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波乗り娘さんから頂いたコメントに触発されて、行ってきました。
今回の訪問地は鎌倉市二階堂にある「杉本寺」です。
杉本寺は、鎌倉最古の寺と云われ、734(天平6)年に行基が創建したと伝えられております。鎌倉開幕より450
年以上前に建てられた古刹です。関東を歩いていた行基が鎌倉に至り、大蔵の山中で「ここに観音様を置こう」
と発起し、自らが彫り上げた十一面観音を安置した事にはじまります。
金沢街道に面する参道には「十一面杉本観音」の白いのぼりがたっています。
車通りの多い金沢街道から一歩山内に入ると、染み入る様に静かな空間が広がります。
空は青く、濃い緑のそこかしこには色づいた木々が。
なんて気持ちの良い場所なのでしょう。(あれ?)
石段を登ると茅葺の仁王門が建っております。いかにも「鎌倉最古」チックな雰囲気が漂っておりますが、この山
門は江戸時代の享保年間の築だそうで、鎌倉にしてみれば比較的新しいものと言えるでしょう。
仁王門には当然仁王様の像が。お馴染み「阿吽」のポーズをキメています。運慶作とも云われているようです
が、実はこちらも山門と一緒に造られた可能性が高いのでは?などと思いつつ境内へ。
門をくぐると右手に大蔵弁財天を祀る祠があり、小さいながらも弁天池もありました。
夜きたら、何か出そう。
正面に伸びる本道への石段は現在は立ち入り禁止。角が磨り減り、苔むしており、このお寺の長い歴史を感じ
させます。この階段が、杉本寺の大きな見どころの一つでしょう。
脇の石段を登っていくと、やはり茅葺の本堂が現れます。
鎌倉の歴史を1300年のあいだ見続けてきた風格を感じさせる佇まい。(このお堂も創建当時に建てられたもので
はありませんが、まあいいって事で。)
堂内にはご本尊である十一面観音や毘沙門天、不動明王、地蔵菩薩におびんずる様などなど、多くの仏像が
安置されておりました。靴を脱いでお堂の中にあがることが出来、仏像を間近で拝む事ができるのもおススメポ
イントです。
こちらの十一面観音には数々の霊験が伝わっており、その代表例がこんなお話。
文治5(1189)年のこと、隣家の失火のため、全山が炎に包まれた。時の住職浄台法師は、本尊を救い出すため、本堂に入ろうとしたところ、呼び止める声が背後から聞こえた。振り返ってみると、大杉の根元に三体の観音が光明を放って立っていた。歓喜した法師は、後に堂宇を再建。それ以降、杉本の観音と呼ばれるようになったという。
さて、波乗り娘さんが杉本寺の境内で異質な空気をお感じになるのも無理はないと言うか、それなりの曰くがこ
の場所にはあるのです。
このお寺の背後の山中には、その昔「杉本城」と呼ばれた山城があったそうです。
杉本城は1333年に鎌倉幕府が滅亡した後の、南北朝初期(1337年)に、足利一族の斯波家長が築いたもの考
えられております。鎌倉府執事を務めた家長は、奥州から鎌倉に攻め入った南朝側の北畠顕家の大軍に圧さ
れ、杉本城に篭るも敵わず、この地で自害して果てました。
あわせて、家長の家臣達も自刃。その数300人とも云われております。
本堂の脇には、無数の五輪塔が並んでおり、これは杉本城で滅んだ斯波一族の供養塔だと考えられています。
これらの五輪塔は、それぞれ周囲のやぐら(当時のお墓)に祀られていたのがやがて埋没・流出し、それが集め
られてこの地に祀られたものだそうです。
波乗り娘さんは、もしかしたら斯波一族の無念を、600年の時を越えてお感じになったのかもしれません…。
杉本城があった裏山には、現在は立ち入ることが出来ませんが、耳を澄ますと往時のもののふ達の鬨の声が
聞こえる様な気がしました。
さて、杉本寺の木々の間からは素晴らしい眺望が。
この上なく天気が良かったので、遠く富士山も望むことが出来ました。
清清しい秋の空気を満喫し、取材班は杉本寺を後にするのでした…。
しかし、「十一面杉本観音」の白のぼりがやや多すぎる様な…。
せめて本堂のまわりにこれが無ければ、もっともっと静謐感が漂う様な気がするのですが…。
(←)杉本寺にお化けが出ると言う噂も無い様なので、「番外編」と致しました。
杉本寺は、鎌倉観光には外せない場所だと思います。
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こんばんは、
1枚目の写真のおじい様は、普通のおじい様でしょうか?
(ですよね?) 何か不自然なんで....。
2010/11/10(水) 午後 6:46 [ yub*n*yo ]
yubuneyoさん、お寺の方です。受付で拝観料を徴収しつつ、お掃除をされていました。
2010/11/10(水) 午後 6:57
早速レポートしてきてくれたんですね!ありがとうございます(^O^)v
杉本城…そんな事があったなんて知りませんでした(-o-;)
私が最もパワーを感じたのは、弁天池の奥の洞窟ですね。カメラを向けた瞬間、左耳にボワ〜ンという音が響いたので止めました。立ち入らないでくれ、と言われてるようで、恐れ多い気分になりましたm(_ _)m
反対に、例の有名な苔の階段は気迫こそ感じなかったけど、霊の溜まり場みたいな感じがしました。行ったのが、8月10日だったからかも知れないけど、写真には、たくさん顔が写ってました(髪型とか鼻の下のくぼみまでくっきり写ってる顔も!)古いお寺のなのに、階段の無数の顔は、武士らしきものはひとつもなく、現代風の顔ばかりでしたけど(ρ°∩°)
日にちも日にちだったし、割れんばかりの読経が境内中に響いてたので普段より霊気がパワーアップしてたのかも知れません。
10代の時にこっちに住んで最初の頃は、ほんとに恐い街だと思ってたけど、ずっといると免疫がついてくるのか(!?)最近はいちいち感じなくなり、お持ち帰りもしなくなりました(笑)
2010/11/11(木) 午後 7:13 [ 波乗り娘 ]
波乗り娘さん、前にも書いた覚えがありますが、友人に寺の息子がいましたが、お盆の時期になると親父さん(住職)から、「ケツの穴に力入れとけ」と言われていたそうです。実際、お盆には不思議な現象がままあったらしいので、やはりその時期は集まってくるのかも?
また、私も弁天池の洞窟には異様なモノを感じたのも事実です。おしかしたらあの洞窟は、昔はやぐらだったのかもしれません…。
しかし、こう言う負の歴史があるから、鎌倉の魅力には深みがあるのでしょうね。また、ちょくちょく取材に行きますが、どこかでお会いするかも?
2010/11/11(木) 午後 8:15
杉元の観音様の話いいですねぇ
。
。
神が起こした奇跡話よりこういう救いの話の方が個人的には好きです。
とぅーさんの歴史記事は読み応えがあっていつもおもしろいです。
「学校の授業よりお父さんの話の方がおもしれー」とお子さんたちに言われませんか
2010/11/12(金) 午前 11:09 [ クリリン ]
クリリンさん、普段私がこんな話を始めると「また、知ったかぶっちゃって〜」などとおちゃらける癖に、夏休みの自由研究の時には猫なで声で擦り寄ってきます。今年の夏は長女の依頼で「ルネッサンスからバロックまで〜音楽と絵画の変遷」を書きました。もちろん、原稿料は貰ってません。
2010/11/12(金) 午後 10:40