を示した「第三の
 
回想録」を書き綴り、レイリア−ファティマ地区の司教宛に送ったと言われております。つまり、「第一・第二の秘
 
密」が明文化されたのも、第二次世界大戦が始まってからだったのです。
 
25年もの間、聖母マリアの言葉を一言一句全て憶えていたとは、さすがにシスター・ルチアは只者ではない!!!
 

何故そのタイミングで公表されたのか? 

しかし、どうしてバチカンは1942年に「第一・第二の秘密」を公表したのでしょうか?
 
それは、「秘密」の内容を読むと合点がいきます。ちょっと長いですが、引用してみます。
 
 
1917年7月13日、「聖母マリア」は3回目の出現の折に、ルチアにしばし地獄のイメージを垣間見せ、こう仰ったそ
 
うです。
 
「…戦争がもうすぐ終わろうとしています。しかし,もし人々が神に背くのをやめないなら,ピオ11
 
TO注:在位期間192226-1939210日】が教皇である間に,もう一つの,もっとひどい戦争が
 
始まるでしょう。ある夜,まだ見たことのない光がやみを照らすのを見たら,それは,戦争や飢餓,教会と教
 
皇に対する迫害による世の罪のために今まさに神が,世を滅ぼそうとしておられる大いなる徴(しるし)で
 
あると悟りなさい…」
 
とまあ、ここまでが第一次世界大戦終結と第二次世界大戦の勃発を予言しているくだりです。そしてさらにマリア
 
様は、こう仰ったそうな。
 
「それを防ぐために,わたしの汚れない心にロシアを奉献することと,償いのために毎月初めの土曜日に聖
 
体拝領をするよう,わたしはお願いにまいります。もし,わたしのこの要請を受け入れるなら,ロシアは回心
 
,平和が訪れるでしょう。さもなければ,ロシア,戦争と教会への迫害を推し進めながら,自分の誤りを
 
世界中にまき散らすでしょう。
 
善良な人々は殉教し、教皇は非常に苦しみ,多くの国々は滅ぼされるでしょう。けれど,最後には、わた
 
しの汚れない心が勝利するでしょう。教皇は,ロシアをわたしに奉献,ロシアは回心し,世界に平和の時
 
が与えられるでしょう」
 
実は、カトリック信徒にとっては、「ロシアがカトリックを迫害する、ロシアを回心(神の道に心を向けること)させな
 
くてはならない」と訴えている後半部分の方が重要なのです。(「第一の秘密」を戦争の終結と勃発、「第二の秘
 
密」を共産主義によるカトリックの迫害、と捉える向きもあります。)当時のロシアと言えば、共産主義のソ連。
 
神論の共産主義とカトリックの関係は常に戦闘的だったのは歴史の常識です。
 
1942年と言えば、破竹の勢いでロシアに侵攻していたドイツの押せ押せムードにも翳りが見えてきた頃。
 
親ナチだったバチカンが、「おいおい、まずいんちゃうんけ?」と焦りだした頃でしょう。(ちゃうんけ?と言ったかど
 
うかは知りませんが。)
 
そのタイミングで「マリア様がロシアを回心させろと仰った」と言うメッセージを世界に発信するとは…。
 
多分に政治的な匂いを感じざるを得ません。

「第三の秘密」公表の背景

そして、第二次世界大戦が終結。バチカンの天敵である共産主義は生き残り、東欧諸国をはじめ世界のあちこ
 
ちで共産主義国家が成立していきました。共産主義が世界を制覇し始めたのです!!
 
やばい、やばいぞバチカン!!
 
−と、そんな中でついに東西両陣営が直接戦火を交える事になってしまいます。
 
1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発。
 
その翌年に、例の「太陽の奇跡」の写真が公表されました。またまたタイミング良過ぎ〜!!と思うのは私だけで
 
はありますまい。
 
 
さて、そんな中、「ファティマ第三の秘密」が一体いつ書き記され、バチカンに送られたかは今ひとつはっきりしま
 
せん。資料によって書いてある事が違うのです。しかし、ヨハネ・パウロ2世がシスタールチアに宛てた手紙の中
 
に「1957年以来教理庁に保管されている云々」との一節があるので、一応その年に「第三の秘密」がバチカンに
 
渡ったとみなしておきます。
 
ルチアは「第三の秘密」を記した時に聖母マリアから1960年まで開封してはならないと告げられたとしましたが、
 
時の教皇パウロ6世がそれを開封したのは1960年代半ばだったとされております。パウロ6世はその内容に驚
 
愕・失神し、再度封印したとの逸話が残っています。(どうでもいですが、何で1962年のキューバ危機の時に、開
 
けて読まなかったのが不思議です。「世界滅亡」一歩手前までいった事態だったのに…。)
 
