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ちょっとグロ系ですが、それなりに有名な「宇宙人写真」です。 何故かは知りませんが、マニアの間では「トマトマン」と呼ばれている様です。 1980年に公開された写真で、1948年にメキシコ領内のヌエボ・ラレドとサビナス河の中間地点に墜落した UFOから発見された、焼けこげたヒューマノイドの死体と言う触れ込みです。 この写真は、アメリカの民間UFO研究団体に、米海軍にカメラマンとして勤務していた人物からリーク された写真で、メキシコ政府の依頼によってホワイト・サンズから派遣されたカメラマンが墜落現場で撮 影した39枚のうちの2枚だとされています。 もう一枚はこれ(↓) 投げ出された宇宙人死体。もう少し丁寧に扱ってあげて欲しい…。 元々、メキシコでUFOが墜落したという話は、叔父が墜落した円盤の回収に参加していたという男性と、 その本人(大佐で退役)がUFO研究団体に持ち込んだ話とされます。 「トマトマン」には他にも目撃者がいて、それはテキサス州ダイアス空軍基地に所属するF-94戦闘機のパ イロットでした。このパイロットはワシントン州上空を時速2,000マイル(約3,200Km)で飛行するUFOを 発見し、そのUFOは90度のターンをしてテキサス州上空へと向かったと語りました。UFOは自分の機を飛び 越えて行き、レーダーから消えたそうです。ダイアス空軍基地ではレーダーがUFOを追跡し、国境付近で 墜落したのを確認。目撃者のパイロットは一旦基地に戻ってから同僚パイロットと共に墜落現場に向かい ました。パイロット達が現場に到着すると既に合衆国の兵士が警備についており、円盤は天蓋で覆われて いました。二人はワシントンに呼び出され、事件を口外しない事を宣誓させられました。 そして、この話が流布した後の、1980年の夏に「トマトマン」の写真がアメリカのタブロイド紙に載った のでした。 しかし、宇宙人も、はるばる地球にやって来た挙句に、こんな有様になるとは、浮かばれない話です。 因みに、この写真をよ〜く見ると…。 ↑メガネ…。 ―トマトマンは近眼だったのでしょうか? トマトマンが近眼かどうかは別にして、この事件の真相はと言うと、これが全くのガセでした。 まず「ダイアス空軍基地」などと言う基地は存在しないのです。これはどうやら「ダイス空軍基地」(テ キサス州)の間違えらしいが、それでも当時のダイス空軍基地には滑走路が無く、それができたのは1953 年になってからで、事件当時に戦闘機が離発着できる筈がありません。 しかも、F-94戦闘機が初飛行したのが事件の1年後の1949年7月・運用開始が1950年5月です。 「トマトマン」の写真を調べた空軍博物館は「管のような構造物でできているところからみて、1930年代 か40年代の練習機の残骸とも思える…」と発表されました。 そして、「トマトマン」は飛行機事故で焼死した空軍パイロットである事が明らかにされました。 聞いてみればなぁんだと言うオチですが、この事件はアメリカのUFO業界の流れが「墜落した円盤」に戻 ってきていると言う事の現われで、この後同じく過去の墜落事件が穿り返されて「世紀の大事件」となっ た、あのロズウェル事件へと繋がっていくのです。 ちゃんちゃん。 (参考)『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(カーティス・ピーブルズ著・ダイヤモンド社)
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やはり観光しに来たからよく見ようとメガネ持ってきたんですかね!!by旦那
2008/5/10(土) 午後 0:26
旦那さん、勿論その通りです!!
最近徐々に「宇宙人観光説」が浸透してきて、嬉しい限りです(笑)
2008/5/10(土) 午後 0:44