頂いたコメントの「怖い話」

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「義経首洗井戸」に波乗り娘さんから頂いたコメント2011/1/22()
「白旗神社」と「首」であることを面い出しましたので、例によって長文ですいませんが聞いてください(^_^;)去年の冬のちょっと不思議な出来事です。
イベント事がないと行かない鎌倉の八幡様に週末の朝、きまぐれで散歩に行きました。で、銀杏を見て実朝さんの伝説に思いを馳せせっかく来たのだから東側も10年ぶりに行ってみるかと。実は東側白旗神社のある方は、ちょっとした霊的(なのか!?)トラウマがあって以来近寄れず、自分の中では勝手に(八幡様の鬼門)なんて思ってました。でも、感性が鋭すぎた思春期と今の自分は違う、それに本当にそこは自分にとって怖いエリアなのか今一度検証してみたくなったのです。
ちっとも怖くなかったてのが結論です。むしろこっちは人っ子一人いない状態で、賑わう表参道から静かな白旗神社の参道への¨¨への変化が気に入ったくらいです。ちなみに、この神社に関するその時の私の知識はホントにお粗末で、確か頼朝がらみだっけ?でした。
それから友達がやってるカフェが開くまでまだ時間があったので、暇潰しにカフェのすぐ近くの¨寿福寺¨に寄ってみました… 
 
続きでーす。
普段めったに寺に行かないのだし、この機会に政子の墓とやらを探してみるべ〜てな感じで。坂を上がって政子と虚子と書いてある2つのやぐらを念入りにチェックし、何のためらいもなく供養塔に触れ、帰ろーと踵をかえした時、ふっと気になって振り返ると見落としたもう一つのやぐらが誰のか確かめようと中に入ろうとしたが身体が固まって入れなかったのです。やぐら馴れしている鎌倉人(?)の私でもこんな事は初めて!意味のない畏れを払拭するためと持ち前の探求心のため、再び足を踏み入れようとしたが、その一歩が踏み出せない。なんか上手く表現できないんだけど、凄い空気圧に押し返される感じ。このやぐらの中は自分が入ってはいけない異世界なのかも、自分の本能に従ってここは退散すべきだと思いました。
カフェのオーナーである友人にさっきのネタを話し、PCでやぐらの事を調べてもらったら、実朝の供養塔と判明しました。それから友人に、「面白いね〜銀杏白旗神社寿福寺と全て実朝つながりだね」て、この人教科書にあんま出てないしわからんし興味ないのにでもここからもっと不思議な偶然が起こったのです 
 
思いのほか長すぎてスミマセン、続きです
(^_^;)
そんなことがあってから数日後、夜中に目が覚め寝付けないのでケーブルテレビでFOXチャンネルを見ようと数字入力したら、なぜか時代劇がやってる。チャンネルを入力し直そうと思った瞬間、画面の中で男が階段で仁王立ちになり「実朝の首をとったぞー」と勝ち誇ってるシーンが。番組表を調べたら「草萌える」という鎌倉幕府がテーマのドラマでした。

それから数日後の週末、友達の新居のある秦野市に数回目の訪問(近所にかの有名なヤビツ峠があります)。帰りは車で駅まで送ってもらうのですが何気なく車窓の外に目をやったら、案内板に「源実朝の首塚」と書いてありました。2年前から何度かこの道通ってるのによりによって知るタイミングがすごくね!?
て事でオチはないんですが、これだけ偶然が重なるのは不思議だったので秦野市の実朝さんの首祭りにでも行ってみようかと思います(b^°)
ちょっと遠いので、秦野の近くにお立ち寄りの機会があれば首塚に取材に行っていただけるとありがたいです。実朝さんのおかげで鎌倉の歴史に以前よりかは興味がもてましたし
♪ 
 
 
 
「人形の家」にかっちゃんさんから頂いたコメント2011/1/26(
うぁぁぁあああ〜〜〜。。。背筋ゾォ〜〜〜。。。( ̄Д ̄;)
そういえば、
昔、引越し先を探してて、とある借家を紹介され内見しました。
そこは何でも、スポーツ選手の持ち家だったとかで、こじんまりとしながらも
そこそこの広さの家でした。あちこち内見中、2階の部屋に箱を見つけて、
中を見ると日本人形が・・・。。。なんか気味悪くてそこは断りましたが。。。
それからあまり日を空けずにワタシャ事故りましたよ。。( ̄ ̄;)。。
 
 
 
