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キリストの墓2

さてキリストの墓のお話ですが、この「伝説」は大昔から戸来村に伝わっていた話かと言うと、実は

そうではないのです。


1935年(昭和10年)8月初旬。皇祖皇太神宮を復興し天津教の開祖となった竹内巨麿氏が戸来村を訪れた

折に、2間〜3間の長方形の盛り土を見て、「十来塚」と呼ぶようにと村長に話しました。

その後、巨麿さんは「竹内文書」に「キリストが戸来村にやってきて、そこで没した云々」の記述がある

と主張し、それが「キリストの墓」伝説の始まりであり、全てになりました

それまでは、村には「キリスト終焉の地」の伝説は、何一つ無かったのです。


ちなみに「竹内文書」とは、いわゆる「古史古伝」と言われる古文書の一つ。

「古史古伝」とは、「日本書紀」などの正史とは異なる歴史を伝えるモノとされ、またの名を「超古代文書」。

―だんだん、胡散臭くなって参りました。

「竹内文書」については、多くの体系的な批判がなされており、詳しくは省きますが、早い話が「偽書」

とされております。(古文書のくせに「ニューヨーク」「ヨハネスブルグ」などの現代の地名が出てきた

りします…苦笑)




―さて、どう言う事か、ちょっと詳しく見て行きましょう。


観光開発に熱心に取り組んでいた昭和初期の戸来村村長。

しかし、期待していた十和田湖国立公園の指定地域から、戸来村は外れてしまいます。

取り立てて観光資源らしいものは何もない村。

戸来村出身の画家・烏谷幡山は、村長から何か良い観光PRはないかと相談を受けていた様です。

烏谷幡山と言う人、実は「超古代史マニア」でもあり、知人に酒井勝軍と言う人物がおりました。

この酒井勝軍さんこそ、「日本にもピラミッドがある」と言い始めた、最初の人!!

「日ユ同祖論」(日本人の先祖はユダヤ人だ、また逆に、ユダヤ人の先祖は日本人だ、と言う説。真逆な

話が同時に成立しているのがミソ)にハマって、中東にモーゼの十戒石探索に出掛けた事もある程の怪し

いモノ好きな方です。

烏谷さんは、酒井さんが「比婆山はピラミッドだ」等と言い張っているのを知り、

「ピラミッドなら、ここにもありますよ」と、酒井さんを戸来村に招待します。

案の定、碌な調査もせず、山の形とか、転がっている石等の見た感じだけで「これこそ、日本のピラミッドだ!!」と

認定する酒井さん。

呼ぶ方も呼ぶ方なら、言う方も言う方と言う、どっちもどっちといった、この展開…。

あとは、この石はナントカ石。こっちはカントカ石。と思いつくまま由来を付けて一丁あがり。


―'お寒いですが、これが、「大石神ピラミッド」の曰くです’。

(「太陽のピラミッド」とか言ってたらしいですが、ユダヤは太陽神信仰ではないのですが…?)


しかしこれで、観光客が呼べると喜んだのは、村長さんでしょう。

昭和9年の《東奥日報》には《太古日本、第二のピラミッド発見〜三戸村戸来村に於いて》という烏谷さ

んの手記が掲載されました。


そして、いよいよ真打・竹内巨麿さんがやって来ます。酒井さんに呼ばれて

かねてから天津教だのと言う、巨麿先生の活動に影響を受けていた酒井さんは、巨麿さんとも旧知の仲。

酒井さんの招きで戸来村を訪れた巨麿さんは、竹薮の中に埋もれかけていた「土饅頭」を指し、

これを「十来塚」と呼ぶよう村長に具申します。

その後、自身が発見したと言う例の「竹内文書」の中に、先述のキリスト渡来の話が出ていると主張し、

「十来塚」はキリストの墓であると認定します。

(巨麿さんは、キリストは「イスキリス・クリスマス・福の神」と言う、とてつもなくお目出度い名を名乗っていたと

仰います…。)

