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藤沢市の白旗神社は源義経が祀られている事で有名ですが、そのすぐ傍に「義経の首洗い井戸」と呼ばれる史
跡があるのは余り知られていない様です。
義経と言えば知らぬ人の無い稀代の、そして悲劇のヒーロー。
平家滅亡の立役者でありながら兄・頼朝の不興を買い、逃げ延びた奥州・平泉でかくまってくれていた藤原泰衡
に裏切られて攻められ、自刃したとされております。文治5(1189)年の事です。
(←)源義経。云われているほど男前ではなく、出っ歯の小男だっ
たそうな。判官贔屓の伝承の中で、ルックスも美化されていった
のでしょうね…。
討ち取られた義経の首は鎌倉に送られ、梶原景時らに首実検された後に海岸に晒され、腰越の海に打ち捨てら
れたそうです。
ところが、義経の首は潮に乗って境川を遡って白旗神社近くまで辿り着き、里人がすくい上げて井戸の水で首を
清めた所から「義経首洗井戸」と呼ばれる様になりました。
大寒にしては陽光が身体を暖めてくれる中、行ってみました。
さて、まずは白旗神社にお参りします。
白旗神社はいつからあったか判らないほど古い歴史をもっており、太古関東地方を開拓した神様・寒川比古命
を祀っておりました。義経の霊が合祀されたのは宝治3(1249)年9月の事だそうです。
(↓)ちなみにこの鳥居は昭和59年に建てられたもので、日本で初めてのグラスファイバー製鳥居だそうです。
(↓)本殿には源氏の紋章である「笹竜胆」が。
境内を出て、交番の脇の細い道を入ると小さな公園があり、その一角に「義経首洗井戸」がありました。
白旗神社に残る伝承では、義経の首は漆黒の櫃に入れられ、美酒に浸され鎌倉に送られました。首実検した
梶原景時、和田義盛らは義経の変わり果てた姿に涙で袖を濡らしたそうです。海岸に捨てられた首は金色の亀
の背中に乗って藤沢宿まで遡り、「われは不幸にして悪人の舌頭にかかって高館の露と消えたが、その首さえ
捨てられて怨魂やる方なし。汝等よく葬りくれよ」との言葉を発したそうです。里人たちは井戸の水で義経の首を
洗い清め、塚を造って丁重に弔った。(その塚は現存していませんが、この井戸から40mほど離れた場所にあっ
たとか。)その後、鎌倉の御所は義経の怨霊に悩まされたそうで、頼朝の命により白旗神社に義経が祀られる事
となったのです。
ちなみに白旗神社の「白旗」とは、平氏の赤旗に対する源氏の旗の事で、源平合戦の時に敵味方を識別する為
に使われた事から源氏のシンボルとなった、その「白旗」から来ています。
(↓)井戸の中を覗き込む。
首ひとつになってもなお鎌倉に入れなかった義経の霊を封じた場所。
それがここ、白旗の地なのです…。
(↓)平成11年、義経公没後810年を記念して、宮城県栗原郡栗駒町に葬られた「骸」と、腰越の首実検後この地
に葬られた「首」の霊を合わせ祀る御鎮祭が行われ、境内に鎮霊碑が建立されました。
そして取材班は次なる義経伝承の地に向かうのでした…。
(参考) 白旗神社HP 藤沢の義経伝説を訪ねて
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鎌倉怨霊散歩
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こんばんは、
「井戸を覗き込む。」の写真なのですが、
気のせいでしょうか? 影の中に何か写っているように
見えるのですが......? 乱反射ですかね?
最近は心霊スポットめぐりはなさらないんですか?
