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本日も絶好の突撃日和だったので、鎌倉へ行って参りました。定休の水曜が晴れてくれるとホント助かります。
 
で、記事を上げたのはいいのですが、先週突撃したスポットの記事を書いてなかった事に気付き、ああどうしよう
 
まあいいやとなってしまいました。先週は先週で結構面白かったので、早目に上げます。
 
 
ちなみに、縄文レシピのお話は、調べていくうちにハマリまくっていて、記事にまとめきれておりません。
 
そのうち陽の目を見る事もあろうかと存じます。
 
(と言いながら尻切れトンボで消えていった記事が幾つあった事か…)
 
 
しかし、今日の空は綺麗だったなぁ。
 
 
(↓)杉本寺から望む鎌倉の山々。
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そして、犬の散歩中に近所から見た夕焼けの富士山。
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杉本寺のすぐ近くに「鎌倉宮(かまくらぐう)」というお社があります。
 
縁結び・開運のご利益で有名です。
 
明治天皇の勅命により明治2年に創建され、天皇自ら命名された由緒正しき神社です。
 
ついでと言ってはなんですが、ちょっと寄ってみました。
 
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情緒溢れる閑静な住宅街をしばらく歩くと、もう鎌倉宮です。
 
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境内の木々も色づき始めていて、鎌倉宮が紅葉でも有名な事を思い出させてくれました。
 
境内の食堂の方に聞いたところ、11月下旬が見ごろとの事でしたので、その頃また鎌倉散策に来ましょうか…。
 
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鎌倉宮は「大塔宮」とも呼ばれ、大塔宮と言えば後醍醐天皇の第三皇子である護良親王(もりながしんのう、
 
または、もりよししんのう)の事。武芸を好む剛勇の人と伝えられています。
 
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(←)護良親王出陣図
 
護良親王は、比叡山の僧兵や高野山・熊野・吉野の野伏(山に寝起きする修行僧)、悪党を率いて鎌倉倒幕活動を行い、鎌倉幕府が倒れると自ら望んで征夷大将軍・兵部卿となりました。
建武体制下で、気性の激しい護良親王は足利尊氏らと対立します。後醍醐天皇は、尊氏の頭を抑えるために護良親王を征夷大将軍の位につかせて(鎮守府将軍の尊氏よりも上のポスト)武士の頭領としたので、武家政権の再興を目論む尊氏にとって護良親王は目の上のタンコブ、最大のライバルだったのです。
その後、尊氏らの讒言により謀反の罪を着せられた護良親王を後醍醐天皇も庇いきる事が出来ず、尊氏の勢力下にある鎌倉に配流。東光寺の土牢に幽閉された後、殺害されました。
 
 
 
 
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(←)京都大原三千院に伝わる、護良親王のものとさ
 
れる薙刀。ますます京都に行きたくなってくるTO。
 
 
 
 
 
 
 
 
 護良親王は死して怨霊と化し、様々な祟りを成したとされております。太平記では、長い嘴と羽を持つ天狗の姿
 
で現れる護良親王を見る事ができます。いわば、鎌倉における祟り神の代表格が護良親王なのです。
 
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鎌倉宮は護良親王が土牢に幽閉され、殺害された東光寺跡に造営され、その御霊を祀り鎮めております。
 
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(←)護良親王が9ヶ月もの間幽閉されていた
 
土牢。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―ちなみに、食堂の「稲葉うどん」は絶品でした。(600円)
 


 
鎌倉宮から5分ほど歩いた所に、護良親王の墓所があります。
 
ここはもともと理智光寺と号するお寺の跡地(明治元年に廃寺)で、それを記す石碑が残っております。
 
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護良親王は建武2(1335)年、中先代の乱で鎌倉が陥落する
 
どさくさに紛れて、尊氏の弟・直義の命を受けた淵辺義博の手
 
によって殺されました。御歳28歳。
 
 
しかし、勇猛で鳴るお方が只黙って殺される訳もありません。
 
 
太平記の記述によると、護良親王は首を切ろうとする淵辺の刀
 
を口で強く咥え、遂にその刀は折れてしまったと。最後に淵辺
 
は脇差しで護良親王を仕留め、首を切り落としたものの、
 
その首と言ったら死してなお刀を噛み締め、目はあたかも生き
 
 
ているかの如く自分を睨みつけている。恐れをなした淵辺は、首を藪に捨ててしまったそうです。
 
何事も大げさな太平記の中ではありますが、かの将門公もかくやの死にっぷり。
 
祟らない訳がありません。
 
 
その捨て置かれた首を理智光寺の僧が回収して埋葬したのがここなのです。 
 
 
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墓所入り口に建つ石碑。現在、この墓所は宮内庁の管理下に置かれております。襟を正して、御参り致します。
 