 
その後、デタントがあったりソ連のアフガン侵攻があったりオリンピックをボイコットしたりしなかったりと、冷戦時
 
代には色々な事が起こりました。バチカンは常に反共であり、中でも1978年10月に第264代ローマ教皇となっ
 
たヨハネ・パウロ2世は、ポーランド出身と言うこともあって宗教の枠組みを超えた積極的な反共外交を行い、東
 
欧民主化勢力の精神的支柱となり、シンボルとなりました。
 
 
対する共産側も黙っちゃいない。バチカンに息のかかった者を送り込む工作をする位では気が済まず、遂に実
 
力行使に出ます。「教皇暗殺を強行するでぇ!!」と言ったかどうかは知りませんが。
 
1981年5月13日教皇ヨハネ・パウロ2世が、サンピエトロ広場で狙撃され、辛くも一命を取り留める事件が発生。
 
背後にはKGB他東側の諜報機関の存在がありました。この日は「ファティマの奇跡」の記念日であり、教皇はフ
 
ランシスコとヤシンタの追悼ミサを執り行っていたのです。
 
 
そして色々何やらあった末、1985年からゴルビーがペレストロイカをおっぱじめ、ソ連軍はボロボロになってアフ
 
ガンから撤退し、もうソ連は世界に強い影響力を発揮できる力がないことがバレバレになり、何だかんだで、1991
 
年12月26日、ソ連は解体されました。相前後して、ソ連の衛星国と呼ばれた東欧諸国は相次いで民主化。
 
 
バチカンは、無神論者との戦いに一つの勝利を収めたのです。
 
 
そんな混乱も一段落し、、ソ連に代わって台頭してきた共産主義の大国がありました。
 
中国です。
 
共産主義がサタンの次に嫌いと言うバチカンが、中国を黙って見ている訳がない。表と裏から中国に浸透し
 
ていったのが2000年前後。中国4000年の歴史と言いますが、バチカンだって2000年の歴史。いい勝負です。
 
 
その2000年5月13日、バチカンは聖母と邂逅し夭逝したフランシスコとヤシンタを列福(聖人に次ぐ地位に引き上
 
げる事)し、その後のミサで、ルチアが書き記したとする「ファティマ第三の秘密」を公表しました。
 
その内容はこうでした。
 
「すでに述べたあの二つの啓示のあと,私たちは,マリアの左側の少し高いところに,火の剣を左に持った
 
一人の天使を見ました。この剣は,まるで世界を火で焼き尽くさんばかり,火花を散らして光り輝いてい
 
ました。しかし,その炎は、マリアが天使に向かって差し伸べておられた右手から発する輝かしい光に触
 
れると消えるのでした。天使は,右手で地を指しながら大声で叫びました。「悔い改め,悔い改め,悔い改
 
め」。それから私たちには,はかりしれない光〜それは神です〜の中に,「何か鏡の前を人が通り過ぎると
 
きにその鏡に映って見えるような感じで」白い衣をまとった一人の司教が見えました。「それは教皇だと
 
いう感じでした」そのほかにも幾人もの司教と祭司,修道士と修道女が,しい山を登っていました。その
 
頂上には,樹皮のついたコルクの木のような粗末な丸太の大十字架が立っていました。教皇は,そこに到
 
着なさる前に,半ば廃墟と化した大きな町を,苦痛と悲しみにあえぎながら震える足でお通りになり,通りす
 
がりに出会う死者の魂のために祈っておられました。それから教皇は山の頂上に到着し,大十字架のも
 
にひざまずいてひれ伏されたとき,団の兵士たちによって殺されました。彼らは教皇に向かって何発
 
もの銃弾を発射し,矢を放ちました。同様に,他の司教,司祭,修道士,修道女,さらにさまざまな地位や立場
 
にある多くの信徒たちが,次々に殺されていきました。十字架の両腕の下には二人の天使がい,おの
 
おの手にした水晶の聖水入れに殉教者たちの血を集め,神に向かって歩んでくる霊魂にそれ注ぐのでし
 
た。」
 
シスター・ルチアは「白い法衣をまとった司教」は教皇を意味すると確信していると述べ、1981年のヨハネ・パウロ
 
2世が狙撃された事件の予言だと説明しました。しかし、この「預言」と言うかルチアの見たビジョンは明らかにそ
 
れだけではなく、無神論者(=共産主義者)によって蹂躙壊滅させられるバチカンであり、バチカンが代表するキ
 
リスト教世界の崩壊そのものです。バチカンのみならず、全てのカトリック信徒にとってはまさに悪夢の事態。
 
 
「ファティマ第三の秘密」の公表は、そんな恐ろしい予言を乗り越えて、我々は共産主義に打ち勝ったのだ!!と言
 
う、ひとまずの勝利宣言だったのです。
 
 
「第三の秘密」を公表したラッチンガー枢機卿はこうコメントしました。「普遍の運命などない。信仰と祈りは歴史
 
に影響を与えうる。最後には、祈りは弾丸より強く、信仰は軍隊より強いということだ
 
−これは、見方によれば1989年の天安門事件を皮肉っている様にも聞こえ、そうだとすれば、バチカンの中
 
国に対する宣戦布告であったのかもしれません。(−と言うのは穿ち過ぎでしょうか?)
 

