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南国の鈴虫

ある、Aさん(ホントにイニシャルがAさんなんです)と言う、お爺さんからお聞きしたお話です。

Aさんは、予てより懇意の、私のお客さんです。



Aさんが、若い頃、戦争にとられ、南の島へ。

大勢の戦友がバタバタと死んでいく中、幸いAさんは天寿を全うする事が許された様です。

戦争が終わって、随分してから、やっとの事で、生きて日本の土を踏む事が出来ました。


戦後、あの戦争を振り替える間もなく、とにかく生きていくのに精一杯だったとAさんは言います。

ついこの間まで、鬼畜と呼んだアメリカのもたらした価値観の下で、良いも悪いも無く、

それに従って生きていくしかなかったそうです。


兎も角、稼ごう。生きていく為に。お金があれば何でも出来る。Aさんは必死に働いたそうです。



現在のAさんは、悠々自適、ご隠居のお大尽です。

身一つで起こした事業が発展し、曾孫位までなら何もせずに食べていける程の資産があるそうです。


しかし、その資産は、Aさんの死後は、一銭も子供達にはいかないそうです。

なぜなら、Aさんの資産は色々な慈善基金や地元の自治体へ寄付される事が決まっているからです。


「そんなんで、息子さんや娘さん達は、納得するんですか?」

不躾な私の質問にも、Aさんは笑って応えます。

「いやあねえ、TOさん。いままで、連中に小遣いひとつ、やった事はないんですよ。

連中は、自分で勝手に勉強して、奨学金を貰って大学行って、アルバイトして…。今も医者やら、教授

やら、主婦やら、勝手にやっておりますよ」と。


「いいひと」を絵に描いて額に入れてルーブル美術館に飾った様なAさんですが、そうなるには

あるきっかけがあったのです。




横浜の焼け跡から這い上がったAさん。

日本人の海外旅行が解禁になる頃には、それなりの立場にいたそうです。

いつかその内、戦争に行くのではなく、観光で海外に行こう。

そう思いつつも、エコノミック・アニマルと化したAさんは仕事一本で、そう言う時間も取りません。


ようやく、同業者の親睦会で海外に行く事になりましたが、行く先が選りによって自分が闘った戦地。

当時既に南国リゾート地となっていた、南の島でした。


行ってみると、余りに様変わりしたその島に、戸惑うばかりだった、とAさんは言います。

(色々なお話をお伺いしましたが、あえてここでは割愛します)



そして、明日の便で帰国する、と言う晩。

独りでホテルの部屋で帰り支度をしていると、ふと、虫の声が耳に入りました。


リー リー リー


 鈴虫の鳴き音でした。


ははあ、この島にも鈴虫がおるんかなあ。しかし、常夏の島に、秋の虫はおらんか。

もしかしたら、この前、わしら日本兵の誰かが持ち込んだのかもしれんなあ。


Aさんは、そんな事を思いながら、はっとしました。


戦時中、この島で知り合った同郷の戦友。ウマが合った。

砲弾の破片を浴びて、自分の腕の中で死んでいった男。

死に際に「家族に、鈴虫になって会いに行く」と言い残して死んだ男。



「お前か!?」 

Aさんは戦友の名を呼びましたが、鈴虫の音は変らず涼しげに鳴り響いていたそうです。



Aさんは、私に言いました。


あんな、南国に鈴虫なんて居る訳ないよねえ。

居たとしても、十何階の部屋だよ。窓を閉めて、クーラー効かせた。聞こえる訳無いよ。

―でも、あの時、鈴虫の声を聞いて、自分が戦争で生き残った意味が判ったんだよ。

死んでいった者が出来なかった事をやる為にね、

私は生き残ったんだと。

戦友が教えてくれたんですよ。

当時の私は、金儲けになるなら、何でもやった。随分、人も泣かせた。

しかし、そんな事をする為に、私は生き残ったのではない。―とね…。

戦友が、鈴虫になって、諭してくれたんだな…と、思いますよ。



その話を聞いた帰り道、先日までの蝉のけたたましい鳴き声に替わって、草むらからは、

涼しげで少し寂しげな、鈴虫の音色が聞こえてきました。

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