「北海道幕別町のUFO に波乗り娘 さんから頂いたコメント2011/2/19(
北海道出身の先生から聞いた話しですが函館の実家(といっても町外れのすごい田舎)の裏が平原になっていて、夜になるとオレンジ色の光を放つ巨大なUFOが時々着陸してたそうです。数少ない地元の人達は、「軍機だかUFOだか知らないけど、恐くて近寄れないよね〜」て噂してたそう。てか何で警察に通報したりしなかったんでしょうね?先生たち、のどかすぎだよって ( ̄;)
 
続いて頂いたコメント
 
函館UFOの話しですが、恩師に詳しい場所を聞いてみますね(近所なので)
私の体験談ですが、2009年の1月1日、大型客船¨ヴァンテアン¨の初日の出クルーズのデッキで変なものを見ましたこの船は、限りなく三浦半島寄りに走るのですが、戻る途中、数百メートル沖ぐらい?の上空に、銀盤みたいなのが浮いてるのに気づきました。その平面的な丸は、微動だにせずUFOぽくないのでどういった現象なんでしょうか〜?友達と数分間見てたんですが、目を話した隙に消えてました。銀盤は、横浜辺りの陸に近い海上に浮いてましたよ〜何にせよ、ずいぶん離れたところからハッキリ見えたのが印象的でした!
それと、その前の年の2008年の元旦にも、江ノ島の上空で数10機の物体を見ましたよ(トンビではありません・笑)これは目撃者がけっこういます!でも少なくとも神奈川新聞には何にも書かれてなかった〜誰かしら書いてると思ってちょっと検索してみたんですが、或る一人のblogにしか書かれてなかったですね。去年・今年と、元旦は、東京湾も相模湾も行ってないのでわかりませんが、年の初めは空を見上げたら面白いものが見れるかも!?
 
続いて頂いたコメント
 
続報です!


先生の実家は、森町というところです。ただし、件の平原は今はないそうです。先生のお年が70近くて、最後に実家に帰ったのが、20年前で、その時すでに平原じゃなくなってたそうなので。


因みに、先生の旦那様も同じく函館出身で、UFOなんて日常茶飯事に見てたそうです(@_@)でも、こっち(神奈川)に来てからは、誰もそんな話しを信じないのでいつしか話さなくなったそうです。


東京湾の銀盤の話しですが、表現が違ってました銀盤というより白銀盤に近かったです(^_^)v
 
 
 
「甲府事件」の現場を歩く。 tom*o*81004*6 さんから頂いたコメント2011/3/4(
報道があってから、そういえば訳の分からない物を私も見た、と家で両親に話したものの、そんな物がある訳無い、と一蹴されました。
時が過ぎそんな記憶も忘れ去っていた頃、甲府のソフトボールチームに所属していた私はナイターゲームをしていました。
スリーアウトを取りベンチに戻ると、(小学校のグランドを借りていました)何かビニール袋が校舎の上を風で舞い上がって飛んでる、と誰かが指差してました。
バットを振りかざすと、先ほどのビニール袋が頭上近くに来ているではありませんか!輪郭のハッキリしたその物体はアダムスキー型と呼ばれるUFOと思われ、私がUFO!!と大声を出した瞬間から試合は中断、騒然となりました。
奇しくも1975年のあの事件のすぐ近くでした。

距離はどの位とは言えませんが、細部まで確認出来たのでかなりに至近距離と思われ、オレンジから赤、赤から青へとゆっくり回転しながら変色を繰り返していました。
 
 
 「宇宙人、横浜に現る!!」 にびびさんから頂いたコメント 2011/3/24(木) 
初めまして、最近御ブログにはまってしまった、小学6年の夏休みの宿題にUFOと宇宙人を題材にしたびびという者です。
昨年、親父の一周忌がすみましたが、親父の葬式の次の日にお袋に電話をしたら、お父さんから電話があったよ…とのこと親父が天国(怒らない、人あたりがいい人だったから多分)にいった朝6時25分に電話がなったそうです。
へぇ〜とただ聞いていましたが、それから初七日のとき、また電話が朝6時25分だったそうです。
83のばあさんはまだボケていませんし、電話は黒電話。
ほんとの話ですが…なんなんでしょうね。
以上、報告でした。
 
「ショウカイセキ」に やんさんから頂いたコメント 2011/3/31(木) 
うお!! それ三年位前、朝方(4〜6時頃)場所は、沖縄県石垣島です。 一度そういう体験をしたことがあります。 地元でそういうお坊さんがいないので、このシャンシャンという音で目が覚めたとき、少し怖かったので、寝たふりをして気付けば朝でした。 ちなみに少し霊感があるもよう。何度か怖い体験をしています。 僕も詳しく知りたいです!!
 
