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その看護婦(*)さんは、慌しく動き回る他の看護婦さんやお医者さんを気にする風も無く、ただじっと 処置室の片隅に立っています。 彼は、何となく、ぼんやりと、その看護婦さんを見ていました。 ―彼が気付いた時は、病院の処置室の台上に横たえられていました。 意識ははっきりしていますが、記憶が断片的で、何故自分がここに居るのか、何をされているのかが 解りません。 お医者さんが、名前言える?歳は?この指何本?と、滑稽なくらいに真剣に聞くので、 「Yです、22歳です、3本です」と答えました。 (―原チャリで走ってて…、どうしたんだっけ?俺、事故ったのかなあ?たぶん、そうだろうなあ…) 処置室はてんやわんやで、皆一生懸命自分に手当てをしてくれていますが、痛みも何も感じません。 身体は全く動かない。触られている感触もしません。 何も出来ないので、目線は何時しか片隅に立つ看護婦さんを観察していました。 綺麗な、若い看護婦さんですが、相変わらず無表情で、何もせず突っ立っているだけ。 じっと、自分を見つめています。 おや、と思ったのは、その看護婦さんだけ、他の人と着ている服が違う事。 看護婦さんは皆薄いパステルカラーの服を着ていますが、その看護婦さんは純白の、何となく少し古いデ ザインの看護服を身に着けています。 (―あの人、何をしてるんだろう?他の人も何も言わないし…。) 暫く見ていると、その看護婦さんはぼそぼそと口を動かし始めました。 何と言っているかは聞こえませんが、同じ言葉を繰り返している様です。 そうこうする内、口に酸素マスクの様な物をはめられ、彼の意識は薄らいで行きました。 Yさんは、このブログに良く登場するOさんの前職時代の友人です。 この話も、Oさんから聞きました。 Yさんは、大学時代に、バイトの帰りに原チャリを走らせている時、信号無視の乗用車に出会い頭に跳ね飛ばされ、救急病院に搬送されたそうです。 脳に出血があり、一時は相当危なかったのですが、運ばれた病院にたまたま脳外科手術では有名な先生が居て、難手術の末に一命を取り留めたどころか、後遺症も残らなかったそうです。 Yさんは、長い入院生活の間、ずっとあの看護婦の事が気になっておりました。 (―あの看護婦さんは何て言ってたんだろう。何で一人だけ違う服で、何もせずに立ってたんだろう。) 仲良くなった看護婦さんにその話をしても「意識が朦朧として、幻覚を見たのよ。そんな人、うちの病 院に居ないし」と、まともに取り合って貰えません。 Yさんも次第に、まあ、そうだろうなあ…と思う様になって来ました。 そして、リハビリも順調に進み、いよいよ退院の日。 Yさんは、迎えに来た母親に伴われ、ナース・ステーションに今までのお礼に行きました。 あ、居た。あの人だ…。 笑顔で祝ってくれる看護婦さん達から離れた壁際に、あの日の看護婦さんが立っていました。 無表情で、じっとこちらを見ています。 口はやはり何かを呟く様に動いています。 Yさんが一瞬目を逸らした次の瞬間には、もうその看護婦さんの姿はありませんでした。 母親が運転する車の助手席で、Yさんは想いに耽っておりました。 (さっき見たのも、幻覚なんだろうか?幻覚って、あんなにはっきり見えるものなのか? 服の皺や、胸ポケットに刺したペンもはっきりと見えていた。あれが幻覚だとしたら、俺はまだ 完治していないのでは…?もし、幻覚でないとしたら、あの看護婦さんは…。いや、そんな馬鹿な…) そして、数ヶ月後、すっかり回復したYさんは、以前と変らぬ生活に戻っておりました。 ある日、家の車を借りて友達とドライブに行った帰り道。 夜の国道を、独り家路を急いでいました。 チラ、と助手席に何か白い物を見たYさんが、嫌な予感に襲われながら左をみると… あの、看護婦が、助手席に座り、Yさんを見つめていました。 その時、その看護婦が呟く言葉が、初めてYさんの耳に入りました。看護婦は小声でぶつぶつと、 おいでおいでおいでおいでおいで…と繰り返しておりました。 Yさんは、再び病院にかかる事になりました。 今度は、事故をしたからではありません。 あの夜、看護婦はいつの間にか助手席から消えました。 しかし、それからと言うもの、学校のサークル室やバイト先、自宅の風呂場やベッドサイド…。 所構わずあの看護婦が現れる様になったのです。 通院したのは、精神科の病院でした。 Yさんはノイローゼ寸前まで追い込まれましたが、長い治療の末、ようやく看護婦の姿に怯える事も 無くなりました。