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話はロンドン塔に戻ります。 ロンドン塔を根城にする数々の幽霊の中でも、ひときわ人々の同情を引くのが「ロンドン塔の二王子」と 呼ばれる幽霊です。 ロンドン塔のあちこち、特にブラッディー・タワーで、しばしば手をつなぐ二人の男の子の幽霊が目撃されます。 また、二人が囁きあう声やじゃれ合う声が聞かれたりもすると云います。 ある人は、ブラッディー・タワーの一室で、白いナイトガウンを着た2人の子供の幽霊が、怯える様にお互いに抱きしめあって、泣いているのを見ました。 思わず手を差し伸べて、二人の幽霊を慰めようとしましたが、二人の幽霊は後ずさりし、壁かけの織物に消え行ってしまったそうです。 この二人の男の子は、エドワード五世と弟のヨーク公リチャードの幽霊だと云われております。 ↑エドワード五世とヨーク公リチャード そう云われるには、それなりの理由がありました。 1483年、国王エドワード4世が没し、息子のエドワード5世が即位。13才でした。 直後に叔父であるリチャードが摂政となりますが、王位の簒奪を企てたリチャードはエドワード5世とヨーク公リチャード(同じ名前が多くてややこしいですね…)兄弟をロンドン塔のブラッディー・タワーに幽閉してしまいます。 その後、議会を動かし、エドワード5世の正統性を否定したリチャードは、リチャード3世として即位。まんまと王位の乗っ取りに成功しました。それから先、二人の王子の消息はようとして知れず、一説によると、リチャード3世に謀殺されたとも云われております…。 ↑リチャード3世。コイツが悪い男でんねん。(ウイークエンダー風) さて、それから200年ほど後の1674年7月。イギリスを揺るがす発見がありました。 2人分の子供の骨がロンドン塔で見つかったのです。 ホワイト・タワーの外階段を取り壊している時、石造階段の土台の下に木櫃が埋まってるのを、職人が見 つけました。開けてみると、中には二体の子供の骨が入っておりました。 時の国王チャールズ二世は、王室付きの外科医に遺骨を調べさせました。 外科医は王子達の骨であると判断を下し、その後、二体の遺骨を納めた大理石の棺が、ウェストミンスタ ー・アベイ内のヘンリー七世礼拝堂に安置される事となりました。 その約260年後(1933年)、国王命により遺骨の調査が再度行われ、歯と頭蓋骨の類似点から、両者は血 縁関係にあるとされました。年齢は、大きな方が12-13歳、小さな方が9-11歳と推定され、また、二人 の死因は窒息死であるとの証拠も発見されました。 (二王子は枕を押し付けられて窒息死したという説がある。) 最近では二体の遺骨を二王子とする事に対する反論もあるそうですが、ここはひとつ、悲劇の王子様達 がようやく安住の地に辿り着いたのだとしておきたいと思います。 蛇足ですが、リチャード3世はヘンパチのおじいさんにあたります。 そして、ボズワースの戦いの最中、味方の裏切りに遭い、憤死しました。 シェイクスピアは、史劇「リチャード三世の悲劇」の中でリチャード三世をくそみそに描写した為、 イングランド王中希代の悪人と言うイメージが世に広がりました。 因果は巡ると言う事でしょうか。 ―と言う訳で、この時代に由来するイギリスの幽霊を数え上げればきりが無いので、この辺に致します。 思うに、世界史的に言えば、百年戦争から薔薇戦争と、長く長く続く戦乱・内乱の時代。 イングランドでは、疲弊した諸侯を抑えて、絶対王政が敷かれていくと言う、変革の時代です。 裏切り、姦計、謀略は当たり前。 その最中に、時代の犠牲になった人々が幽霊となって未だに現れ続けていると言うのは、大変興味深い 事です。 取りも直さず、これは、それだけイギリス人が自国の歴史を大事にしている証左でもあります。 最後に、現地取材を敢行(観光?)して下さったNさんに感謝を込めてこの記事を締めたいと思います。
↑ロンドン塔全景。真ん中の建物がホワイト・タワーです。 |

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