 
と、言う所で、文字数制限になってしまいました。
 
まだ続くのか…ハァ…。
 
イメージ 1(←)中日やばし!!―別に応援している訳ではないが…。
 
 
 

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バチカン、応援するぞ〜。
私も中共は大嫌いだ。

2010/11/5(金) 午前 5:28 [ リットリオ ]

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リットリオさん、私は中華料理は大好きなのですが。

2010/11/5(金) 午前 9:31 TO7002

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恵みあふれる聖マリア、主は、あなたと共にあり、
主はあなたを選び、祝福し、あなたの子イエスも祝福されました。
神の母聖マリア、罪深いわたしたちのために今も、死を迎えるときも
祈って下さい。アーメン
6〜7で13
2012年、4月5日、13時30分イエスが帰って来ます。

春祭り(過越祭)の2日前です。さて、過越祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、策略をもってイエスを捕らえたうえ、なんとかして殺そうと計っていた。彼らは、「祭の間はいけない。民衆が騒ぎを起こすかも知れない」と言っていた。イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、また杯を取り、感謝して彼らに与えられると言われた。これは、多くの人のために流すわたしの契約の血である。ttp://www.japan-israel-friendship.or.jp/modules/special/index.php?content_id=6

2012/4/4(水) 午後 0:21 [ Santa Maria ]

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聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、わたしの証人となるであろう。こう言い終ると、イエスは天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。イエスの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて言った。天に上げられたこのイエスは、あなたがたが見たのと同じ有様で、また帰っておいでになるであろう。ヨベルの日。ハレルヤ

2012/4/4(水) 午後 0:22 [ Santa Maria ]

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Santa Mariaさん、明日、13:30にイエスが帰って来られると…。立川にでしょうか?

2012/4/4(水) 午後 5:05 TO7002

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救われるのはエホバの証人と言う事も考えられます。ファティマの第三の預言は、ハルマゲドンが起こって、救われるのは聖書研究者のエホバの証人と言う事も。考えられます。共産主義に勝利するのはエホ証だから、と言う事です。自分も信じて居ます。エホバの証人を。教会内の雑草は焼かれて仕舞う、と言う事です。キリストの言葉の通りに。救われるのはエホバの証人です!!その位い、それ位い!

2013/7/30(火) 午後 6:05 [ えいいち ]

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えいいちさん、イデオロギーと宗教論争はさて置き、「エホ証」と略していいんだ!!と言うのが新しい発見でした。有難うございます。

2013/7/30(火) 午後 9:38 TO7002

みんなに優しい筈のマリアしゃまが、ロシアに対してだけヒステリーでこあいよ…(T△T)(笑)
そもそも、年端のいかないキッズに「誰にも言っちゃダメよ」っての自体がキビシイ…(T△T)(笑)

2014/2/7(金) 午後 2:52 [ ]

いやぁ〜、ファテイマの預言まで解説していただけるとは、ありがたや、ありがたや。なるほど、なるほど。

つい最近、ワタクチが勝手に思いついた第三の預言のネタが、

『あなた達、キ〇〇〇教は自然消滅するわよ。真面目に勉強しなさいよ!』

と、マ〇〇様が自分で言っちゃうと言うオチだったんですが、当たらずとも遠からずでした。ババンバ、バンバンバンと歌いながら天に消えてく聖母様、見てみたかったな〜。

お邪魔しました。

2014/8/15(金) 午前 2:48 [ あやしい ]

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あやしいさん、こちらこそこんな旧い記事にコメント頂いて、ありがたや、ありがたやです!!

その調子で行くと、マ○ア様が出てくる時はかんな感じ?

マ○ア様「ういーっす!!」 子供達「ういーっす」
マ○ア様「声が小さい!!ういーっす!!」 子供達「ういーっす!!」

途中でキ○ストが出てきて、子供たちが「マ○ア様、後ろ後ろ!!」

マ○ア様が消える前には、『あなた達、歯みがいた?風呂入った?また来週!!」

―って感じだったんでしょうか!?

2014/8/20(水) 午後 2:40 TO7002

「ぅオイッす〜!」と元気付けてくれる方は、下唇がデカい三蔵法師さんなのでまつがいです(笑)。

マ〇ア様がお出ましになられる時には、決まったBGMが流れてきて、何故か辺りがピンク色の光に包まれます。ペレス・プラード先生もビックリ!

でも、見たらバカになるって散々叩かれたドリフの方が、叩いたヤツらよりずっと常識的だったのには、マリ〇様もビックリでしょうねぇ?

ババンバ、バンバンバン。手洗えよ。

ババンバ、バンバンバン。心も洗えよ。

また来週〜。

お邪魔しました。

2014/8/21(木) 午前 0:10 [ あやしい ]

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あやしいさん、オープニングはこれでした!!

♪エンヤーコーラヤッ どっこいジャンジャン コーラヤッ

♪パッパカパッパーパラッパパッパーパッパカパカパカパッラッ

よろしくぅ〜!!

2014/8/27(水) 午後 11:26 TO7002


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