旅の怪

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王家の谷奇聞2

 
穴に入って暫くは外の明かりでぼんやりと周囲が見えたが、壁面には何のレリーフもない。そのまま進むとやがて外の光も届かなくなり、足元が覚束なくなる。ドイツ人は、こいつそんなもん持ってたんだと驚かされたのだが、いつの間にか懐中電灯を手にしていた。実は私も必ず小型の懐中電灯をザックの中に入れており、それを取り出して点灯した。穴の入り口からずっとまっすぐ道が続いている。と言うことは、これは盗掘跡などではなく、正規の羨道なのか。しかし、他の墓と違って、落とし穴とか、偽の玄室などはなく、ただ延々とトンネルが続いているだけだ。もう、数10mは進んだ筈だが、まだ奥には闇が続いている。トンネルは傾斜することも無く、まっすぐ水平に闇の中に通じていた。
 
何で、こんな特異な遺跡が放置されているのか?私は不思議でならなかった。奥に進むに連れ、空気中の埃は消え、ややひんやりとしてきた。ドイツ人が照らす先を見ると、薄く砂埃が堆積している。ドイツ人が歩を進めるたびに、その足元にふわとかるく砂が舞い、彼の足跡が残る。そこで、ふと私は思った。何故今まで気づかなかったのか。ドイツ人の持つ懐中電灯の照らす先には、人の足跡などは無いのだ。つまりは、随分長い事、ここに人は立ち入っていないのだ。 私の胸中には、徐々にどす黒い不安感が広がり始めていた。この先に何があるのか。本当に入ってよい場所だったのか。このまま進んでいいのか。
 
 
 
帰れなくなってしまうのではないか…。
 
 
 
そんな事にはお構いもなしに、ドイツ人はむしろ歩調を速めていく。振り返っても、もう、入り口の光は遠く、漆黒の夜空に輝く一つ星の様に見えるだけだ。たまらず私が「ヘイ…」と声を掛けると、彼は立ち止まり、振り返った。私の懐中電灯に照らし出される彼の顔は、改めてしげしげ見ると、日本人の美的感覚で言うとハンサムな方だ。鼻が高く、碧眼で金髪。ゲルマン人の特徴を良く表している顔立ちだ。しかし、何処と無く野暮ったく、とっつきやすいドイツ人の気質を持っている。しかし、その時の彼は、今までのそれとは違い、何か、大事なものを見つけた様な、満足感と期待感に満ちた、そんな凛々しい表情をしていた。そんな顔を見ていると、恐怖感は霧散していった。
 
―彼は、首のロザリオを外すと、私に差し出した。ああ、彼はカトリックだったんだと、今更ながらに思いつつ、私は無言でそれを受け取った。気づけば、いつの間にか、トンネルの奥の闇の中から低く小さく連続した重低音が響いていた。文字で表すなら「ヴー」と言った感じか。何故だか判らないし何の根拠もないが、彼はもっともっと遠くへ行こうとしているのだと、そう感じた。エジプトよりもっともっと遠い所へ。私はそれを止める気も起こらず、ただ彼の目を見つめるだけだった。すると、彼の背後、つまり、トンネルの奥から、目もくらむばかりの青白い光が差し込み、彼のシルエットを浮かび上がらせた。トンネル内での最後に見たのは、光に向かって歩いてき、そして光の中に溶ける様に見えなくなった、ドイツ人の後姿だった。そしてますます強くなる光は、私の視界を奪い、記憶も奪った。
 


 
気がつくと、私は砂漠の中のアスファルトで一人自転車をこいでいた。長く眠っていてやっと目が覚めた様な、そんな清々しい倦怠感が身体を覆っていた。あれ、俺は何してるんだっけ?ああ、そうか、王家の谷から帰る途中なんだ。
 
陽は、西の砂丘のすぐ上まで降りてきており、空は藍色に染まりつつ、東からは漆黒の夜が染み出してきていた。さっきまであんなに暑かったのに、いまや風は秋のものになりつつある。早く帰らなくては、フェリーが無くなる。そして、夜の冬がやってくる。エジプトでは、一日のうちに四季が巡るのだ。朝が春、昼間は夏、夕方は秋、そして夜は冬。やや焦り気味にペダルを踏む私が、サトウキビを積んだトラクターを追い越そうとすると、運転していたおっさんが、「ほれ、持って行け」とサトウキビを一本くれた。それを齧りながら走る。力を入れてこいでいたら、ペダルが片方ぶち壊れた。
 
