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海の向うの大リーグでは、一足先に優勝が決定しました。 メジャーの覇者はヤンキース。 そして、シリーズMVPは松井が獲得!! こんなに嬉しい事はありません!! 松井が海を渡って早7年。運悪く、その間ヤンキースはワールド・シリーズ優勝とは無縁でした。 道のりが長かっただけに、松井の喜びもひとしおでしょうし、しかも日本人初のシリーズMVPまで 付いて来たのですから、盆と正月とクリスマスと謝肉祭がいっぺんに来た様なおめでたさです。 (来年の契約も安泰だろうし…) 最近はイチローの陰でいま一つ地味目な感じだった松井ですが、やっぱりスターはいつかは輝くものなん ですね。いや、感服しました。 (巨人も頑張れ〜!!)
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2009年11月05日
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さて、いかにも米軍関係者チックな霊ですから、その辺から当たっていきました。 海軍道路で米軍関係と言えば、当然ながら上瀬谷通信施設に目が行きます。 そこで、上瀬谷通信施設とはナニモノか!?と調べてみると、これが結構剣呑な施設だったのです。 米海軍上瀬谷通信施設(↑)は、朝鮮戦争の最中の1952年、朝鮮民主主義人民共和国、ソ連および中国な どの軍事用電波の傍取・暗号解読を主任務として建設されました。つまり、上瀬谷通信施設は米海軍のス パイ施設だったのです。運用の主体は、アメリカ国家安全保障局(NSA)!! 1960年代後期、日本海での米艦プエブロ号拿捕事件やEC121電子スパイ偵察機撃墜事件などから上瀬谷 基地の存在が注目される様になります。この頃が、スパイ施設として上瀬谷通信施設は最も活発に活動し ていた時期です。 その後1972年の沖縄返還に伴う米軍基地再編により、上瀬谷の電波盗聴部隊の主力は三沢基地(青森県) へ移駐しますが、代わって米第七艦隊のP3C対潜哨戒機部隊(第72機動部隊)司令部が設置されました。 また、1980年代は米海軍の各種の諜報部隊の活動拠点として上瀬谷通信施設は機能する様になります。 つまり、戦後から冷戦期を一貫して、上瀬谷通信施設は極東のアメリカ軍にとって欠かざるべき重要な諜 報拠点だったのです。 さて、例の「黒人の幽霊」は、上瀬谷通信施設の関係者かと言うと、どうやらそうでもないらしいと言う のが私の印象です。 ―と、言うのも、上記の様に諜報活動を主任務とする施設の為守秘が厳しく、通信施設に勤務する米軍関 係者は殆ど施設外には出て来なかったからです。また、上瀬谷通信施設内外で施設関係者が事故その他で 亡くなったと言う記録もありません。 通信施設関係者でなければ、この「黒人の幽霊」は何処から来たのか? 調べて行くと、驚くべき事実が浮上して参りました!! 実は戦後になって、上瀬谷通信施設近辺で2回も米軍機墜落事故が発生していたのです。 最初は、1957(昭和32)年10月20日米空軍のマーチンB-57ジェット爆撃機が (当時は戸塚区の)瀬谷 町7830付近山林に墜落、乗員1名が死亡しています。 マーチンB-57A爆撃機(↑) また、1961(昭和36)年12月27日には、米海軍のA-4D(形式呼称は当時のもの)攻撃機が瀬谷町内の畑地 に墜落しパイロットが死亡しています。 ダグラスA-4B攻撃機(↑) ―何となく、この墜落事故の犠牲者の一人が、「黒人の幽霊」の正体ではないか!? と、私TOは、そんな風に思っています。 これと言って確たる根拠はありませんが。ただ、何となく、です…。 さて、現在の上瀬谷通信施設はと言うと…。 冷戦後は、米軍世界戦略の再編成や、衛星通信などの通信技術の発達などによって、1991年頃から上瀬谷 通信施設の大幅な機能縮小が急激に進み、林立する通信アンテナ類が撤去され始めます。 同時に大規模な部隊の解隊、転出が実行され、1995年10月までに、ほとんどの部隊が上瀬谷通信施設から 姿を消しました。ここで上瀬谷通信施設は電波通信施設としての役割を終えたのです。 そして名称も「通信施設」から「支援施設」へと変更され、 2004年10月18日に、日米合同委員会で日本 への返還の方針が合意されました。 現在では跡地の利用計画が各所で検討されている様です。 私としては、横浜市内ではもう殆ど残っていないあの広大な草原を、夢心地の桜のトンネルを、そして 「黒人さんの幽霊」を、是非現状のまま保全して欲しいと願って止まないのですが…。 |

