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当ブログでも、文献に残るUFO・宇宙人の記録(らしき)モノを記事にして参りましたが、世にUFOネタは 尽きまじ。日本に限っても、この手のお話はまだまだございます。 ウソかホントかは兎も角、今回はずらっと挙げてみましょう。 一応、記録として残る最古のものは、「扶桑略記」(平安時代の歴史書)の記述でしょうか。 推古天皇四年の条(596年)に、それっぽい話があります。 法興寺(飛鳥寺の前身)が竣工した折、盛大な供養会が催され、多くの貴人僧侶が列席していた。 突然一筋の紫雲がたなびき、蓮の花の様な天蓋がついた不思議な形のものが 天上より塔上を覆い、また佛堂を覆った。それはやがて、五色の光を放ち、飛び去った。人々はこれはまたとない「瑞祥」だと、合掌して見送った…また同じく「扶桑略記」に、斎明天皇が奇妙なモノを見た、と言う目撃談もあります。 斉明元(655)年の事。空中に竜に乗る者が現れた。姿かたちは唐人に似ており、青い油笠を着ていた。それは、葛城嶺(かつらぎのたけ)から走るように飛び、胆駒山(いこまのやま)に隠れた。午時(うまのとき)になると、住吉の松の上から西へ飛び去って行った。 時の人は、蘇我豊浦大臣(蘇我蝦夷)の霊だと言った。 鎌倉時代のUFOと言えば… 文永8(1227)9月12日。奸計にはまり、相州・江ノ島竜ノ口で斬首されそうになった日蓮上人。 今まさに首を落とされそうになった瞬間、江ノ島の方角から光り輝く物体が現れ、夜の闇が昼間のようになった。恐れ慄いた首切り役人は刀を投げ出しひれ伏した。ちなみに、日蓮上人には他にも幾つか「発光体」にまつわる伝承が残されております。 室町時代には、「応仁記」(室町時代の歴史書。応仁の乱の軍記物。)の「一、乱前御晴之事」にこんな記述が。 寛正6(1465)年9月13日の夜、亥の刻(午後10時頃)に、南西から北東の方角に光り物が飛んだ。天地は鳴動して天地も裂けるかと思われた。浅ましいことであった。 また翌年(1466)、文正と改元された9月13日、同じ時刻に元の方角へ飛び帰ったのは不思議なことであった。天狗流星という物だったということである。これは、当時の人々には、戦乱の予兆として捉えられた様です。 時代は下がって江戸時代。「折々草」(明和8年・建部綾足の随筆集)より… 明和7(1770)年の記録。戌の刻、京の町で丸い火の玉が西の方角から北東にかけて飛び去った。それは白く照る月よりも明るく、多くの人々が目撃した。 そのうちの一人石川謀は、地上から十丈(30m)上空を飛び、菅笠の様な形に見えた言う。 明治時代に入って、「鹿児島各県西南珍聞」(明治10年8月)より。 西南戦争が終りに近づいた頃、夜空に赤色の奇星が輝き、人々はこれを西郷隆盛の化身であろうと噂した。 望遠鏡で覗くと、星の中に西郷の姿が見えたと言う者もいた。 当時の新聞では「これは火星の大接近である」とされていたそうです。 探せば、他にも沢山ありますが、各時代毎に「最もソレっぽい」ものを書き連らねてみました。 昔っから、宇宙人が観光に来ていた証拠です。(それがオチか!?)
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