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杉本寺のすぐ近くに「鎌倉宮(かまくらぐう)」というお社があります。
縁結び・開運のご利益で有名です。
明治天皇の勅命により明治2年に創建され、天皇自ら命名された由緒正しき神社です。
ついでと言ってはなんですが、ちょっと寄ってみました。
情緒溢れる閑静な住宅街をしばらく歩くと、もう鎌倉宮です。
境内の木々も色づき始めていて、鎌倉宮が紅葉でも有名な事を思い出させてくれました。
境内の食堂の方に聞いたところ、11月下旬が見ごろとの事でしたので、その頃また鎌倉散策に来ましょうか…。
鎌倉宮は「大塔宮」とも呼ばれ、大塔宮と言えば後醍醐天皇の第三皇子である護良親王(もりながしんのう、
または、もりよししんのう)の事。武芸を好む剛勇の人と伝えられています。
(←)護良親王出陣図
護良親王は、比叡山の僧兵や高野山・熊野・吉野の野伏(山に寝起きする修行僧)、悪党を率いて鎌倉倒幕活動を行い、鎌倉幕府が倒れると自ら望んで征夷大将軍・兵部卿となりました。
建武体制下で、気性の激しい護良親王は足利尊氏らと対立します。後醍醐天皇は、尊氏の頭を抑えるために護良親王を征夷大将軍の位につかせて(鎮守府将軍の尊氏よりも上のポスト)武士の頭領としたので、武家政権の再興を目論む尊氏にとって護良親王は目の上のタンコブ、最大のライバルだったのです。
その後、尊氏らの讒言により謀反の罪を着せられた護良親王を後醍醐天皇も庇いきる事が出来ず、尊氏の勢力下にある鎌倉に配流。東光寺の土牢に幽閉された後、殺害されました。
(←)京都大原三千院に伝わる、護良親王のものとさ
れる薙刀。ますます京都に行きたくなってくるTO。
護良親王は死して怨霊と化し、様々な祟りを成したとされております。太平記では、長い嘴と羽を持つ天狗の姿
で現れる護良親王を見る事ができます。いわば、鎌倉における祟り神の代表格が護良親王なのです。
鎌倉宮は護良親王が土牢に幽閉され、殺害された東光寺跡に造営され、その御霊を祀り鎮めております。
(←)護良親王が9ヶ月もの間幽閉されていた
土牢。
―ちなみに、食堂の「稲葉うどん」は絶品でした。(600円)
鎌倉宮から5分ほど歩いた所に、護良親王の墓所があります。
ここはもともと理智光寺と号するお寺の跡地(明治元年に廃寺)で、それを記す石碑が残っております。
護良親王は建武2(1335)年、中先代の乱で鎌倉が陥落する
どさくさに紛れて、尊氏の弟・直義の命を受けた淵辺義博の手
によって殺されました。御歳28歳。
しかし、勇猛で鳴るお方が只黙って殺される訳もありません。
太平記の記述によると、護良親王は首を切ろうとする淵辺の刀
を口で強く咥え、遂にその刀は折れてしまったと。最後に淵辺
は脇差しで護良親王を仕留め、首を切り落としたものの、
その首と言ったら死してなお刀を噛み締め、目はあたかも生き
ているかの如く自分を睨みつけている。恐れをなした淵辺は、首を藪に捨ててしまったそうです。
何事も大げさな太平記の中ではありますが、かの将門公もかくやの死にっぷり。
祟らない訳がありません。
その捨て置かれた首を理智光寺の僧が回収して埋葬したのがここなのです。
墓所入り口に建つ石碑。現在、この墓所は宮内庁の管理下に置かれております。襟を正して、御参り致します。
しかし、平日とはいえ好天の鎌倉を散策する観光客は多かったのですが、こちらにはひと気がありません…。
それも当然。まずもって鎌倉観光のガイドブックには載っていない筈ですから。
―さて、墓所に入ると、ひたすら長い石段が、深い森の中へと伸びています。
もう既に、この時点で、登って来んじゃねえよ系のメッセージをひしひしと感じる取材班。
しかしこれが単なる観光なら引き返しも出来るのですが、オカルトブログ主催者の辛いところって奴で、
事こうなれば、敢えて行くしかございません。 と、思った途端に、石段の脇に曰くありげな井戸を発見。やめてケロ。
ぜぜぜ絶対に夜は来ないぞ!!と心に誓う取材班。
よっしゃ行くでぇ!!―と気合を入れて石段を登り始めますが…。
その気合も数秒で萎える。何故なら―
明らかに、この森の空気は外とは違う!!
鈍感0感の取材班にもそう思わせる、この圧力!!
荘厳ながらもほの暗い空間がこの身を圧し包む…様な感じです。
静かでいいなあ…なんて呑気に思っていたのは最初だけ。
真っ昼間なのにもかかわらず、独りで入ってきた事を後悔しました。
杉本寺とそう離れていないのに、同じ様な森で何故こうも空気感が違うのか?
ついつい、何度も後ろを振り返ってしまいました。
この重い雰囲気が、画像で伝わるでしょうか…?
心と足がいいかげん疲れてきた頃、やっと石段が途絶えました。
(あと30秒石段が続けば、後も見ずに逃げ帰っていた事でしょう。)
さあ、いよいよ、護良親王の墓前に来てしまったのです。 これから上は陵墓の為、立ち入る事は出来ません。
立ち入り禁止でなくても、立ち入る勇気は取材班には毛ほどもございませんが。
闖入者を無言で見下ろす護良親王(の墓)…。
ああ早くこの場から脱したい!!