やっと着いた船着場には、まだまだ観光客が大勢いた。そんなに急ぐ必要もなかったのだ。おかげで、明日誰かが片方のペダルに苦労する事になった訳だ。船着場で座り込んでサトウキビを齧っていると、身なりの良い日本人の団体がやって来た。若い女の子達が「あの人、日本人かなぁ」「えーちがうでしょー、何か汚いし」等と、私を評している。聞こえてるぞ馬鹿。すると、その団体の中からいい年の紳士が近づいてきて、サトウキビの齧り方を教えてくれた。子供の頃、良くそうやってサトウキビを噛んでいたそうだ。「頑張ってるなぁ、お兄さん。一人で来てるの?うらやましいよ」と、別れ際にその紳士は言った。
 
一人?いや、そう、一人だ。私は一人で旅をしているのは間違いないのだが、心の中に何かひとつ欠けている様なもどかしさがあった。そして、出航したフェリーの手すりに凭れて景色を眺めるうち、ちょっとした疑問が沸き起こった。―そう言えば、何でこんな時間になってるんだ?王家の谷に入ったのは、午前中だったのに、それから何時間も歩きまわった訳でもないのに…何でもう日が暮れてるんだ…?しかし、肌寒ささえ感じるナイルの風を浴びるうち、まあ、そんな事はどうでもいいかと、そう思う様になった。ここはエジプト、色んな事が起こる国だ。
 
対岸に戻ると、ナイルの向こうに、溶鉱炉から吐き出される銑鉄の色をした夕陽がどんよりと沈んでいった。天を仰ぐと、オレンジともピンクともつかない残照が空を覆い、気の早い星たちが輝きを増しつつあった。とりあえずホテルに自転車を返し、飯を食ってくると言い残して夜の帳が降りた街へ向かう。
 
ふと見ると、私が置いた自転車の脇に、見慣れた気がする自転車が置いてあった。その自転車は、黄色のペンキが荒く塗りたくられていた。
 
昨日も晩飯を食った、「マキシム」との看板が出ている、地元の人が集う食堂で夕飯を食う。あれ、昨日も一人で食ったっけ?いや、誰かと一緒に食った様な気がするが…。昼間の暑さのせいか、外人用に用意してあるビールを一気に呷ったせいか、どうも頭がぼけているらしい。説明のつかない懐かしさが胸にこみ上げてきた。人知れず涙を拭いて、さあ、明日はどうしようかと思いを馳せる。もう1、2泊してもいいし、バスか列車でアスワンに向かうのもいい。兎も角、今日は何故か凄く疲れたので、早く寝よう。
 
―その夜は、宇宙から地球を眺めおろす夢を見た。ついさっき見たものを思い出したかの如く、やたらとリアルな夢だった。
 
翌朝、宿のオヤジが、昨夜夜遅くにUFOが出たと騒いでいた。聞くところによると、王家の谷の上空に、金星の何倍もの大きさの光が輝き、東の空へと飛び去っていったそうだ。宵っ張りの観光客も含めて、大勢の人が目撃したらしい。そんなものが見られるなら、早寝なぞするのではなかった。その前の晩は、日付が変わるまで飲んでいたのに。―え?誰と?一人で飲んでいたんだっけ?いや、誰かが一緒にいた筈だ。でも誰と?
 
 
―まあ、いいけど…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
さて、何処へ行ったのかは知らないが、いつかは彼も帰ってくる事があるのだろうか。
 もし帰ってきたなら、是非会ってみたいものだ。名も覚えていない彼だが、人の縁とは不思議なものだ。いつかどこかで彼に会えると、そんな確信めいたものが私にはあるのだ。彼から預かったロザリオは、それまで大事に保管しておこう。
 


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これってTOさんの体験談?
いやぁ、生々しい。。

2010/11/25(木) 午前 10:19 ☆かっちゃん☆

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かっちゃんさん、一部のみフィクション大魔王です。どこがフィクション大魔王かと言うと…読みゃ判るか…。

2010/11/25(木) 午後 7:43 TO7002

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分かりました。
エジプトの地下には極秘裏に建設された基地があり、そこには円盤型航空機が隠されていたんですね。
そして偵察のために地球に下りていたドイツ人男性は、ハウニブーに乗って新ナチス帝國火星基地へ帰還して行ったのですね。
(え? 違うって?)