しかし、平日とはいえ好天の鎌倉を散策する観光客は多かったのですが、こちらにはひと気がありません…。
 
それも当然。まずもって鎌倉観光のガイドブックには載っていない筈ですから。
 
 
―さて、墓所に入ると、ひたすら長い石段が、深い森の中へと伸びています。
 
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もう既に、この時点で、登って来んじゃねえよ系のメッセージをひしひしと感じる取材班。
 
しかしこれが単なる観光なら引き返しも出来るのですが、オカルトブログ主催者の辛いところって奴で、
 
事こうなれば、敢えて行くしかございません。
 
 
と、思った途端に、石段の脇に曰くありげな井戸を発見。やめてケロ。
 
ぜぜぜ絶対に夜は来ないぞ!!と心に誓う取材班。
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よっしゃ行くでぇ!!―と気合を入れて石段を登り始めますが…。
 
その気合も数秒で萎える。何故なら―
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明らかに、この森の空気は外とは違う!!
 
鈍感0感の取材班にもそう思わせる、この圧力!!
 
荘厳ながらもほの暗い空間がこの身を圧し包む…様な感じです。
 
静かでいいなあ…なんて呑気に思っていたのは最初だけ。
 
真っ昼間なのにもかかわらず、独りで入ってきた事を後悔しました。
 
杉本寺とそう離れていないのに、同じ様な森で何故こうも空気感が違うのか?
 
ついつい、何度も後ろを振り返ってしまいました。
 
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この重い雰囲気が、画像で伝わるでしょうか…?
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心と足がいいかげん疲れてきた頃、やっと石段が途絶えました。 
 
(あと30秒石段が続けば、後も見ずに逃げ帰っていた事でしょう。)
 
さあ、いよいよ、護良親王の墓前に来てしまったのです。
 
これから上は陵墓の為、立ち入る事は出来ません。
 
立ち入り禁止でなくても、立ち入る勇気は取材班には毛ほどもございませんが。
 
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闖入者を無言で見下ろす護良親王(の墓)…。
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ああ早くこの場から脱したい!!
 
そう思いながらも、反面しばらくここに佇んでいたい。
 
そんな不思議な空間に身を晒してしまった取材班。
 
それはもう、渾身の力で精一杯、心をこめて、誠心誠意拝みました。
 
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さようなら、有難うございましたと逃げ帰る取材班。
 
 
石段を早足で降りる取材班の脳裏には何故か、”お供えしている菊の花って誰が替えてるんだろう?宮内庁の
 
外郭団体かなんかが、その辺の花屋さんに丸投げしてるのだろうか?これって、「仕分け」られちゃったりするの
 
かな?そう言えば蓮舫ってREMPOって書くとREMBOみたいでカッコイイのにな”などと、この場合どうでもよく
 
って世知辛くも馬鹿ばかしい思考が渦巻いたりするのでした。
 

 
 中先代の乱が尊氏によって鎮圧され、護良親王殺害が露見すると、尊氏と後醍醐天皇の対立が決定的にな
 
り、建武の新政は挫折。天皇の命を受けた新田義貞が尊氏討伐に乗り出します。箱根竹ノ下で両雄がぶつか
 
り、ここから時代は南北朝の動乱に入っていきます。

 
太平記には、南北朝動乱期において護良親王の怨霊は、やはり同じく怨霊と化した後醍醐天皇や新田義貞と共
 
に、楠正成を裏で操っていたと言うような事が書かれています。余程尊氏らに対する恨みが強かったのでしょう。
 
自らの非業の死をもって南北朝動乱のきっかけとなった護良親王。天狗道に堕ちた者は、日に三度熱い鉄を呑
 
む苦役を強いられる代わりに、世に戦乱をもたらす神通力を発揮すと言われております。動乱の中で足利一
 
族が分裂し身内同士で殺し合いを繰り広げたのも護良親王らの祟りと見做され、怨霊譚が後世に語り継がれ
 
たのです…。
 
 
最後に、ケを落とす為に、ハレの画像を…。 (洒落てる場合かっつーの)
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こちらも、お化けが出ると言う話を聞かないので「番外編」としましたが、はっきり言って、お化けの一つや二つな
 
どモノの数ではないと思わせる、圧倒的な雰囲気(霊気?)を感じさせられる場所でした。
 
私にとって、以前訪問した高時腹切りやぐら【記事はこちら】と双璧を成す「鎌倉最怖スポット」になりました。
 
この場合の「怖」は、畏怖の「怖」である事は言うまでもありません。
 

 
 