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瀬谷の「海軍道路」と言うと、地元の人はまず見事な桜並木を思い浮かべると思います。 ここは、横浜でも知る人ぞ知る桜の名所。 春ともなると、約3キロに渡りほぼ真っ直ぐな道沿いに、延々と桜のトンネルが続く様になります。 元はといえば、この一帯には旧日本海軍の補給廠があり、現在の相模鉄道瀬谷駅付近から分岐した輸送用 の軍用鉄道が敷設されていました。戦後、その鉄道が引き剥がされて道路になり、「海軍道路」と呼ばれ る様になったそうです。 その折に平和を祈願して道沿いに植樹されたソメイヨシノが成木となり、現在の桜並木になったのです。 とは言え、海軍道路の東側には米海軍の上瀬谷通信施設の広大な敷地が広がっており、戦争とは全く無縁 になったとは言えない様です。 上瀬谷通信施設の一部は一般に開放されており、広い草地や木立がひろがり、市民の憩いの場となってお ります。私も、よくここに車を停めて仕事をサボって昼寝をしていたものです。(昔の話ですよ。) さて、この海軍道路。昼間は良いのですが、夜ともなると、真っ暗。 左右を草地と農地に挟まれているので、人通りも殆ど無くなってしまいます。 不気味と言えば不気味な雰囲気が漂ったりするのですが、不思議と今まで幽霊話を聞きませんでした。 実は、この辺りは鎌倉時代の古戦場だったりするので、例の「鎧武者」あたりがうろうろしていてもおか しくは無いと思うのですけども。 そんなこんなで別にブログに採り上げる事も無く、今まで来たのですが、今日たまたま雑談をしていた時 に、瀬谷に昔住んでいたと言う人が貴重な情報を寄せてくれました。 「瀬谷の海軍道路には、黒人の幽霊が出るって噂があったよ〜」と!! どこにどういう風に出るのか、具体的な事は知らないそうで、只々そんな話を聞いた事があると言う程度 の話なのですが。 「黒人の幽霊」とはまたバタ臭いと言うか、地域性豊かと言うか、米軍関係臭がプンプンするお話です。 そこで、ちょっと調べてみました。 (意味も無くつづく) [怖い話] ブログ村キーワード [怪談] ブログ村キーワード [心霊スポット] ブログ村キーワード
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「掲示板」にリットリオさんから頂いたコメント2009/11/4(水) ちょっと最近奇妙な体験をしたのでお一つ。 結構長いです。トゥさん、長文づらづらですが聴いてください。 ネット住人のモラルとして嘘偽りなく、おきた事と私の考えのみを記します。 本題の前に、周辺状況を最初に説明しますと。 先月──10月23日の午前深夜のことです。 今回の件とは直接関係ないですが、このとき我が家には、兵庫に住む姉夫婦が泊まりに来ていました。 姉夫婦は猫一匹と、犬一匹を一緒に連れてきています。 私は二階にすみ、二回には私のいる部屋と、母の仕事部屋となっている空き室(このときは姉夫婦が使用)と、物置。そしてその三つをつなぐ階段のある部屋があります。 私の部屋は二つの部屋からなり、中央を半透明プラスチックの大きな扉二つで区切られています。私のべッドは奥の部屋にあります。 部屋へ入るドアは、その区切られた手前の部屋の角にありベッド側からは死角になっていて見えません。 生活が不規則な私は夜なべしたりすることはザラでした。 その日も深夜帯の見たいテレビ見てから、二時ごろ寝ました。 しばらくして自分の体温で熱がこもり寝苦しくなってきて、目が覚めました。 それからうとうとしていると、ふと部屋に何かが入ってくるような気配を感じました。 私はとっさにその入って来た気配が「アレ」ではないかと瞬時に思いました。というのも直後から酷い耳鳴りがしてきて、以前にも似た経験をしたときに耳鳴りがしたからです。 その気配の後、犬を飼っている方なら分かると思いますが、フローリングの床を、犬の爪があたって鳴るあのカチカチという歩行音が、手前の部屋からベッドに向けてしてきます。 そして私のすぐ横でその足音は止まりました。 もう心臓バクバク、耳鳴りでプチパニック。 