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ゴロウさんのコメントに触発されて、調べてみました。 (ホント、暇ですね。これでも勤務中なんです私…。) 神奈川県伊勢原市と秦野市の境に、善波峠が横たわっています。 善波峠を貫くのが、「善波トンネル」です。 現在、一般的に「善波トンネル」と言われるのは、国道246号線の「新善波トンネル」。 旧道には、「旧善波トンネル」があります。 ここもやはり、神奈川県内では有名な「心霊スポット」です。 ここで、囁かれる噂は、「もう死なないで 準一」の看板に纏わる怪談です。 善波の名は知らなくても、このフレーズに聞き覚えがある方は多いのではないでしょうか。 今は、殆ど都市伝説化し、全国あちこちに「もう死なないで」系の怪談がある様ですが、 ここが発祥の地です。実際に、以前は、そんな看板が設置されておりました。 善波トンネルの怪談を、改めておさらいすると、こんな話です。 旧善波トンネルで事故死した17歳の少年の霊が、度々車の前に飛び出てきては、はねられる。 見かねた両親が、「もう死なないで 準一」と書いた看板を、トンネルの出口に掲げた…。 (看板を掲げたのは、付き合っていた彼女だ、と言う話もあります。) 別バージョン。 度々、旧善波トンネルでは、事故が起るが、亡くなる者の名前は、皆「ジュンイチ」だった。 ある夜、トラックが子供の霊に誘われ、大事故を起こしそうになったが、間一髪助かった。 ほっとする運転手の耳に、「お友達になれると思ったのに…。」と、子供の声がした。 そのドライバーの名は、「ジュンジ」だったので、助かった様だ…。 子供の霊の正体は、父親が新善波トンネルの工事に係わっていた、近所に住む男の子で、 「ジュン」君と言う。ある日、父親にお弁当を届けに行った折、運悪く落盤事故に遭い、亡くなった…。「ジュン」君の霊が、「ジュンイチ」を霊界へ連れて行くのだ…。 「ジュン」君の霊がこれ以上「ジュンイチ」を引き込まない様に、「もう死なないで 準一」と言う看板が作られた。まあ、子供が、落盤事故の危険性があるような所に入れて貰える訳も無く、 勿論、その様な事故の記録もありません。 「ジュン」君は、何故「ジュンイチ」だったら取り殺し、「ジュンジ」だったらいいのか?等、 突っ込み処満載の話です。 ―とまあ、ここ迄が、現在善波トンネルで囁かれている「怪談」です。 ところが、調べてみると、先に挙げたバイク事故は、実際に起っておりました。 怪談の根拠があったのです。 1965年(昭和40年)9月2日スピードを出し過ぎてカーブを曲がりきれなかったトラックが、対向車線にはみ出し、少年の乗ったバイクが正面衝突してしまった。少年は即死した。少年の名は「準一」。 その後も、その事故現場では、事故が絶えなかった。 両親は、準一君の霊を供養するのと、これ以上、同じような事故を起こして欲しくないという願いを込めて、事故現場に看板と地蔵を立てた。 (事故以来、両親は、準一君が事故に遭う夢を幾度となく見たという。) それが『もう死なないで 準一』という看板。 この事は、毎日新聞に掲載された。(昭和41年5月10日付) タイトルは、「魔の善波峠に菩薩像 無事故の祈り込め 息子失った○○さん」 この文脈からすると、「もう死なないで 準一」と言うフレーズは、 親が準一君に対して「もう死なないで」と言っているのではなく、 「もう死なないで 準一(の願い)」と言う風に、準一君が「皆さん、これ以上、事故で死なないで。」 と訴えている様に表現した物なのです。 ところが、誤解されやすい看板の表現が、事故多発地帯に「準一」と言う、 具体的なイメージを与えてしまったのではないかと思います。 元々、「トンネルを抜けるとすぐ急カーブ」と言う、事故が多発するのが当たり前、と言う場所。 看板と、地蔵を建立した後も、事故は絶えません。 その内、「準一」の霊がが何度も車に飛び込むとか、「ジュンイチ」と言う名のドライバーが「準一」の 霊に誘われ事故死する、それで「もう死なないで…」と言う看板が立ったのだ、と言う噂が立つ。 更に、新トンネルが開通すると、旧トンネルの本来の逸話は次第に忘れ去られ、「もう死なないで…」 の怪談が一人歩きしていく。怪談の舞台も、新トンネルに場所を移します。 つまり、怪談があった為に「もう死なないで…。」の看板が立ったのではなく 「もう死なないで…」の看板が立ったから、怪談が発生したのです。 これでは、亡くなった準一君も浮かばれません。 ただ、事故に注意して欲しい、と言う準一君の両親の願いは、形は違えど、叶ったのではないかと 思います。新道も開通し、事故は激減したのですから。 なお、件の看板は、老朽化し危険な為、1989年(平成元年)に、撤去されてしまいました。 余談です…。 私は、今から思えば看板が撤去されるちょっと前でしょう、夜中にバイクで見に行きました。 確か、結構な大人数で行った様な覚えがあります。 どんな看板だったか…。 ごめんなさい、良く憶えていないんです…。(なんてオチだ…。)
