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昭和UFOも今回は国内ネタでいきましょう。昭和45年の出来事です。
宮城県栗原郡(現栗原市)に住む高校1年生の少年が鮮明なUFOの写真を撮ったと騒がれた事件です。
昭和45(1970)年と言うと、今から42年前ですね。
この年は、3月14日に大阪万博が開幕し、三波春夫が能天気に ♪こんにちは〜こんにちは〜 と歌っている
傍からよど号ハイジャック事件が発生し、テロリストまで♪こんにちわ〜。
新聞テレビは万博とハイジャックで埋め尽くされ、そうこうしているうちに4月になってビートルズが解散。5月には植
村直己さんがエベレストに日本人として初登頂したかと思うと瀬戸内海シージャック事件が発生、犯人が大阪府警
のスナイパーからの狙撃で射殺されると言う衝撃的な結末を迎えました。
9月13日に万博は閉幕しますが、総来場者はなんと6,421万8,770人を数え、これは2010年の上海万博まで長く
万博の最多来場記録だったそうです。6,400万人って、今のイギリスの人口よりも多いんですよ!!スゴイですけ
ど、ホントにちゃんと数えたのかなコレ。上海万博は恐らく最初から総入場者数は決まっていたんでしょう。見に行っ
た友達はガラ空きだったって言ってたし。―まあいいや、終わった事です。
そして、11月25日には市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部に乱入した三島由紀夫が割腹自殺を遂げ、12月には沖
縄コザで大規模な反米騒動が発生し、紅白で美空ひばりが「人生将棋」でトリをとって1年が終わりました。 宇宙に目を向けると、国産第一号の人工衛星「おおすみ」が2月に打ち上げられた(運用期間は僅か33時間…)
かと思うと、4月11日にはアポロ13号が打ち上げられ、月に向かう途中の事故で半死半生になりながらも奇跡的
に地球に帰還し、中国も日本に負けじと中国初の人工衛星「東方紅1号」を打ち上げました。
(左上)日本初の人工衛星「おおすみ」。
(右上)中国初の人工衛星「東方紅1号」。
(左)生還したアポロ13号の飛行士ラベル、スワイガード、ヘイズ。
ちなみにこの年発売されたヒット商品は、花王石鹸の「メリット」、ライオン歯磨「ホワイト&ホワイト」、タイガー炊
飯ジャー「炊きたて」、トミーからミニカーの「トミカ」、ヤクルトの「ジョア」などがあります。
この頃、私は4歳かそこいらです。生まれ故郷の北九州は若松から横浜に出てきた頃です。
万博は殆ど憶えてません。行ってないし。トミカで遊んでたけど、ジョアは飲んでなかったなぁ。何となくあのドロ
ッとした感じが×だったんですよね〜。
こうして記事にして初めて気付いたのですが、この頃の記憶は殆ど歌謡曲とテレビで占められていますね、私の
場合。
この年流行った「黒猫のタンゴ」とか「ドリフのずんどこ節」なんかはよく歌ってた憶えがあります。「圭子の夢は
夜ひらく」なんかもこの年ですが、何故か凄く耳に残っておりますね〜。うちのオヤジが酔っ払って歌ってたから
かもしれません。
テレビでも、「ラブラブショー」の事をおばあちゃんが「ブラブラショー」と呼んでたり、「細腕繁盛記」とか「金メダ
ルへのターン」なんかは観た記憶があります。トビウオターン!!とかウズマキターン!!とか叫びながら畳みの上で
バタバタやっていましたっけ。「ありがとう」は毎週欠かさず観ていたような。私、当時はチータの大ファンだっ
たそうです。「アテンションプリーズ」なんかを観て、ジャンボジェットに憧れたり、スチュワーデスのおねえさんに
憧れたり。
左上から「細腕繁盛記」、「金メダルへのターン」(トビウオターンの瞬間!!)、「ありがとう」、左が「アテンションプリーズ」ですが、スッチーのスカート丈の短かいこと短かいこと!!何ていい時代だったんでしょうか。
「ありがとう」はシリーズ化され、チータが看護婦になったりしてましたね〜。
アニメでは、やっぱり「明日のジョー」ですか。打つべし打つべしと言いながら友達とぺしぺし殴り合ってました。
あとは「いなかっぺ大将」ですね。ニャンコ空中三回転ニャンパラリ!!と叫びながら二階から飛び降りたり。
私はお花ちゃんと菊ちゃんでは、菊ちゃん派だったなぁ。にーしはじめぃ(西一)とか、とんまるきさんとか、(と
んまるきって、「豚丸木」と書くって今回初めて知りました!!)とか、キャラが立ちまくってましたね〜。お花ちゃんの