2010/11/25(木) 午後 10:27 [ リットリオ ]

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リットリオさん、その通りです。何で知ってるんですか?極秘事項なのに…。

2010/11/26(金) 午前 9:35 TO7002

ハクション大魔王・・・こないだ東京MXで最終回を途中から見ちゃいました。。
カンちゃん泣き叫ぶ〜、だのに、お父さん意外にドライだったwww

フィクション部分は・・・ホントは鮮明に憶えているとか??(^^;)

2010/11/26(金) 午前 10:28 ☆かっちゃん☆

とぅーさんの旅日記じゃないんですか
昨日オカルト的朗報が入りました。主人の治療院にいらしたお客さん、以前私が出入りしていたよく出たホテルを去年退職なさった方なのですが「あそこはほんと出るんだよねぇ」と言っていたそうで。こちらに書いたかどうか忘れましたが、私6階の客室ろうかで自殺なさったばかりの方の幽霊様と遭遇しておりまして、私だけではなくたくさんの従業員や泊まり客から「6階のろうかに幽霊がいるー」とその晩フロントに連絡きまくった、白い服の長い髪の若い女性なんですがね。今でもちょくちょくお出になってるそうです。不思議なもんでお亡くなりになったばかりの方って肉体的実体感というか質量があって私は酔っぱらいがうろついてんだと思い後ろすり抜けて通ったくらいにして。おきくの皿のおきくさんなら週休二日性なのでしょうけどこの方はけっこう働き者らしいです。 つづく

2010/11/27(土) 午後 3:29 [ クリリン ]

後、「昔6階7階に仮眠室があったんだけど中はおふだだらけ。入った瞬間誰か居るのが分かるんだよね。心霊現象が酷くてさ塩盛ったりおはらいしたけどなにやってもだめだったわ」と言ったそうですが、私が入った20数年前は仮眠室は地下にありました。ビルは建て替えてないので構造から考えると改装して客室になってるとしか?「だから6階7階によく出たんだぁ」と今更にして納得。自分なりに調べたんですが土地には曰くは無いようです。お客さんがどこからか連れてきて置いていく。ようです。この間タクシーの裏話をよんだのですが「仮眠室で寝てると知らんうちにホモの同僚に股間を・・・される」という恐怖体験が載ってました。男性はどちらの方がより怖いんでしょうかねぇ

2010/11/27(土) 午後 4:05 [ クリリン ]

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かっちゃんさん、ハクション大魔王の最終回ってよく憶えてないなあ…。泣けた記憶はありますが…。

フィクション部分は本当は鮮明に憶えていますが、MIBに口止めされているのです。

2010/11/27(土) 午後 10:56 TO7002

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クリリンさん、いつもながらに怖い話を有難うございます!!早速「コメ怖」に載せさせて頂きます!!−しかし、日本の宿は幽霊が出るのを隠しますが、欧米では逆にそれを売りにしている所も多いです。日本でもそれをやったらウケるのではないかと思うのですが。

最後の質問については、私は圧倒的にもーほーの方が怖いです。

2010/11/27(土) 午後 11:01 TO7002

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船旅&船旅2と合わせて読ませていただきました。

うーむ。やはり王家の谷には不思議な力があるようですね。
だけどどうしてか怖いというより不思議さと温かさを感じるお話しでした。

それにしても、TOさんは若いころから世界を旅されていてうらやましいです。
僕もいけるものなら世界中の遺跡や美術館を見てみたいです。
今一番行きたい&目標にしている海外旅行先は、ニュージーランド。
風景写真好き&LOTR+ホビット好きとしては、是非カメラを持って自由気ままにニュージーランドを旅してみたいです。
現実的にはまだまだ遠い夢ですが、いつか実現したいと、今からパンフレットや地球の歩き方を買っては夢を膨らませております。

2014/3/12(水) 午前 2:36 [ ラルフ ]

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神威ラルフさん、旅好きの私も、最近はとんとご無沙汰なんですよ〜。しかし、ニュージーランドは私も行ってみたいです!!2〜3ヶ月くらいかけて行きたいなぁ。

その前に、近々、北海道に行きますよ〜。たぶん!!

2014/3/19(水) 午後 10:02 TO7002


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