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1920年、ペンシルバニア・ピッツバーグで初のラジオ商業放送局であるKDKA局が大統領選でハーディングが当
選した事を報じて以来、新しいメディアであるラジオは文字通り人々の耳を集め、新聞をも脅かす媒体へと成長
していった。
1938年10月30日日曜日、午後8時。CBSの不人気番組「マーキュリー劇場(Mercury Theatre on the Air)」で、
ハロウィンの特番が始まった。
番組をプロデュースし、そして出演するのは、ある若い無名の俳優だった。のちに彼がハリウッドを代表する俳
優・脚本家・監督になろうとは、そのハロウィン前日の夜には誰も知る由はなかった。
その若い俳優はマイクに向かって喋り始めた。
皆さんこんばんは。オーソン・ウェルズです…
「マーキュリー劇場」は聴取率が僅かに3%かそこら。裏番組には、全アメリカ人の3人に1人が聴いているといわ
れるモンスター番組、「エドガー・バーゲン・ショー」が控えていた。「マーキュリーをやってなかったら、何をしてる
かって?そりゃ、エドガーを聴いてるさ」そんなジョークが番組のスタッフの間でも流行っていた。才能溢れる若き
俳優の企画も、聴いている人がどれだけいるやら。この空想的な企画に乗り気なスタッフは少なかった。
(←)ラジオでノリノリ。若き日のオーソン・ウェルズ
しかし、この荒唐無稽の絵物語にリアリティーを持たせる方法をウェルズは考え付いていた。
それは、ドキュメンタリータッチで放送することだった。
あたかも、今そこで起きている事件の如く、ラジオの速報として演出するのだ。
20世紀初頭から、この地球が人間よりも知力の優れた者達に監視されている事は周知の事実です。彼らは不死ではないまでも、人類より遥かに高度な知能と文明を持っています。私達は多忙な毎日を送っていますが、その間にも彼らに監視され続けているのです。そう、私達が顕微鏡で一滴の水の中に群がる生物を観察する様に、彼らも私達を研究しているのです
オーソンの台詞が終わった。そう、これは台詞だった。ラジオドラマの。この時点で、この番組を発端にして全米
がパニックに陥ることを想像した者が一人でも存在したとしたら、それは神から啓示を受けたのだろう。
何故なら、この時点でも「マーキュリー劇場」」にチューニングしているアメリカ人はそれほどの数ではなかった
からだ。続いて、天気予報が始まった。これも「劇中の」天気予報だった。
今後24時間、気温に変化は無いでしょう。原因不明のかすかな大気の乱れがノバスコシアで記録され、そのため低気圧がやや急速に東北の諸州に向けて南下中です。現在、やや強い風を伴った雨の予報が出ています。この天気予報は政府気象台の発表によるものです。さて、これから皆さんをニューヨークのパーク・プラザ・ホテルのメリディアン・ルームへとご案内しましょう。ラモン・ラケーロ・オーケストラによる演奏をお楽しみ下さい
番組は中継に移るが、これももちろん架空の中継である。そして架空の楽団が演奏する『ラ・クンパルシータ』が
突然中断した。
臨時ニュースを申し上げます。ただいま当CBSネットワークに速報が入りました。中央標準時8時20分前、イリノイ州シカゴ、マウント・ジェニングス天文台のファーレル教授は、火星で白熱光を伴う定期的なガス爆発を観測しました。分析の結果、ガスは水素ガスである事が判明しました。光は現在、非常な速度で地球に向かっています。この件に関しましては続報が入り次第、皆様にご報告致します。それまでラモン・ラケーロの音楽をお楽しみ下さい
このラジオドラマの脚本を手がけたのはハワード・コッチ。後に名作映画『カサブランカ』の脚本を書く人物だ。
ウェルズとコッチは、万が一にも真に受ける人が出ないとも限らないので、ドラマの節々に「これはドラマです」
との注釈を入れるのを忘れてはいなかった。
番組は、架空の楽団が演奏するのは『スターダスト』に替わっていた。
再び臨時ニュースを申し上げます。ただいまニュージャージー州トレントンからあった発表によりますと、今日午後8時50分に、隕石と思われる巨大な炎に包まれた物体がトレントンから20マイルのグローバーズ・ミル付近の農場に落下しました。CBSネットワークでは事件の重大さを考慮し、現場の状況を中継でお伝えする事にしました。中継者が現場に到着するまでの間、ラモン・ラケーロの音楽をお楽しみ下さい
午後8時12分頃、番組はグローバーズ・ミルからの中継に切り替わった。
皆さん、今、私の前に巨大なクレーターがあります。その中心には奇妙な物体が埋もれています。凄まじい勢いで地面に激突したのでしょう。付近一帯は落下の途中でぶつかったと思われる木々の破片でいっぱいです。問題の物体は、あまり隕石らしくありません。少なくとも私がこれまでに見た隕石には似てません。巨大な円筒の形をしています。直径は30ヤードはあるかと思われます
レポーターの背後には、群衆のざわめき、警官の怒号、聞きなれない「ブーン」という呻り音が満ちていた。
コッチが、ヒンデンブルグ号墜落のニュース音声をかぶせていたのだ。それが奏功し、ラジオから流れる音声は
臨場感に満ちていた。
しかし、この放送を聴いている人はやはりそう多くはなかった。しかも当然只のラジオドラマとして聴いていた。