そう思いながらも、反面しばらくここに佇んでいたい。
そんな不思議な空間に身を晒してしまった取材班。
それはもう、渾身の力で精一杯、心をこめて、誠心誠意拝みました。
さようなら、有難うございましたと逃げ帰る取材班。
石段を早足で降りる取材班の脳裏には何故か、”お供えしている菊の花って誰が替えてるんだろう?宮内庁の
外郭団体かなんかが、その辺の花屋さんに丸投げしてるのだろうか?これって、「仕分け」られちゃったりするの
かな?そう言えば蓮舫ってREMPOって書くとREMBOみたいでカッコイイのにな”などと、この場合どうでもよく
って世知辛くも馬鹿ばかしい思考が渦巻いたりするのでした。
中先代の乱が尊氏によって鎮圧され、護良親王殺害が露見すると、尊氏と後醍醐天皇の対立が決定的にな
り、建武の新政は挫折。天皇の命を受けた新田義貞が尊氏討伐に乗り出します。箱根竹ノ下で両雄がぶつか
り、ここから時代は南北朝の動乱に入っていきます。
太平記には、南北朝動乱期において護良親王の怨霊は、やはり同じく怨霊と化した後醍醐天皇や新田義貞と共
に、楠正成を裏で操っていたと言うような事が書かれています。余程尊氏らに対する恨みが強かったのでしょう。
自らの非業の死をもって南北朝動乱のきっかけとなった護良親王。天狗道に堕ちた者は、日に三度熱い鉄を呑
む苦役を強いられる代わりに、世に戦乱をもたらす神通力を発揮すると言われております。動乱の中で足利一
族が分裂し身内同士で殺し合いを繰り広げたのも護良親王らの祟りと見做され、怨霊譚が後世に語り継がれ
たのです…。
最後に、ケを落とす為に、ハレの画像を…。 (洒落てる場合かっつーの)
こちらも、お化けが出ると言う話を聞かないので「番外編」としましたが、はっきり言って、お化けの一つや二つな
どモノの数ではないと思わせる、圧倒的な雰囲気(霊気?)を感じさせられる場所でした。
私にとって、以前訪問した高時腹切りやぐら【記事はこちら】と双璧を成す「鎌倉最怖スポット」になりました。
この場合の「怖」は、畏怖の「怖」である事は言うまでもありません。
(←)鎌倉って、いいなあと、今更ながらに思いました。
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鬱蒼とした森の中に漂うただならぬ霊気に畏怖し思わず呟く・・・
「うっそ〜ぉ」
・・・南無〜〜〜( ̄人 ̄)。。。
2010/11/11(木) 午前 11:50
お疲れ様です。
霊山とかはやはり独特の威圧感を持っているって言いますもんね。
御巣鷹山も軽い気持ちでは登りづらいと聞きましたが。
山腹に“アレ”の事故跡もありますし。
2010/11/11(木) 午後 3:20 [ リットリオ ]
石段を登っていくと、真っ白な服を着た男達が現れた…!!
それは、医者の集団だった…。いしだん…。
苦しいですかね、かっちゃんさん?
2010/11/11(木) 午後 7:55
リットリオさん、やはり重い歴史を背負ってる場所は精神的に疲れますね…。御巣鷹山は、ちょっと行けないなあ…。
2010/11/11(木) 午後 7:58
鎌倉宮は2回ほど行ったことがあります☆でも個人的には何故か惹かれなくて、友達を目的の観光寺に案内する通り道にあるので寄ったという感じです。
市内の神社仏閣はだいたい愛着を感じるのに、何故かここは、浮いてる(鎌倉っぽくない←あくまで個人的な感覚ですが)よそよそしい、合わないな〜って思ってました。そんな歴史的背景があったんですね?勉強しないと〜p(´⌒`q)
土牢は実際に見て恐い感じはしなかったけど、墓所の森は写真で見ても、異質な雰囲気があって入りづらいかな〜( _
2010/11/11(木) 午後 11:45 [ 波乗り娘 ]
↑途中で切れたので続きです。
TOさんのおっしゃるような、【恐い】というより【怖い】スポットが鎌倉には多いように感じます。ゾクッときながらも、敬意を払わなきゃって思わせる何かがあるんですよね。
2010/11/11(木) 午後 11:51 [ 波乗り娘 ]
波乗り娘さん、仰るとおり、鎌倉宮はご当地にとっては云わば「新参者」ですからね〜。鎌倉っぽくないとお感じになるのはやむを得ないでしょう。この辺が、東京の寺社仏閣とは違うところなのかもしれません。私としては、鎌倉よりさらに古い歴史を持つ奈良京都に、強い憧れを持ってしまいますが。修学旅行の時に、もっと真剣に見ておけばよかった…。
―と言う訳で、鎌倉の【怖い】スポットを、今後も巡ってみるつもりです。鎌倉は、狭い割にはそう言う所が山ほどありますから。
2010/11/12(金) 午前 0:10
鎌倉宮だ!私は3が日にお参りして、お祓いを受けていますよ。
コメントを拝見しての、鎌倉っぽくない雰囲気。
もしや、近年の神主様の所為も有るかもしれません。
今は昔の方に戻ったのですが、一時商売っけたっぷりの神主様だったことがあり、その所為で、いろいろとお守りとか増えてしまったのですよ。
2010/11/23(火) 午後 0:42
ゆうきさん、そう言う経緯があったとは。こう言う場所は、シンプルな方がありがたみがある様な気がしますね〜。
2010/11/23(火) 午後 7:24
今日、木漏れ日が綺麗だったから携帯で写真撮ったらなんか、色々写ったんですが・・・
2010/12/11(土) 午後 11:15 [ an_*che*pe*miss*ve*2u ]
an_*che*pe*miss*ve*2u さん、写りましたか!!
霊も気持ちよくてその辺を漂っていたのかもしれません。
2010/12/11(土) 午後 11:34