だが寝たふりしつつまずは落ち着き、自分がレム睡眠状態から意識だけが目覚め、夢と現実がごっちゃになっているケースを考慮。 こういうのは案外、夢であることが多いからです。 目蓋を閉じたままで(目を開けてヘンな物が覗きこんでいたら怖くて、開けられなかった……)、目を上下左右に動かします。そして手に任意に力を入れて感触をチェック。 少し薄目を開けて、周囲の状況をチェック。 間違いなく私は起きていました。 この間も何かか横にいます。 たまに爪のカチという身動きの音もします。 犬飼っている方なら分かると思いますが、犬って横に来た後相手にしてもらえないと寂しそうに周り嗅いだりして少しウロウロしますよね? あの感じです。 しかし幽霊といえばたいがい人間型。 犬? そこで私は我が家の犬か(3匹の犬がいます。一匹はもう本当に年寄りで、よたよた歩きなので二階に来ることは100パーセントありません。もう一匹もよほどのことがない限り二階来ません。もう一匹のイタリアングレーハウンドのやんちゃ娘はよく来ますが、深夜に二階に来るのは不自然)、姉夫婦の家の犬(私はこの犬だと思った)が来たのかも。と考えてみます。 だが私は夜にドアを開けとく事を酷く嫌うので、必ず閉めています(開けとくと怖いからってのもありますが、一緒に住んでいる親とかが、いつの間にか部屋に入ってきたりするとヌッと現れびっくりするから)。 ドアを閉め忘れた?自問してみますが、今横を見て犬がいるかどうか確認する気もおきず、「早く出て行ってくれ」と願いつつ寝たふりを続けました。 しばらくするとまたカチカチという足音を響かせてベッドから離れドアのほうへその足音は消えていきました。 何だったのかと考えているうちに眠ってしまい、朝になっておきた後部屋のドアを確認するとしまっている。 犬がドアを開け閉めして入ってくるわけもないので(我が家の御犬さまも姉夫婦の犬も、そこまでするほど利口じゃありません)、あれが「何か」である確証が得られました。 ただその「何か」が去った後に何だったのかと考えているときに、幾つかの心当たりがありました。 まず、姉は霊感が強く、よく変なものを見ます。 霊感の強い人はよく霊を引き寄せると言います。 事件当日前夜、姉夫婦は我が家に犬猫預けて旅行に行き、帰ってきたところでした。そのときに≪姉が霊を持ってきてしまった説≫です。 そして次はちょうど2年前、私の家の犬が重い病気で亡くなり、火葬の後庭に墓を作り遺骨を入れました。 その≪愛犬の霊が私の部屋に来た説≫です。 朝起きた姉に、「何か旅行で変なもの連れてきたんじゃないか?」と唐突に切り出すと、姉不思議顔。 そこで夜あった事を話すと、案の定ながら「マイリー(死んだ愛犬の名前。ちなみに姉が名付け親。某ファンタジーの戦神の名だw)が来たんじゃない?」と回答する。 やっぱりそう思うか。と。 下に降りてその話を両親にしたが、さして気に止めた様子もない。そもそも私と違い、両親はこの手の話が嫌いだ。 そして庭に出て、愛犬の墓に線香をたいて、「私の部屋に来たか? 最近かまってやらんかったからなぁ。(姉夫婦の犬と我が家の犬が)楽しそうにはしゃいでいたから、うらやましかったのか?」と尋ねながら生前の愛犬の姿を思い出した。 だか、思い出されるのは心臓と肺に悪性腫瘍ができてガリガリに痩せ、苦しそうに喘ぐ姿だった(あまりに哀れでトラウマになった。両親が少しでも長く生かしてあげようと大金かけて延命処置したが、私は今でもそれが彼女(愛犬)にとってよかったことなのか悩む。結局苦しみぬいて死んでしまったのだから。死亡前夜の愛犬の、苦しそうなヒィー!ヒィー!という喘ぎ声が今でも耳から離れない……)。 ただの心霊現象だったら私もこんなに長く書かなかっただろう。ただ「愛犬の霊」と考えるとちょっとしんみりして色々考えてしまった。 以上です。 長文ゴメ。 ついでにすみませんが宣伝。 私の父が、この愛犬の闘病を記録したホムペ作っているのでよろしければ、覗いてくださいな。アドレスはわすりた。「チュン・ケン茶々犬猫の日々」で検索すれば出るはず。今は死んだ愛犬とは関係ない事を書いていますが……。 ちなみに蛇足ですが、愛犬が死んだ時と火葬の時、その日は泣かまいとこらえ涙一つ流しませんでした。ちょうどその日は休日で、次の日仕事に出た時、先輩の職人さんに「休みは何していたの?」と聴かれ、この事を話しているうちに涙ポロリ。しまいには大泣きしてしまい、はたから見れば、先輩の職人さんに怒られて泣いているような感じだったことでしょう。 やはり口に出して思い出すと、感情って制御利かないものですね〜。 「近所の心霊スポット〜『海軍道路・横浜市瀬谷区』に684さんから頂いたコメント2009/11/11 友達が瀬谷なんですが、海軍道路のコンビニに黒人の幽霊がでるって言ってた。そいつのいとこがバイトしてて見たって。ソッコーやめたらしい。 「『甲府事件』リターンズ」にぽちさんから頂いたコメント2009/11/18(水)