しかし、お蔭で留年してしまいましたが。 そんなある日、Yさんが帰宅すると、「今、病院から看護婦さんが来たのよ」と母親が言いました。 「でも、何か変なのよ」と。母親の話では… チャイムが鳴って出てみると、白い看護服を着た綺麗な人が立っていた。〇〇病院から来た、と言う。 以前息子が事故で入院した病院。用件を聞いても、何事かぶつぶつ言うだけで、話がかみ合わない。 電話が鳴ったので、ほんの1分位玄関から引っ込んだら、看護婦は、居なくなっていた。 真昼とは言え、芯からぞっとした…。 「あんたの見た、看護婦の幻覚、あれ、幻覚じゃなかったのかも…」母親の顔は青ざめていました。 その後、「馬鹿馬鹿しいけど、念の為…」と言いながらも、半ば本気で御払いを受けたYさん。 それからは、何事も無く過ごしているそうです。 しかし、やはり時々、あの看護婦の夢を見るそうです。 おいでおいでおいでおいでおいで… (*)今は「看護士」と呼ばれておりますが、当時はまだ「看護婦」と言う呼称が一般的だったため、 記事中の呼称も「看護婦」としました。 だらだらと長く書いてしまいましたが、平たく言えば「看護婦の幽霊に付き纏われた」と言う、良くありがちな話です…。Oさんから聞いた時はムッチャ怖かったんですが…。
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2008年09月17日
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最初は、気付かなかったそうです。 運動会の写真に写った、その5人の人影には。 ある日の休み時間に、家族が撮ってくれた写真を友達同士で持ち寄って、見せ合いっこをするまでは…。 前回もネタを提供してくれた、保険会社のKさん。Kさんが子供の頃のお話です。 Kさん達小学校6年生が、運動会で組体操をした時の写真。 背景に写る校舎の屋上に、5人の男達が立ち、手すりに寄りかかって運動会を見物しています。 よく見ると、5人の男は作業着の様な服を着て、2〜3人は工事現場のヘルメットを被っています。 屋上は、当然立ち入り禁止です。 工事でもしていたのかな?でも、運動会の日に工事なんてしてなかったし、する訳ないよ、と皆で 不思議がり、他の写真も見ましたが、何故か屋上に人影が写っているのはその1枚だけでした。 そこに担任の先生が来たので、「せんせ〜、運動会の日に、学校で工事か何かしてた?」 と聞いてみると、先生は「ン?してないぞ。わざわざ運動会の日に工事なんてする訳ないだろ?」 と、予想通りに答えました。 「でも、これ…」と、その写真を見せると、先生は「う〜ん、これは…。」と頭を掻く。 先生は、不審者が入って来た可能性を心配したのか、「ちょっと、この写真を貸してくれ。他の先生に も聞いてみるから」と、その写真を胸ポケットにしまいました。 後日、その写真はKさんの元へ返却されました。 先生は「たぶん、塗装業者の人が、下見に来たんだろう。もうすぐ、校舎の壁を塗り替えるから…」と、 何となく曖昧な事を言っておりました。 確かに、校舎は古く、そう言う事かと納得。 子供の事ゆえ、既にその写真には興味を失っていたので、それ以上の詮索もしませんでした。 ―さて、Kさんが大学生の頃、その先生が定年退職するので、久々に同窓会が開かれました。 席上、先生が思い出話のついでに、Kさん達にあの写真の事を語り始めました。 「あの時は言わなかったけど、あの写真は俗に言う『心霊写真』かもしれんぞ。 実は、あの日は工事も下見も入っていなくて、職員室でもちょっとした騒ぎになったんだが…。 念の為に屋上を調べても、鍵はしっかりかかったままで、人の入った形跡が全く無くてな。」 Kさん達は忘れかけた話を鮮明に思い出し、唾を飲んで先生の話に聞き入ります。 「―あの校舎、あの棟だけ3階建だろ?他の棟は4階建てなのに。 お前らは知らんだろうが、昔、学校を建設する時には、あそこも当然4階建てにする予定だったが、 4階の工事をしている時に、立て続けに事故が起こったそうだ。それも、常識では考えられない様な 事故が。それで、5人の死者が出て、4階部分の工事は中止されて、結局あそこだけ3階建てになった そうだ…。」 ―では、あの写真に写った5人の人影は…。 家に帰ったKさんは昔のアルバムをひっくり返して探しましたが、何故かあの写真だけが見当たらない。 例の校舎も今では綺麗に立て替えられて、既にこの世から消えてなくなったそうです。
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