この時点では。
幼い頃から演劇や絵画に才能を発揮したウェルズだったが、極貧放浪の末、やっとアイルランドはダブリンの
劇場でチャンスを掴み、アメリカに戻り、ブロードウェイの舞台とCBSの仕事を勝ち取ったばかりだった。
ハリウッドでの成功を目指すウェルズは、何とか注目を浴びる手だてを模索しているところだった。しかし、このラ
ジオドラマがそうなるとは、彼は思ってもいなかっただろう。 しかし、運命がほんの少しだけ動いた。
丁度その時、「エドガー・バーゲン・ショー」に、売れていない歌手が登場したのだ。人々はため息をつきながら
他の局を探した。後日の調査では、「エドガー・バーゲン・ショー」を聴いてた人の約15%がウェルズの局に切り
替えたと言われる。この瞬間以降、全米で1,200万人の耳がウェルズのラジオドラマを聴く事になったのだ。
途中から「マーキュリー劇場」にダイヤルを合わせた多くの人々は、これがラジオドラマだとは知らされていな
い。そんな彼らの耳に、突然「奇妙な隕石のニュース」が飛び込んで来たのだった。
そして、リポーターの声が彼らの耳を捉えた。
あっ、皆さん、大変な事が起こりました。たった今、物体の端がはずれようとしています。頂上部がまるでネジの様に回転しています。
背後では、群衆の声が響く。 「動いてるぞ」
「見ろ。はずれかかっている」 「さがれ。さがれと云っているんだ」 「うわあ、はずれたぞ。てっぺんがとれた」 誰もが、何事が起こったのかと固唾を飲んだ。
大変です。皆さん、大変です。内部から何かが、何かが出てきました。怪物です。緑色をした怪物です。何かを持っています。拳銃の様なものです。あっ、今、そこから光線が発射されました。燃えています。光線を当てられた人が燃えています。ああっ、怪物が今、こちらを向きました。おお神よ!
―途絶える中継。
しばしの沈黙の後、スタジオのアナウンサーから緊急速報が入る。
みなさん、グルーバーズ・ミルから電話報告がありました。それによりますと、6人の州兵を含む40人が犠牲になりました。死体は判別がつかないほどに焼けただれ、変形しているとのことです。 ただ今、政府から緊急発表がありました。まったく信じられないことですが、今夜、グローバーズ・ミルに着陸した物体は、火星からの侵略軍であることが判明しました・・・ これから先の放送を、じっと座って聴いていた者はいないと言われる。
多くの車が道路に溢れ、教会には祈りをささげる人が集まり、火星人に襲われたと訴え出る人が続出。サンフラ
ンシスコでは火星人と戦うために志願する者が陸軍司令部に詰めかける。
ラジオドラマで火星人が全国の電気・通信施設を攻撃する場面では、たまたまワシントン州の街で偶然の停電
が発生し、大混乱に陥る。幸い死者は出なかったものの、怪我人や精神に異常をきたす者が続発。CBSの電
話回線はクレームや問い合わせが殺到し、8時30分頃にはパンク。「たった今、火星人がハドソン川を泳いでニュ
ーヨークに渡るのを目撃した」と言う通報にはCBSのスタッフも青ざめた。
皆さん、私はオーソン・ウェルズです。本日お送りしたドラマは休日のお楽しみ以外の何物でもなかった事をここにお断りしておきます。このドラマは、例えば、藪の中から飛び出して人を驚かせる、という様なことを、ラジオというメディアを通じて行ったに過ぎないのです。我々は、皆さんの耳を通して、世界を滅亡させ、CBSを破壊しました。しかし、我々がそれを本気で行ったのではない事を、そして、この世界も、CBSの職員も、今もピンピンしている事をお知りになれば、皆さんもホッとなさる事でしょう。それでは皆さん、おやすみなさい。せめて、明日の夜ぐらいは、今夜学ばれた教訓を忘れないで下さい。そうです。これは、大人の為のハロウィーンだったのです
最後にウェルズは、このコメントでラジオドラマをしめざるを得なかった。 この前後、真相を知って怒り狂った市民に、ウェルズはつるし上げ寸前になり、後日は多額の損害賠償を請求さ
れる事になった。
しかし、著名な新聞記者であるドロシー・トンプソンが「ウェルズ氏のこの実験的なラジオドラマは、合衆国市民
が戦争のような緊急事態に際して如何に弱いものであるかを暴露するという意味で、合衆国のために貢献したと
云うことができる」とコラムに書き、しかもウェルズがドラマの中で再三に渡って、これはフィクションである旨のコ
メントを入れていたこと、題材が「火星人襲来」という驚くほど突飛なものであったこと、そして、ラジオを他局に回
せばこれが茶番であることが容易に知ることがでいたことなどで世論はウェルズに好意的となった。訴訟のすべ
てが法廷で棄却され、事件はウェルズの圧倒的勝利で終わった。背後には、赤と白で有名なスープ会社の存在
もあった。スープ会社は、「マーキュリー劇場」のスポンサーであり、多額の訴訟費用も、あの夜の宣伝効果に
比べると些細なものだった。
ウェルズのラジオドラマがこれほどまでに「受け入れられた」素地として、欧州では列強とナチスドイツの緊張が
続き、アメリカ人の中でもいつそれに巻き込まれるかとの不安が高まっていた事が指摘されている。実際、ラジ
オドラマをナチスの侵略だと勘違いしていた人も数多かったそうだ。
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