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永田町の国会議事堂と道路の向かいに建つ首相官・公邸。
平成14年4月、近代設備を完備した新首相官邸(↓)が完成しました。
そして、旧官邸を南に約50メートル移動し、総工費約86億円をかけて改修した新公邸(↓)が完成。
平成17年4月です。
新公邸の外観は、旧官邸のままですが、内装は大きく変わり、茶室や掘りごたつのある和室などを新設。
外国からの賓客らの「もてなし空間」として迎賓機能を充実させたそうです。
竣工から72年を経た旧公邸の老朽化と危機管理体制強化等が、新首相官邸・公邸建設の理由ですが、
実は 旧首相官邸・公邸には、昔から幽霊が出るというは話が絶えなかったそうです。
↑旧官邸
旧公邸は、5.15事件、2.26事件と言う二度に渡る凄惨な事件があり、
その後、佐藤栄作首相が入居するまでの約30年間、そこに住む首相の無い「空き家」だったのです。
佐藤首相も就任当初は、世田谷の私邸に住み、そこから毎日、首相官邸へ「通勤」していました。
首相公邸に入ったのは、昭和44年の夏から。昭和39年に首相に就任してますので、最初の任期の間は
官邸に住まなかったんですね。余程に霊を恐れていたのでしょう…。
二期目になって、ようやく佐藤首相は、「魔除けの護符」と霊を避ける為の愛犬を伴って公邸に入居しま
した。
その後、公邸の主となった歴代の首相の元にも霊は現れ続けました。
中曽根康弘首相も、公邸に住んでいましたが、深夜に仏壇の前に座り込みじっと拝んでいることが多々あ
ったと。
日本新党ブームを巻き起こして自民党を破った細川護煕首相は、公邸に住んではいたが、幽霊が出た事
のないと言われている唯一の部屋だけを使用していたそうです。
羽田孜総理もわずかではあったが、公邸で暮らしました。
羽田夫人によれば、公邸に訪ねてきた知人が、中庭で旧帝国陸軍の軍服のようなものを着た軍服姿の幽霊
を見たとういので、恐ろしくなり、お祓いをしたそうです。
某紙への羽田夫人のコメント「霊が見えるという人がいて、おはらいをしていただいた。庭に軍服を着た
人たちがたくさんいるというんです…」
社会党の村山富市首相も、公邸で家族が深夜に幽霊を目撃したと言います。
単身暮らしだった森首相は、辞任時に「幽霊が出る」と後継の小泉元首相にも申し送りをしたほど。
森元首相の体験談は…
平成13年4月25日の夜、午前2時半頃に寝た。
すると寝入りばなに「カチャカチャ」と何か得体のしれない音がするので目が覚めた。
ドアのノブを動かそうとしている音だ。
夢かもしれないと思って、ほっぺたをつねったが、確かに音がしているから夢ではなかった。
一瞬、泥棒ではないかと思ったたが、警備が日本で最高レベルの、厳重きわまりない公邸に忍び込めるはずはないと思い直した。
それでもまだ カチャ カチャ とドアノブを動かし回そうとしているかのような音がする。
もし急用であれば、電話を寝室にまず入れるか、緊急事態であればドアを叩いたりするなど、はっきりわかるように連絡してくるはずだ。
そこで森元首相はとっさに「そこにいるのは誰だ!!」と声を荒げて一喝すると、音はしなくなった。
すぐに明かりをつけ、ドアの鍵を外し、外の廊下に出て見ると、絨毯を「タッタッタッ」と得体の知れない何者かが急いで走り去って行く音が聞こえた。
「これは怪しい!!」と思い、SP(警護官)に問い合わせると、官邸内にはだれも侵入した形跡はないという。
あるいは秘書だったのかもしれないと、念のため調べて見ると、その時間帯にはふたりともぐっすり眠っていたことが確認されたので、秘書ではないことが判明した。
当時元森首相は辞任間近であった。
「得体のしれない幽霊」が最後のご挨拶をしにきたくれたのではないか…。(毎日新聞記者の話)
もともと、旧首相官邸・公邸が建てられた場所は曰くつき。
佐賀鍋島藩の江戸の屋敷があった場所なのです。
鍋島藩といえば、化け猫騒動。
明治以後、その地を受け継いだ鍋島公爵邸が関東大震災で焼失し、跡地に建てられたのが、
旧首相官・公邸なのです。
では、今の首相官邸・公邸はどうなっているか?
福田首相は何故だか公邸への引越しを渋っていた様です。
受け入れ準備はとうに整っていたにも拘らず、昨年9月の就任から4ヶ月も経った今年1月にやっと
引っ越しました。
福田さんも、やっぱり、ビビっていたのでしょうか?
因みに、小泉さんは、就任後とっとと公邸に引越し、クラシックを大音量で楽しんだり、庭で壁当て
に勤しんだりと、快適な独身公邸ライフを送ったそうです…。
首相公邸を引き払う時、小泉さんはマスコミに対して「旧公邸でもそういう話はあったけれど、幽霊に出
会ったことないね。1度会いたいと思ったんだけど」と語りました。
絶対幽霊なんか見ないだろうな、この人は…。
蛇足ですが、旧官邸敷地はどうなったのか?これはヘリポートになった様です。
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