|
書いてる私も暇人なら、喋ってるお二人も暇人。ついでに読んでるアナタもお暇人… てな訳で、続きです。 ご隠居;前回はあんまり上手くオチなかったねぇ。 熊さん;そうかい?まあ、このブログ主じゃあ、あんなモンだろうよ。寒いオヤジギャグは得意らしいけどな。あんまり寒くって、地球温暖化に歯止めをかける切り札だって言われてるらしいぜ。 ご隠居;差し詰め歩く小氷河期って処だね。まあ、そんな事より先を急ごう。書き手が眠くならないうちにね。―で、お前さんが言った、「二十五日様」とか「海難法師」とか「七人ミサキ」ってのは、神様じゃなくて怨霊だって話だが。 熊さん;だって、見たら死ぬとかって、そんなんだろ? ご隠居;では、伊豆七島の伝承から行こうかね。「二十五日様」とか「海難法師」とかだ。 まず少々注意しなくてはいけないのは、伊豆七島に伝わる伝承は、伝わるうちに混合されて一つの怨霊譚の様になってしまってるって事だ。つまりは、「悪代官を謀殺した25人の若者が、累が及ぶのを恐れた島々の人達に見捨てられた上に遭難して死んだ。その怨霊が旧暦1月25日にやって来る」ってヤツだ。 しかし、本来「二十五日様」と「海難法師」は別の話なんだ。「海難法師」伝承の起点は大島の泉津であり、それに対して、「二十五日様」は神津島のものなんだ。 「海難法師」は「悪代官を謀殺し、諸島の人々から見棄てられた若者達の怨霊」もしくは「謀殺された悪代官自身の怨霊」なのだが、「二十五日様」は「神々が伊豆の島々を伝わって神津島に来訪し、その後三宅島に渡る」と言うものなんだ。それに呼応して三宅島では、「神津島から渡ってきた神々が三宅島の『ハヨウの平』で鞠遊びをするので、24日は海を、25日は山を見てはいけない」と言われている。 熊さん;ほうほう。なるほど、「二十五日様」ってのは、ご隠居の言う「来訪神」って感じだな。 ご隠居;その通り。神津島では「二十五日様」とは毎年恒例の神事であり、海から渡ってくる来訪神を迎える神聖な儀式なのだよ。実際、神津島では物忌奈命神社の神職が「二十五日様」の深夜、来訪した神を案内して島内の道祖神を回わるそうだ。 ―当然、大島はじめ他の島々でも古来同様な神事が執り行われていたのだろうが、江戸時代に起きたとされる悪代官謀殺の怨霊を鎮めるべく御霊信仰と習合し、「海難法師」へと変化したのではないか。 熊さん;御霊信仰って、怨霊を神様に祀り上げて逆にご利益を貰おうって都合の良い考えの事だな。 ご隠居;そう言っちゃ身も蓋もないがね。まあ、そんな所だ。 どちらにしても、来訪神を迎える神聖な儀式なので、俗世の人間は関与してはいけない。だから当夜は物忌みをして、決して外出はせず、早く床に就くんだ。 特に子供などに物忌みを徹底する為、「見たら死ぬ」とか「物忌みを守らなかった者に災厄が降りかかる」とか、様々な脅し文句がちりばめられていったのだろうね。三宅島では1月25日を別名「首(こうべ)様」と言い、殺された馬の首が24日の夜から島中をうろつき廻り、これに会うとその場で絶命すると言う、空恐ろしい話が伝えられいる。三宅島の子供達が恐怖におののいていた事は想像に難くないねえ。 熊さん;へぇ。馬の首がねえ。胴体はどうしちゃったんだろうね。鍋にされて食われちゃったのかね。 ご隠居;何言ってんだい。1月の話だよ。 熊さん;1月だったら何だってんだい? ご隠居;桜は早すぎます。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 超常現象
- >
- 幽霊、心霊