胸元にもぐりこむニャンコ先生が羨ましかった…。
そしてそして、「チキチキマシン猛レース」もこの年に日本での放映開始だったそうです。
ブラック魔王とケンケンはアニメ史上に残る名コンビではないでしょうか。
♪サンドォ〜ヴァアクにぃいいい(By尾藤イサオ) ♪ひとっつひっとよりちっからもち〜(By天童よしみ)
♪チキチキマシン チキチキマシン もおレエェェス〜ウ、ウ〜ウ、ウ〜ウ〜ウ(Byケーシー浅沼)
1番ガンセキオープン、2番ヒュードロクーペ、3番マジックスリー、4番クロイツェルスポーツ、5番プシーキャット(いいのか?)、6番タンクGT、7番ギャングセブン、8番ポッポSL、9番ハンサムV9、10番トロッコスペシャルで00番がゼロゼロスペシャル…やばい、全部憶えてる…。シーシシシ。
猛レースから車の話に無理やりつなげると、昭和45年あたりは、ようやく一般庶民も「マイカー」を持つ事ができ
るようになりつつあった時代です。それまでは、車と言うのは社有か、もしくはそれなりのお金持ちかしか持てな
かった贅沢品だったのです。この年、トヨタからはカリーナとセリカが、東洋工業(マツダ)からはカペラが発売さ
れております。しかしながらガソリンは高価で、大体のところではレギュラーでリッター45円くらい、ハイオクで55
円くらいだったそうです。何だ、随分安いじゃないかと思わないで下さい。その頃は50円も出せばラーメンが食べ
られたそうですから。
(←)初代カペラ・ロータリークーペ。
ゼロヨンでこれを上回るのはポルシェ911だけだった!!
けど燃料バカ食い…ゼロヨン一回でラーメン何杯かは食えたかも?
…何を言ってるんだか全く判らない方も多いかと思いますので、そろそろ本題に入ります。
UFOの記事でしたね、コレ。忘れてました。
と言う訳で、昭和45年は、良い事もそうでない事も、派手な事件が多く、相当に気ぜわしい1年だったようです。
そんな中でもそれなりに騒がれたと言うこの事件。
昔流行ったUFO本などではこのように(↓)紹介されていたネタです。
珍しくも何ともないですが、当時はそれなりに貴重だっ
たんでしょう。
昭和45年4月4日午後1時過ぎ、自宅庭でUFOを目撃し
たS君(当時高校1年生)が写真撮影に成功。
S君は写真部の友達に現像と引き伸ばしを頼みました。
そこで、S君の写真が写真部の顧問をしていた化学教
師の目にとまったのが騒ぎの発端でした。
「合成の形跡がない。これはホンモノだ!!」と確信した化
学教師が騒ぎ出し、天文台に鑑定を依頼までしたもの
だから騒ぎは大きく広まり、遂には新聞や雑誌に載るま
でになりました。
(↓)騒ぎの中心となった、S君が撮影したUFOの写真がこれです。
う〜ん、味わい深い、良い写真ではありませんか。
いかにも空飛ぶ円盤然としたこの佇まい。
最近のやたらゴテゴテしてたりするUFOとは風格
が違います。情緒と言うか、侘びさびと言うか、
日本のUFOはこうでなくてはいけません。
ところがどっこい、困ったのはS君です。
何故ならこの写真、S君がイタズラで作ったインチキ写真だったから。
アルミの灰皿を2枚重ねて糸で吊っただけの、他愛もない「UFO写真」で友達を驚かそうとしたのですが、
はやとちりの先生のお陰で騒ぎが大きくなり過ぎてしまい、真相を言うに言えなくなってしまったようです。
まあ、最後にはS君がカミングアウトして騒動は収まったようですが、いつか記事にした貝塚事件といいこの事件
といい、当時は子供のイタズラを大人が勝手に大騒ぎするケースが多かったように思えます。
これから先、日本ではオカルトブームが盛り上がっていくのですが、こんな大人達が作ったブームであれば、
其々のネタの信憑性は推して知るべしってところですかねぇ。
―本題の方が随分と短かいですね。すみません…。
(参考) インチキUFO写真展 他
この年、巨人はV6を達成!!このあと3年も連続して日本一になるなんて、何ていい時代だったのでしょう…。
しかし、「旧き良き昭和」のツケが政治的にも経済的にも何でもかんでも今に回ってきているんですよねぇ…。