 
「『火星人の後姿』写真の真相(オチ)!!」にlovers8695 さんから頂いたコメント2011/4/10(日)
 
?
横浜市某所に在ると言う[亡霊坂]の記事からはじまり、ついつい最後まで記事を読破してしまいました。
[亡霊坂]は何処なのかと気になった侭の心残りです。
自分も長い人生の中で何回か、「これは現世のものではないのでは」と言う経験をしてます。
その中で特に印象に残るひとつを。
その体験をしたのは既に25年程の四半世紀も前の事です。
場所は横浜市泉区内でした。
県道から脇に入ると閑静な住宅街が在り、更にその住宅街の中に市立の中学校が突如現れる。
その様な立地だったと記憶してます。
その中学校の脇に道が在りました。
中学校の塀に沿って緩やかな坂を下ると川に突き当たりました。
徒歩でなら間違いなく左にクランクをして抜ける事が出来た筈です。
しかし自動車でそこを抜ける事が出来るか否か不明だった為に、
私は川に向かう様にして自動車を止めました。
車内には運転をして来た私の他に助手席にひとり、
後部席にふたりと、計4人の者が乗ってました。
時間としましては午前の1時頃から2時の間だったと記憶してます。
車内では他愛のない話しをしてました。
その様な状況下でサイドミラーに、ふと、人の気配を感じました。
私はそのサイドミラーを凝視しました。
すると左右に5〜6列に並んだ制服姿の一団が隊をなして行進して来ました。
今よりも大集団の暴走族が全盛でしたので、私はとっさに「暴走族!」と思いました。
私の様子に気がついたのか!?
後部席の左に座る者が次に気がつき
「やばい!絡まれる」と小さな声を発しました。
その声で残りのふたりも進んで来る隊に気がつきました。
車内が無言になった時を同じくして隊の先頭は丁度、
車に差し掛かりました。
私は首を振らない侭に横目の様な感じで横を通る隊を見ました。
隊は前を見た侭に視線を逸らす事なく車の真横を通過して行きました。
縦には何列くらいの人が居たでしょうか!?
私には随分と列をなしてると見えました。
そしてそれは車内に居た全員が同じでした。
隊の大勢が何を持ってたかは全く見えませんでした。
他の部分はハッキリと見えただけに不思議でした。
ハッキリと見えたその隊は、
映画や書物で見る先の日本兵のものと思えました。
他の者も同じ思いでした。

 

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おっ!久々に訪問したら自分の体験談が(≧∇≦)

あの時やぐらにどうしても踏み込めなかったのは、恐いというより押し返された感があったので…近所のカフェの友達にそのことを話したら彼女いわく「将軍だった人だからプライドが高く拒否したのでは?」と。ても自分の感じ方は違ってましたね―非常にガードが固い・警戒心が強い・人を恐れてるの?…そんな印象でした。でも馬鹿げた誇大妄想かもと思ったので、懲りずにやぐらの中に入ろうとしたが、本当に頑なな空気圧を感じて最後には畏れを感じた次第です。¨繊細なやぐら¨にはそっとしておいたほうがいいかも〜気がついたら反省してました。

秦野の友人宅に行った数日後、仕事帰りに都内の友人の新居に初めて行きました。最寄り駅は¨聖蹟桜ヶ丘¨「川崎街道に出るんだよね?」と呟きながらテクテク。でも違う通りに出てしまったような?人に尋ねたら「ここは鎌倉街道ですよ」わぁ〜!呼ばれてる(笑)紹介された友達のパートナーは本籍が鎌倉で墓は寿福寺にあるそう(爆)
TOさんも頻繁に鎌倉を訪れるのは、好きだからはモチロン、呼ばれてるのかもですよ(^O^)v

2011/2/5(土) 午後 8:41 [ 波乗り娘 ]

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波乗り娘さん、実は私、生まれは九州なのですが、たぶん、某鎌倉武将の子孫なのです。苗字は同じだし、ひいじいさんの代まで伝わっていた系図でそこまで辿れるらしいしと。

やっぱり呼ばれているのかなぁ…。

2011/2/5(土) 午後 10:55 TO7002

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ただ好きだから惹かれるから〜という単純なものじゃなく、取り憑かれたように魅せられる・会いに行かずにいられない〜という吸引力が鎌倉や京都のような特殊な街にはあるように思います(^_^)
でもその街に憧れてる人なら誰でも引っ張られるというわけではなく、自分の先祖に縁のある街だったり、その土地の空気と波長が合うなどなんかしら理由があると思います。自分の意志だけで行動してるつもりが、実は土地も人を選んで呼んでいる…歴史の記憶が強い土地ほど吸引するエネルギーも強いのかもしれませんね(*^o^*)