この事件は知りませんが、74年の秋頃に鎌倉市の住宅地から、オレンジ色の
葉巻型UFOらしきものを目撃したことがあります。5分以上、空にじっとしてました。今でもあれはなんだったのか気になってます〜。 「バレリーナ型宇宙人」にクリリンさんから頂いたコメント2009/11/26(木)
私が二十代の頃、会社の先輩の姪っ子ちゃん二人が、りかちゃん人形が欲しいと言うので、私の実家から「りかちゃん二つと、ダイニングセットやベッドやハウスや、その他諸々」をダンボールに入れて、私の部屋に送ってもらいました。荷物が届いた時、ふたを開けて見た時はりかちゃんは二つ有りました。一週間後、先輩の家にダンボールごともって行ったのですが、次の日、「りかちゃんが一つしかないから二人で遊べないと姪っ子たちが泣くんだよね」と言われ、りかちゃん大捜索。でも見つからず、他の人形で納得してもらいました。引っ越しの時見つかるだろうと思いましたが、後二回引っ越しましたが出てきませんでした。母は、二つ送ったと言ってますし、私も確かに見てます。当時住んでた部屋、男性の霊の溜まり場だったようで・・・。
何人かの男性の霊に話かけられたり、霊感が強い友達が来ると「カーテン揺れてる」とか「異常に部屋寒い」と言われましたし、極めつけは、ソファーベッドで寝てると足の方から震度二くらいの勢いで揺すられ、はっと起きてもなにもないってのが頻発したので、ソファーを畳からフローリングへと移したら金縛りの連続。有る日、白いきょうかたびらを着た若い男の霊に腕を引っ張られ、体が宙に浮き、飼ってた兎が私の上に飛び乗ってくれて、金縛りから解け難を逃れました。その兎も突然げんかんで亡くなってました。「あの部屋何か有ったんですか?」と大家さんに聞いた所「変なこと言わないでちょうだい」と逆切れされ、以後私をやたらと監視したり嫌みを言ってきたり、態度が一変しましたので、何か有ったとは思いますが、隠されちゃ対応の使用がないです。「花魁淵」にchaaboochanさんから頂いたコメント2009/12/29(火) 最近テレビを見ていてこの場所が相当恐ろしい場所だと知り背筋が凍りました。 10年以上前のことですが、当時付き合っていた夫と勝沼のワイナリーに行った帰りに、奥多摩の方へ抜けて帰ろうと411号を通りました。 もう日がほとんど落ち、外灯も民家もほとんどなく“夜は危ない道だね。”などと助手席で言っていた記憶があります。どの辺りからだったかは不明ですが、とにかく体調良好だったのが急激に具合が悪くなり奥多摩湖付近の辺りでは吐き気と頭痛と寒気に襲われていました。翌日から1ヶ月間にわたり原因不明の発熱、頭痛、体の発疹で入院を しました。結局ウィルス性の風邪では?といわれましたが病名ははっきりしていません。夫には異変はありませんでした。私は金縛りに良くあったり、人ごみで具合が悪くなったりなど憑依体質だと思いなす。 今思えばですが、その場所を通ったのが原因?などと考えてしまいます。そんな曰く付きの場所だと知ってもう2度と通りません。 「後ろの正面」にかっちゃんさんから頂いたコメント2009/12/30 誰もいないのに気配が? そんなの・・・・・会社にいててもけっこうありますよ。。 昔のお台場・・・公園の駐車場から奥の方の暗がり・・・絶対に何かいました。。 異性の友人と「あっちは絶対に行かない」と誓い合った?のを思い出します。 行っていたら・・・・・イってたかもしれません。。。(爆 「後ろの正面」にイレイズさんから頂いたコメント2009/12/30 俺の携帯も…勝手に音楽モードに成って、いつも一緒の音楽が鳴るんですけど… 違う音楽にセットしていても… その時は決まって"人の気配"がするんですよね〜
知ってる人(霊)の気配だから、怖くは無いですが それではまた〜 |

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