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以前、「虚舟」を記事にした時にご紹介した「兎園小説」。 文化8年、滝沢馬琴が中心となり、当時の文人が集まって、珍談・奇談を毎月一回披露し合う「兎園会」 が開かれました。そこで披露された話をまとめたものです。 「兎園小説」の中には、「虚舟」の他にも面白いお話がたくさん載っておりますが、今日はその中で 一つ、「輪廻転生」のお話をご紹介します。 『変生男子』(第八集 文宝堂記) 文政二年四月の事だといいます。 神田和泉橋通に住む表具屋の楽隠居善八は、旅好きで年中あちこちを旅して回るのが楽しみでした。 一昨年、善八が上方へ旅した時の事。 大阪から大和路を歩いていると、向こうから十五・六歳位の娘が、急ぎ足でやって来ました。どうやら連れもなく、一人きりの様子です。いぶかしく思う善八の目の前で、娘は気絶して倒れてしまいました。 善八の介抱により、娘はやがて意識を戻しました。 善八が、若い女の一人旅の事情を訊ねると、娘はまず礼を言ってから身の上話を始めました。 その言葉によると、かどわかしに遭って大阪へ連れられて行く途中、隙を見て逃げ出して来たが、身も心も疲れ果て、倒れてしまったと言う事でした。 娘は「どうか、家まで送っては頂けないでしょうか」と善八に懇願します。 実家を聞くと、伊勢津の宿(現在の三重県津市)にある紺屋(染物屋)だと言うので、急ぐ旅でもなし、これも何かの縁と、追っ手の来る前に駕籠を仕立てて、伊勢に急ぎました。 実家に着くと、娘はいきさつを両親や家内の者たちに話しました。両親は善八を娘の大恩人としてもてなし、何日も逗留を乞いました。しかし、いつまでも逗留しても切りが無いと、善八は暇乞いをし、江戸へ戻る事にしました。 娘は善八と別れがたく思い、「お礼のため一度は江戸へ行きたい」と両親に願い、いずれ一両年のうちに父親と共に江戸に下りますと、篤くお礼を述べました。 その時娘は「ご縁とご恩を忘れない為に、あなた様の身につけている物を何か一つ頂けませんか」と言いました。善八は、懐の中に入れていた浅草観音のお守りを取り出し「これを差し上げましょう。真心を込めて信心して下さい」と娘に渡しました。 江戸に帰りついたのは翌年の四月でした。家に戻ると、留守中に嫁が男の子を産んでいました。 善八が帰ってきたのは丁度お七夜の祝いの日であったので、善八は大いに喜びますが、息子夫婦は 「この子は毎日少しも泣き止むことは無く、その上左の手を握りしめてどうやっても開くことは無い」と困っております。 話を聞いた善八が膝の上に赤ん坊を乗せてみると、今まで泣いていたのが嘘のようにぴたりと泣き止みました。握りしめていた左手も善八が触れると、何事もなく開きました。しかし、その開いた手に何か持っています。 それは浅草観音のお守りでした。 誰も赤ん坊にお守りを持たせた者はなく、しかも善八がよくこのお守りを見ると、それは伊勢であの娘に渡したお守りと全く同じものでした。 善八は家の者に道中で娘に出会った話を語り、伊勢にも手紙を出しました。六月十四日に届いた返書を早速開いてみると、伊勢の娘は善八と別れてから程なくして病死したと書いてありました。 手紙を読んだ善八は一層不思議に思い、ではこの生まれた男の子はあの娘の生まれ変わりで、これも観音のご利益であろうかと、よりいっそう深く信心したということです。 この話は、善八の嫁に薬を与えた清水の医師福富水老から直接聞いたと、友人の利郷という者が語ったの をそのままに書き出したもの、だそうです。 多少説教臭い話ではありますが、六道輪廻を救済すると言う観音様のお札が「転生」の証拠となっている のが興味深い所です。
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