私も、数年前から禅の教えに共感する…というか自分の生活スタイルそのものが「禅」の要素かぶってんじゃん!と意識した時に、今更ながらうちは曹洞宗だということを知りました(^_^;)子供の頃からキリスト系に馴染んでたので仏教には無頓着で…。曾おじいちゃんまで代々剣術の師範ということもあって「武家の古都」とは相性が良いのかも。繋がってるんですね〜☆

2011/2/6(日) 午前 0:03 [ 波乗り娘 ]

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波乗り娘さん、先日鎌倉を歩いていると、発掘現場に出くわしました。地面の下に折り重なった、何世代にも渡って人が生きてきた痕跡を目の当たりにして、何となく鎌倉に惹かれる理由が判った次第です。歴史のある土地って、地面の中から人を惹きつける魅力を発しているんですね〜。

2011/2/6(日) 午後 11:19 TO7002

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続報です!

秦野に住んでいる友人夫婦から、神奈川有数の枝垂れ桜を見に来ないかと誘いがあったので、行ってきました。秦野駅からお目当ての白泉寺へ車で行き、まだまだ時間があったので、どこか行きたいところは?と訊かれ、せっかく秦野まで来たのだから、(実朝の首塚)と言いたかったのですが、なにせマニアックすぎ...いつかチャンスがあれば一人で行ってみよう、て事で二人にお任せ。桜の後は、(竜神の泉)に寄り、そのままお昼を食べに友達の家へ。途中、何気なくウィンドウの外に目をやると、矢印の形の小さい板きれが、地面すれすれのとこにあり...実朝の首塚と書いてあったのでびっくり!「寄りたいかも!」と言うと、友達は興味なさげに「お腹すいたしまた今度にしよ。」少し行くと、スゴい田舎道なのにコンビニが....。そこで旦那さんは車を止めて、「ここでパンを買ってお腹を満たせばいいじゃん!?その人の墓を見てみたくなった!」と言い出し、無事にお参りに行くことができました。とても穏やかな雰囲気で、寿福寺のやぐらとは大違いでしたよ。なんかトントン拍子にお参りできて良かったです☆

2011/4/28(木) 午前 0:56 [ 波乗り娘 ]

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波乗り娘さん、お待ちしておりました!!その枝垂桜は白泉寺でしょうか。子供の頃に親に連れられ見に行ったおぼえがあります。しかし、実朝の首塚って、もっとメジャーになっても良さそうなモノですね。何かバタバタしてて、鎌倉さえ行けないのですが、私もその内行ってみたいと思っております。

2011/4/29(金) 午前 0:14 TO7002

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そうです、白泉寺で〜す!あんなに立派な古木の枝垂れ桜は、京都でもなかなかお目にかかれなかった〜☆八幡様の銀杏の伝説は知られていても、実朝がどんな人物か案外知られてないのでは!?歴史に疎すぎる自分も、去年寿福寺に行くまで名前すら知りませんでしたf^_^;ちょっと驚いたのは、友人の家から首塚まで車でたった3分ほど!移住して日が浅く土地勘がないのと、興味がないので友人らも知らなかったそーです。
ちなみに竜神の泉では、携帯で撮った写真に白い円が三つ写ってました。水のあるところが好きなのでよく撮りますが、水辺の写真で円が写ったのは今回初めてです。
1ヶ月前の出来事を今更投稿したのは、忘れてたからなんですが(笑)実はある番組が投稿を促してくれました!?...投稿した2日ぐらい前、会社の創立記念で休みだったので、昼間ケーブルテレビをつけてチャンネルを回してたら、馬に乗った険しい坊主姿の奥田英二とその下に「龍ノ口」のテロップが目に止まり...なんと、龍ノ口法難のシーンでした(この流れ前回と一緒じゃん!)番組表を見たら「北条時宗」〜それでtoさんのブログを思い出し、実朝の報告に至った次第です(笑)

2011/4/29(金) 午後 0:26 [ 波乗り娘 ]

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波乗り娘さん、大銀杏は若芽が出て再生しつつある様です。ただ、公暁が隠れていたと言うのは単なる伝承みたいで、樹齢からすると当時はまだ細い若木だったそうですが…。

しかし、波乗り娘さんには不思議な巡り会わせが多いですね〜。もしかして、亀倉時代の人の生まれ変わりとか?

2011/4/29(金) 午後 2:40 TO7002


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