自分の指定した場所を自分でキリストの墓だと認定するのですから、随分と手前味噌な話です。

しかも、巨麿さんたら、それ以前にも、日本にはお釈迦様の墓もある、モーセの墓もある、と主張してい

た方です。

この人を放っておけば、日本中が世界の偉人の墓だらけになってしまう。

しかし、恐らくそんな事は露知らなかったであろう戸来村村長以下村民の皆さんは、半信半疑ながらも

「おらが村にも、こんな偉い名所が出来た」と喜んだ事は想像に難くありません。


さらに、この「キリストの墓」を全国に広めたのは、山根キク女史

女史が書いた「光は東方より」(昭和12年)、「キリストは日本で死んでいる」(昭和33年)の両著で、

巨麿さんの主張に学術的補足をします。つまりは、もっともらしい説明をつけたのです。

山根女史の本は共にロングセラーとなり、世に「キリストの墓」の存在を知らしめる事になります

しかし、残念ながら、山根女史も正統なアカデミズムに属する方ではなく、クリスチャンの山根女史は

布教活動を通じて知り合った巨麿さんの説にどっぷりハマった「信者」の一人だったのです…。

山根女史は、真摯に現地を調査し、執筆したのですが、お膳立ては全て上記の皆様が行なっていたので、

結果は目に見えておりました…。


しかも、山根女史は、沢口家当主の彫りの深い風貌をして、「キリストの子孫に間違いない」と迂闊に

もお墨付きを与えてしまいました。恐らく、その場の思いつきか、リップサービスで。

しかし、クリスチャンの女史は「やっぱり、キリストが子供を残すなんておかしい」と考えを戻します

が、その頃にはもう後の祭りで、「キリストはユミ子という女との間に子供をもうけ、長女が沢口家の先

祖の妻となった」などと尾鰭の付きまくった文献が出回っていたのです。

誰がやったか、おおよそ想像はつきますが…)




―と、言う訳で、誇大妄想気味の教祖様とそれをとりまくオカルト・マニアの方々が、青森の片田舎で勝

手におっぱじめた騒動が、「キリストの墓」伝説の顛末だった様です。

(巨麿さんは(文字通りの)確信犯的ですが、村長さんや鳥谷さん、酒井さんや山根女史には、そう悪気

はなかった様な気はしますが…。)



また、「ナニャドヤラ」と言う伝承歌が、ヘブライ語で読めると言う話ですが、これは別に戸来村だけで

歌われている訳ではなく、広く岩手、秋田にまたがって歌われています。

このネタを供給したのが、川守田英二さんという牧師さん。

自ら著した「ヘブル詩歌の研究」と言う本の中で、日本全国にヘブライ語の痕跡が見いだせるとの説を書

き、その一例として、「ナニャドヤラ」を取り上げたのです。

しかも、前書きには「キリスト伝説とは関係ありません」と、思いっきり書いてあるのです…。

考えてみれば、キリストはアラム語を使っていたと言うのが定説なので、ヘブライ語の歌詞が戸来村に

残る訳がないですね。


また、「ダビデの星」の紋様も、日本では「篭目紋」などと呼ばれ、戸来村に限らず各地に分布しており

ます。これは、元々木で籠を編んだ時に出来る紋様を図案化したもので、やはり「魔除け」になるとされ

ています。

(よく身の回りを見ると、手ぬぐいや和服の柄など、あちこちにこのデザインが使われています。)