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(←)鎌倉って、いいなあと、今更ながらに思いました。
 
 
 
 
波乗り娘さんから頂いたコメントに触発されて、行ってきました。
 
今回の訪問地は鎌倉市二階堂にある「杉本寺」です。
 
 


 
杉本寺は、鎌倉最古の寺と云われ、734(天平6)年に行基が創建したと伝えられております。鎌倉開幕より450
 
年以上前に建てられた古刹です。関東を歩いていた行基が鎌倉に至り、大蔵の山中で「ここに観音様を置こう」
 
と発起し、自らが彫り上げた十一面観音を安置した事にはじまります。
 
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金沢街道に面する参道には「十一面杉本観音」の白いのぼりがたっています。
 
車通りの多い金沢街道から一歩山内に入ると、染み入る様に静かな空間が広がります。
 
空は青く、濃い緑のそこかしこには色づいた木々が。
 
なんて気持ちの良い場所なのでしょう。(あれ?)
 
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石段を登ると茅葺の仁王門が建っております。いかにも「鎌倉最古」チックな雰囲気が漂っておりますが、この山
 
門は江戸時代の享保年間の築だそうで、鎌倉にしてみれば比較的新しいものと言えるでしょう。
 
仁王門には当然仁王様の像が。お馴染み「阿吽」のポーズをキメています。運慶作とも云われているようです
 
が、実はこちらも山門と一緒に造られた可能性が高いのでは?などと思いつつ境内へ。
 
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門をくぐると右手に大蔵弁財天を祀る祠があり、小さいながらも弁天池もありました。イメージ 10
 夜きたら、何か出そう。
 
 
正面に伸びる本道への石段は現在は立ち入り禁止。角が磨り減り、苔むしており、このお寺の長い歴史を感じ
 
させます。この階段が、杉本寺の大きな見どころの一つでしょう。
 
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脇の石段を登っていくと、やはり茅葺の本堂が現れます。
 
鎌倉の歴史を1300年のあいだ見続けてきた風格を感じさせる佇まい。(このお堂も創建当時に建てられたもので
 
はありませんが、まあいいって事で。)
 
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堂内にはご本尊である十一面観音や毘沙門天、不動明王、地蔵菩薩におびんずる様などなど、多くの仏像が
 
安置されておりました。靴を脱いでお堂の中にあがることが出来、仏像を間近で拝む事ができるのもおススメポ
 
イントです。
 
こちらの十一面観音には数々の霊験が伝わっており、その代表例がこんなお話。
 
文治5(1189)年のこと、隣家の失火のため、全山が炎に包まれた。時の住職浄台法師は、本尊を救い出すため、本堂に入ろうとしたところ、呼び止める声が背後から聞こえた。振り返ってみると、大杉の根元に三体の観音が光明を放って立っていた。歓喜した法師は、後に堂宇を再建。それ以降、杉本の観音と呼ばれるようになったという。 
 


 
さて、波乗り娘さんが杉本寺の境内で異質な空気をお感じになるのも無理はないと言うか、それなりの曰くがこ
 
の場所にはあるのです。
 
 
このお寺の背後の山中には、その昔「杉本城」と呼ばれた山城があったそうです。
 
杉本城は1333年に鎌倉幕府が滅亡した後の、南北朝初期(1337年)に、足利一族の斯波家長が築いたもの考
 
えられております。鎌倉府執事を務めた家長は、奥州から鎌倉に攻め入った南朝側の北畠顕家の大軍に圧さ
 
れ、杉本城に篭るも敵わず、この地で自害して果てました。
 
あわせて、家長の家臣達も自刃。その数300人とも云われております。
 
 
本堂の脇には、無数の五輪塔が並んでおり、これは杉本城で滅んだ斯波一族の供養塔だと考えられています。
イメージ 14
 
これらの五輪塔は、それぞれ周囲のやぐら(当時のお墓)に祀られていたのがやがて埋没・流出し、それが集め
 
られてこの地に祀られたものだそうです。
 
イメージ 3
 
波乗り娘さんは、もしかしたら斯波一族の無念を、600年の時を越えてお感じになったのかもしれません…。
 
杉本城があった裏山には、現在は立ち入ることが出来ませんが、耳を澄ますと往時のもののふ達の鬨の声が
 
聞こえる様な気がしました。
 
イメージ 4
 


 
さて、杉本寺の木々の間からは素晴らしい眺望が。
 
この上なく天気が良かったので、遠く富士山も望むことが出来ました。
 
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清清しい秋の空気を満喫し、取材班は杉本寺を後にするのでした…。
 