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伝言ゲームのように元の話からだいぶんと変わってしまうんですねぇ〜!!by旦那
2008/3/8(土) 午後 9:24
toさん、読んでいるうちに次第に鳥肌が立ちました。
私も実際に怖いというか不思議な体験があります。
怖いということには、何か訴えみたいのがありかもしれません。
いつか話しましょうね。☆ポチ☆
2008/3/8(土) 午後 10:28 [ ☆*薔薇tobi*☆ ]
善波峠ですね。今までに数え切れないほど通っています。空いていればスピードが出やすいところですね。日中は交通量も多く、渋滞していることも多いです。
2008/3/9(日) 午前 0:15 [ 資産運用倶楽部 ]
旦那さん、ここまで怪談の由来がはっきり確認出来るケースも稀有かと思います。
2008/3/9(日) 午前 9:41
トービーさん、、是非、不思議な体験を聞かせて下さい!!
ファンポチ、有難うございました!!
2008/3/9(日) 午前 9:42
cimadeasobu さん、こんにちは。新トンネルを抜け、秦野に入る時、
「秘密基地」に入る様な感じになりません?
ところで、1.9兆円の金塊、圧倒されました…。
一つ位かっぱらっても、バレなさそう。
2008/3/9(日) 午前 9:45
ありがとうございます!
なるほど、そのような意味だったのですか。
親御さんと「純一」君の願いがあの看板だったのですね。
よく調べられましたねぇ。
そちらもすごい!
2008/3/9(日) 午前 11:39
ご満足頂けたら嬉しいです。
仕事そっちのけで書いた甲斐もあると言う物です。
2008/3/9(日) 午後 1:32
看板が撤去されたのは本当に平成元年だったのでしょうか?
ワタシが自衛隊に入隊して御殿場に住み始めたのが昭和63年10月。
成人式を地元千葉で迎えたのが平成元年の1月。
その頃はまだ車を持って無かったので、実家〜御殿場の移動は電車とフェリーだったから、車を購入したの平成2年の夏前だったと記憶してます。
車を持って最初の夏期休暇は東名高速を通るお金が無かったので、国道246号線を通って実家に帰りました。
東京目指して走っていたら「もう死なないで 準一」と書かれた薄気味悪い看板を見た記憶なんですよね…、計算が合わないな。
アレ?
昭和62年の3月に高校卒業したから、成人式は平成元年の1月ですよね?
昭和63年の夏に海上自衛隊の「なだしお」と漁船が東京湾で衝突事故起こし、その何ヵ月か後に昭和天皇が崩御して平成に変わったんですよね?
そうすると平成元年の夏はやっぱり電車移動だったから「準一くん看板」は見てない…。
アレぇ〜、
やっぱりおかしいな…。
2015/9/27(日) 午後 10:16 [ kur*sa*i_r*a_*217 ]
「旧善波隧道バイク事故の伝聞の矛盾」
数ある「旧善波隧道」の記事を読むと、バイク事故は旧道で起こり、その道路はカーブが多くスピードが出しやすかったとされている。
しかし実際に現場に行ってみると、旧道はとても猛スピードを出せる様な場所ではない事が分かる。
更に、旧トンネルの形状は直線で長さはせいぜい100mで割りと見通しは良い。
トンネルをはさんだカーブ間の距離はゆうに150m以上あり、トンネル内での正面衝突事故はまず考えられない。
また旧善波隧道の事故に関する記事には具体的な事故現場に対する記述にばらつきがある。
「もう死なないで、準一」
あの有名な看板が建てられていた場所から旧トンネル入口まではかなり距離があり、看板近辺で事故が発生したとすれば、旧トンネルよりも現在のトンネルの方が関わりは深いと感じさせられる。
長々と書いたが、結論を言えばネットで拡散している「準一くんトンネル」の記事のほとんどが単なる都市伝説であって、ましてそこで体験したと紹介されてる心霊現象は、勘違いか着色である。
2018/9/6(木) 午前 9:53 [ can***** ]