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1988年の日本版「サイエンス」誌9月号に、水産庁調査船「開洋丸」のUFO遭遇記録が掲載されました。 (永延幹男:調査船「開洋丸」の見た未確認飛行物体) 観測・調査の複数の専門家が目撃証言した科学的記録として、新聞各紙でも採り上げられ、 大反響を呼びました。ご記憶の方も多いかと思います。 事件の「現場」は初代開洋丸。 (1967-1991 2,644総トン 現在は退役し、二代目開洋丸に跡目を譲っています。) 昭和42年に建造され、平成3年に現在の開洋丸と交替するまで、北洋から南氷洋までの世界の 全水域において、漁業調査を実施し、遠洋漁業の発展のため新漁場開発に数々の実績をあげました。 私達が、遠洋漁業で獲ってきた美味しい魚介類を頂けるのも、この船の尽力があればこそです。 さて、事件の概略は次の通りです。 第一次遭遇=1984年12月18日 時間:現地時間で00時10分〜01時35分の間 場所:00時で53度45分8秒S・64度37分0秒W 01時42分で53度25分5秒S・65度00分9秒W 南米大陸南端の東側の大西洋南西部域(フォークランド諸島近海) 目撃者は五人 現象:北方向上空オリオン座付近から右へ動く黄色い光を肉眼で捉える。2等星くらいの輝き。フラフラと飛んで加速したようにスーと飛ぶ。数分間繰り返して南東方向に消える。10分後に再度出現。スピードと方向が一定せずフラフラジグザグと飛ぶ。明るさも変化。約10分間隔で8回出現。全てオリオンザ付近。フラフラと真下へ下降、途中から右(東)方向へ進路を変え、進路変更を起点として、飛行パターンを換え高速度の直線飛行となる。出現方向はほぼ同じだが飛行方向は異なっている。途中で光度を変えた。場所は、この辺り。↓ 第二次遭遇=1986年12月21日 実に細かく正確な記録を簡単に紹介すると、レーダーにタンカー級の巨大な映像が映り、船の回りを2周する。目には見えない。やがて直角ターンして突進してくる。マッハ4で急接近急後退。Vターン、Iターンをする。2個映っていた。一度消えた後、再び現れて突進してくる。ブォーッと言う音とともに通過、レーダーから姿を消し水平線上に卵をつぶしたような光を輝かせた。偽像や電波灯台などの可能性も検討されたがその可能性は極めて低く、「人の目では見つけ切れないレーダー電波を反射する飛行物体が存在していた」と結論された。(引用:日経サイエンス社 サイエンス1988.9月号)場所は、この辺り。↓ 第一次・第二次と分けたのは、この件について書かれたネット上の記事の中に、時期も場所も全く違う 二つの「UFO遭遇事件」が混同し、同時に起ったかの様に誤解している物が散見された為です。 因みに、当事者へのインタビュー動画。 なんとまあ、UFOに好かれる船ですね。 …と、それで終わっては暇人の名が廃ります。 これまた色々調べてみると、ちょっときな臭い話が浮かびあがって来ました。 実は、軍事関係者の間では半ば常識なのですが、各国空・海軍は、公海上の民間船や民間航空機を 標的に様々な訓練を行います。(傍迷惑な話ですが。) 中でも、海洋調査船等の船舶は、高性能のレーダーを持つ為、訓練の標的としては持って来い。 特に日本の船は最新のレーダーを持ち、また、国際政治上非常に弱腰の為、訓練の的としては 正に「人気の的」だそうです。 普通ならば、事前に通告があったり、事後説明があったりするのですが、突然襲い掛かって来て 挨拶も無しという事もしばしばだそうです。 そこで、まず、「第一次遭遇」をしたフォークランド諸島近海。 ここは事件の2年半前(1982年6月)に終結した、「フォークランド紛争」の舞台です。 当時は「イギリス野郎、次はぶっ潰してやる!!」と復讐心に燃えたアルゼンチン空軍が、 日々訓練に明け暮れていた場所。 以下は、2chのハードUFO板で有名になった、エンジェルパスさんの書き込みを纏めた物です。 これのレーダー上の遭遇は、意図的に企てられた誤認っす。 レーダー上に、ゴーストを作り出す電子戦の演習を意図的にやったんす。 また、船上から数人が見たという夜間の光球は、ECM(TO注;レーダー等電子機器の妨害装置) 積んで演習やってた軍用機の灯火っす。 レーダー情報とあいまってUFOに見えただけっす。 そのレーダー情報がECMされたものなんで、光自体はまるっきり軍用機のそれっす。 あれは、(TO注;目撃された光)アルゼンチンの機体っす。 仮想対英軍の訓練ということでっす。 日本の艦船なら問題にもならないだろうというんで標的にされたっす。 これは、アルゼンチン軍の演習っす。 このときは、レーダー目撃という話があまり出ず、船戸さんらの目撃証言だけが取り上げられてまっす。 これは、航海中ゴーストが何回も出てたんで、レーダーの信頼性があまりなく、いつの間にかレーダー目撃はなかったような話になってるんす。 逆に言えば、レーダー上何回も変なのが出てたという話から、UFO連想させるような下地が船の中で出来ていたとも言えるっす。軽い口調ながら、論文を良く読み込んでいます。 ちょうどいいので、1986年12月21日の第2回目の目撃についても触れておくっす。 このときは、目撃がなく、レーダーだけという話になってるっす。 しかし、目撃のちょっと前に、船員が上空を行く飛行機を見てるっす。 これはUFOとは関係のない話と思われて、文献とかでは無視されてるのが多いっす。 けれど、これが実は米軍の航空機であったことがキモっす。 第2回目(TO注;第二次遭遇)は、米軍のECM演習の一つっす。 正確には、マルチプル・ターゲット・ジェネレーター(TO注;多目標発生装置…余計判らないか。)によるディセプション(TO注;欺瞞、欺く)技術演習っす。 これをやる部隊は、たまに硫黄島の自衛隊基地に立ち寄りますっすよ。 それと異常な光(というか旋回行動)は、ジャミング(ECM)しながらミサイルロックをかける演習の一環だったと聞いています。―だそうです。因みに…。 昔、ソビエトの「学術調査船」にジャミング演習やった南米の某国があったんすけど、「学術調査船」とは名ばかりのスパイ船だったもんで、水面下で大問題になったこともあったりしたっす。 日本はそういうスパイ船つーのがほとんどないんで… UFOの正体が、アルゼンチン軍やアメリカ軍だと決まった訳ではありません。 そもそも、「サイエンス」誌の論文にも、これは宇宙人の乗り物だ、とは一言も書かれておりません。 つまりこれは、本来の意味でのUFO(未確認飛行物体)遭遇事件です。 しかし、多方面の専門家の意見を聞く、と言うのは、UFO事件の場合には面白いなあ…と 思った次第です。 この件の場合、客観的な記録がきちんと残されていたからこそ、多方面からの分析も出来る、 と言う意味では、開洋丸の乗組員の方々は、貴重な資料を残してくれたのだと思います。
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