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いやあ、良いですね!昭和四十年代ネタは。マツダのロータリーエンジン車は当時の少年達に人気がありましたね。前の職場の上司が、若かりし頃「サバンナRX3」のオーナーで、リミッターの無かったエンジンは軽く一万超えて回ったそうです。ただしオイルの消費量が半端でなく(2サイクルと同じで、燃料と一緒に燃えてしまう)、スピードが出るわりにブレーキがブタで、それなりの運転スキルがないと危なかったみたいです。私も「ありがとう」見てましたよ。夕方になると、何故か相良直美が物干し台でギター弾いて歌って居ませんでしたか?懐かしいですね〜。UFOのスタイル迄もクラシカルで、まさに「空飛ぶ円盤」そのもの。大気や河川の汚染といった公害問題とか凶悪犯罪の多発等、それまでの「未来は薔薇色!」から一転、何とも形容し難い不安感が人々の心に広がり出したのも四十年代半ば辺りからですよね。オカルトが疫病の様に流行る土台は出来上がっていたわけですね。
2012/2/23(木) 午後 1:00 [ そまりん ]
そまりんさん、そうですね、イケイケドンドン経済効率一直線で戦後復興を乗り越えてきて、ふと立ち止まりつつあったのがこの頃です。間もなく不況が始まり、公害他様々な矛盾や問題が…おっと、ここから先はまた記事の中で書きましょう。
ところで、私もRX-7(FD)に乗ってましたが、やっぱりロータリーはいいですね〜。また乗りたいですが、今や絶滅危惧種だもんなぁ…。
2012/2/23(木) 午後 1:38
おお、TO様は「ロータリー乗り」でいらっしゃったのですか。これは、とんだ釈迦に説法でありました。現行のRX8は世界で唯一の量産ロータリーエンジン車ですが、TO様からご覧になって、あまり魅力的ではありませんか?「4人乗り、観音開きドアー」と言うスタイルに拘り過ぎて、何だか中途半端な車になってしまった様ですが…。それでも、水素燃料とロータリーの構造は相性が良いそうですから、研究開発を放棄せずに、是非「水素4ローター」なんて作って欲しいですね。UFO写真の偽造と言えば、私も小学生時代に「明治ミルクココア」の缶のフタを放り投げて、父親の「アサヒペンタックスSP」で撮影した記憶があります。そのインチキ写真を学級新聞に載せたりして、いやはやロクな餓鬼でなかったです(=^x^=)。
2012/2/24(金) 午後 10:01 [ そまりん ]
そまりんさん、ロータリーの突き抜けるような加速感は忘れられませんね〜。RX-8は、私たち世代にはアリな車ですね。かみさんの首を縦に振らすにはどうしても後ろのドアは必要なんです…。
インチキUFO写真は、当時に子供時代を過ごした人なら1度や2度は撮った事があると思います。それを真に受ける大人の方がどうかと思いますね〜。そんなインチキ写真も今やお手軽にCGで作れちゃいますから、味わいがなくなるのも当然ですかねぇ…。
2012/2/29(水) 午後 3:24
サインはV
久しぶりに観たら
う〜ん
ビミョーな気持ちに なった。
中山麻里
キレイやったなぁ
2012/4/23(月) 午前 10:55 [ 蛍 ]
蛍さん、私はジュン・サンダースが好きだったですね。
2012/4/26(木) 午前 10:28
いや〜昭和45年の事がよくわかりました。
ヤクルトジョアってこんな時代からあったんですねー。
三島由紀夫の一件は、かなり最近になって初めてテレビの特番で知りましたが、なんだか哀れな気持ちになった記憶があります。
本人はいたってまじめに日本国と軍を憂いていたのでしょうね・・。
Toさん、4歳でドリフを歌うとは!なかなか通ですね!
ドリフが歌ってた頃は僕はまだ存在すらしておらず(僕が知っているドリフは既にドリフの大爆笑の時期)、歌も知りませんでしたが実は一昨年ぐらいから妙にハマって、いまではCDまで持ってたりします(笑)
コミカルで楽しい反面、軍歌だよ全員集合などに収録された軍歌は非常に明るく力強い歌声でよいなーと思っています。ラバウル小唄などは亡き祖父も歌ったのかなーなんて思ったり。
すみません、UFO記事でした(笑)
なんとも味のある、時代を感じるいんちきUFOですね。
なんか、ほんわかします。
現代のビリーバーの捏造よりよっぽど良いですね。
(と、本文ばりに本題を短く終わらせてみる)
2014/3/30(日) 午後 10:46 [ ラルフ ]
神威ラルフさん、ドリフはバンドが本職だっただけに、楽曲もイイんですよね〜。今でもたまにようつべなんかで聞きます。
で、本題のUFOですが、昨今このようなジャパネスクを感じさせるのが出てこないのが寂しいですね〜。
2014/4/9(水) 午後 5:00