蛇足ですが、「ダビデの星」は六角形ですが、「ダビデの星」と酷似すると言われる沢口家の家紋は五角

形の星です…。
                            
                            ↓「ダビデの星」
イメージ 1


                            ↓「篭目紋」
イメージ 2

                            ↓「沢口家紋章」
イメージ 3

―これでは、沢口家の紋章はアメリカ軍のマークだ!!と言った方が、近い様に思われます。



しかし、この地とキリスト教が全くの無関係だったかと言うとそうではなく、「当代記」によると

慶長18年(1613)12月、家康が出した禁教令により、翌年2月には、改宗しなかった京都・大坂のキリシ

タン70人余が、津軽流刑に処されたとされます。

当時、重大な政治犯の流刑地であった津軽へ流刑となったキリシタンの中には、高貴な身分の武士も含ま

れており、彼らはいくつかの集落に分かれて居住させられ、弘前藩の監視のもとに置かれた(H・チース

リク編『北方探検記』)そうです。

流刑されたキリシタン達は厳しい環境の中でも信仰を続けたとされ、戸来村に伝わる一風変わった風習

などは、その頃の名残なのかもしれません。

実際、旧戸来村にはクリスチャンが多く、冠婚葬祭をキリスト教式で行う家は珍しくないのです。

その様な土壌もあって、「キリストの墓」が地元の方々に好意的に受け入れられたのだと思います。



―と、まあ、「キリストの墓」は単なる与太話だったにせよ、それを知ったからこそなお行ってみたく

なりました


そう言う意味では、往時の関係者の方々の観光PRにまんまと乗せられている私です。


(蛇足ですが、「キリストの墓」と云われる場所は、世界中あちこちにあるそうです。)

キリストの墓

青森県三戸郡新郷村戸来(へらい)地区。


町村合併前の戸来村という地名の方が通りが良いかも知れません。

ここは、私もかねてから一度は行って見たいと思っている場所です。

なぜなら、ここには、「キリストの墓」があるからなのです。


「日本にキリストの墓がある」と言うお話は、誰でも一度は耳にした事があるのではと思います。

しかし、大抵の場合、「へぇ」「ふ〜ん」で終わってしまい、詳しくは良く判らないままスルーする

のが常ではないかと。


―そこで、将来の戸来探訪の下準備として、少し詳しく調べてみました。


戸来の「伝説」によると…。

ゴルゴタにて磔にされたのは、実はキリストの弟・イスキリで、本物のキリストは密かにシベリア〜アラスカ経由で日本に渡り、八戸へ上陸。
「十来太郎大天空」と名を改め陸奥国 戸来村に移住し「ミユ子」という婦女を娶り三人の女子をもうけ106歳の天寿を全うした。
そうです。 戸来地区に残る「十来塚」と呼ばれる塚は、キリストの墓であり、隣の「十代墓」にはイスキリの耳と聖

母マリアの髪が納めてあるとされます。

また、戸来周辺には、ユダヤ民族との関係を思わせる傍証があります。

〇「戸来」の村名は、「ヘブライ」に由来する。(と言う説がある)
〇現地の伝承歌である「ナニャドヤラ」はヤハゥエを讃えるヘブライ語の歌である。(と言う説がある)
〇近くに「大神山」という古代のピラミッドがある。(と言う説がある)
〇「十来塚」がある土地を代々受け継ぐ旧家(沢口家)の家紋は、ユダヤのシンボル「ダビデの星」と酷似している。
〇魔除けとして、子供の衣類などに「ダビデの星」を縫い付ける風習がある。
〇父親を『アヤ(ダダ)』母親を『アパ(ガガ)』と呼ぶ。これは、「アダム」と「イブ」につながる。
〇子供が生後10ヶ月を経て、初めて戸外に出す時に、子供の額に墨で十字を書く。
〇手足が痺れたとき人差し指にツバをつけて額に十字を三回書くと痺れが直るといわれている。
〇その他諸々。

凄いですね。


―しかし、もし、「キリストの墓」がホンモノで、しかもキリストが子をもうけていたと言うのが事実で

あれば、キリスト教的には、「ダヴィンチ・コード」など足元にも及ばない大大大問題です。

(妙にさらっと「三人の子をもうけ…」等と言っている所がコワイ…)

と、言うより、キリスト教の存在基盤を揺るがす大脅威です。

バチカンは何故この問題を放っているのか?それとも、余りにヤバいネタなので、黙殺しているのか?

(実際、そう言う説もあるようですが…)


もしかしたら私は、大いなる歴史の暗闇に足を踏み入れてしまったのか!?

こんな記事を書いて、闇の暗殺教団か何かに狙われやしないか???

そんな恐怖に襲われつつ、もう少し調べていくと、面白い事が判りました。

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