( 何気にファンなので。 )
2011/1/20(木) 午後 5:41 [ yub*n*yo ]
yubuneyoさん、伝承が正しければ何か写ってもおかしくないかもです…。
そう言えば最近鎌倉づくしで「心スポ」行ってないですね〜。来週あたりに何処か行きましょうか。
2011/1/20(木) 午後 7:01
「白旗神社」と「首」であることを面い出しましたので、例によって長文ですいませんが聞いてください(^_^;)去年の冬のちょっと不思議な出来事です。
イベント事がないと行かない鎌倉の八幡様に週末の朝、きまぐれで散歩に行きました。で、銀杏を見て実朝さんの伝説に思いを馳せ…せっかく来たのだから東側も10年ぶりに行ってみるかと。実は東側…白旗神社のある方は、ちょっとした霊的(なのか!?)トラウマがあって以来近寄れず、自分の中では勝手に(八幡様の鬼門)なんて思ってました。でも、感性が鋭すぎた思春期と今の自分は違う、それに本当にそこは自分にとって怖いエリアなのか今一度検証してみたくなったのです。
ちっとも怖くなかった…てのが結論です。むしろこっちは人っ子一人いない状態で、賑わう表参道から静かな白旗神社の参道への¨動→静¨への変化が気に入ったくらいです。ちなみに、この神社に関するその時の私の知識はホントにお粗末で、確か頼朝がらみだっけ?でした。
それから友達がやってるカフェが開くまでまだ時間があったので、暇潰しにカフェのすぐ近くの¨寿福寺¨に寄ってみました…
2011/1/22(土) 午後 4:03 [ 波乗り娘 ]
…続きでーす。
普段めったに寺に行かないのだし、この機会に政子の墓とやらを探してみるべ〜てな感じで。坂を上がって政子と虚子と書いてある2つのやぐらを念入りにチェックし、何のためらいもなく供養塔に触れ、帰ろーと踵をかえした時、ふっと気になって振り返ると見落としたもう一つのやぐらが…誰のか確かめようと中に入ろうとしたが…身体が固まって入れなかったのです。やぐら馴れしている鎌倉人(?)の私でもこんな事は初めて!意味のない畏れを払拭するためと持ち前の探求心のため、再び足を踏み入れようとしたが、その一歩が踏み出せない。なんか上手く表現できないんだけど、凄い空気圧に押し返される感じ。このやぐらの中は自分が入ってはいけない異世界なのかも、自分の本能に従ってここは退散すべきだと思いました。
カフェのオーナーである友人にさっきのネタを話し、PCでやぐらの事を調べてもらったら、実朝の供養塔と判明しました。それから友人に、「面白いね〜銀杏→白旗神社→寿福寺と全て実朝つながりだね」て、この人教科書にあんま出てないしわからんし興味ないのに…でもここからもっと不思議な偶然が起こったのです―。
2011/1/22(土) 午後 4:44 [ 波乗り娘 ]
↑思いのほか長すぎてスミマセン、続きです(^_^;)
そんなことがあってから数日後、夜中に目が覚め寝付けないのでケーブルテレビでFOXチャンネルを見ようと数字入力したら、なぜか時代劇がやってる。チャンネルを入力し直そうと思った瞬間、画面の中で男が階段で仁王立ちになり「実朝の首をとったぞー」と勝ち誇ってるシーンが…。番組表を調べたら「草萌える」という鎌倉幕府がテーマのドラマでした。
それから数日後の週末、友達の新居のある秦野市に数回目の訪問(近所にかの有名なヤビツ峠があります)。帰りは車で駅まで送ってもらうのですが何気なく車窓の外に目をやったら、案内板に「←源実朝の首塚」と書いてありました。2年前から何度かこの道通ってるのによりによって知るタイミングがすごくね!?
て事でオチはないんですが、これだけ偶然が重なるのは不思議だったので…秦野市の実朝さんの首祭りにでも行ってみようかと思います(b^ー°)
ちょっと遠いので、秦野の近くにお立ち寄りの機会があれば首塚に取材に行っていただけるとありがたいです。実朝さんのおかげで鎌倉の歴史に以前よりかは興味がもてましたし♪
2011/1/22(土) 午後 5:29 [ 波乗り娘 ]
ふむふむ、残念ながら義経はチンギスハンではなかったようですね。
それにしても、井戸は、写真とって大丈夫なん?と思うくらい不気味でした。
でも、冷静に考えて、密かに元に渡るのと、生首が亀にのって鎌倉に帰るのは、五十歩百歩な気が…。真実は霧の中。だからこそ義経にロマンがあるのかもしれませんね。
2011/1/23(日) 午前 1:22 [ どらみ ]
>その塚は現存していませんが、この井戸から40mほど離れた場所にあったとか
この井戸を観て左手の民家のところですね。
白旗神社に向かって歩いていくと一つ目の信号の路地です。そこから路地をみるとすぐ左側に赤い鳥居が見えますよ。たしかそこが首塚です。民家なんですけど。。。
つい先日、白旗神社のお祭りの際に首荒いの井戸にお参りしてきましたが、もの凄く引き締まった空気でした。
元々はあの場所ではなく白旗神社の境内にあったそうですね。
2011/7/25(月) 午後 2:48 [ ぱっと ]