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しかし、「十一面杉本観音」の白のぼりがやや多すぎる様な…。
 
せめて本堂のまわりにこれが無ければ、もっともっと静謐感が漂う様な気がするのですが…。
 


 
 
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(←)杉本寺にお化けが出ると言う噂も無い様なので、「番外編」と致しました。
 
杉本寺は、鎌倉観光には外せない場所だと思います。
 
 
 
 
 
 

せびろのにおい

先日聞いた話ですが、話してくれたのは、久しぶりに会った女友達。
 
妙齢のご婦人(言い換えれば、単なるおばさ…いや、言い換えません。このブログを教えてしまったので、たぶ
 
ん読んでるから)です。
 
わーかった判った。怒るな怒るな。
 
えーごほんごほん。40がらみとは言え、美くしき人妻のノンから聞いた話です。
 


 
ノンが小学生の頃、お父さんを亡くしたとは知っていましたが、つい先日、彼女はお父さんに会ったそうなんで
 
す。この間、実家に帰った時、子供を連れて買い物に行った帰り、中年の男性とすれ違ったそうなのですが、そ
 
れがお父さんだったと。
 
 
そろそろ陽もつるべ落としで、かろうじて残る空気の明るさに夜闇がないまぜになってくる夕方。
 
 
だって、前から歩いて来る人なんていなかったのに、ふっと、背広着たおじさんとすれ違ったのよ。あれ?と思っ
 
て振り返っても誰もいないし。おかしいなぁと思ったんだけど、今の人、お父さんだったってすぐ気づいたのよ。
 
だって、お父さんの背広の匂いがしたんだもん…。
 
 
夕暮れに染まる住宅街に、樟脳の香りがそこはかとなく漂っていたそうです。
 
 
それは、ノンにとって忘れる事などできない、会社から帰ってきたらまず真っ先にノンを抱き上げてくれたお父さ
 
んの背広の匂いだったのだそうです。
 
イメージ 1
 
 
お父さんの顔なんて、写真でしか憶えてないのに、匂いって、憶えてるのよね〜。
 
と、ノンは泣きそうな顔して微笑んでました。
 
 


 
樟脳(しょうのう)とは、私の子供の頃には必ず洋服の防虫剤として衣装棚とか箪笥に入ってた奴です。
 
昭和のお父さん達の匂いって、樟脳と仁丹とタバコと酒でした。
 


 
イメージ 2(←) 夕焼けに 小さくなる くせのある歩き方 ずっと手をふり続けていたいひと…
 
(松任谷由美 作詞作曲 『ダンデライオン〜遅咲きのたんぽぽ)
 
 
「メッセージ」にまさやんさんから頂いたコメント2010年09月04日
 
こんばんは、いつも楽しみに読ませていただいております。
あれは、私が、まだ大学浪人中の夏でした。
予備校から夕方に自宅に帰ると
玄関に奇妙な光景が...​
「​あ、なにかあったな」っと...​
母に話を聞いてみると
昼過ぎに見知らぬお婆さんが家を訪ねてきたと...​
「​通りすがりのものですが、ちょっと気になりましたので」っていう具合でして
お婆さんが仰るには
我が家の屋根裏に日本人形があって
その人形が、飾られていないので怒っていると...​
このままにしておくと、この家に必ず災いが起きますから
ご供養されたほうがよろしいと...​
そんなことを伝えて立ち去られた次第でして...​
心当たりのある母が、早速屋根裏に上がりまして
(屋根裏を収納階段をつけて倉庫にしていたのです)
​まあ、ガラスケースに入った日本人形が、あるわけなんですが
ケースを開けて、日本人形を手にしたとたんに...​
人形の髪の毛が、バサっと抜け落ちてしまったそうです...​
母は、思わず手を離したそうです。
​そんなことで玄関には、お寺に持っていく前の
バラバラに抜けた髪と人形が置いてあったのです。
 
 
「メッセージ」にkikyoubarasumireさんから頂いたコメント2010年10月20日
 
TOさんの記事を読んでいて、そういえば自分も怖い目にあったことあったっけ!と思い出しました!!

もう20年位前(あっという間ですね)になるので周囲もずいぶん変わってしまったと思いますが、それは、天現寺の交差点から近い、首都高2号目黒線のトンネルの入り口付近なんです。
​その頃若かりし私は走りにはまっていて、毎日仕事帰りに走って寮まで帰っていたのですが、その日はおしゃれな麻布から恵比寿エリアをルートに選んでおいしそうなビストロを横目で見ながら(涎をたらしながら)とろとろと走っていました。天現寺の交差点を目黒方面に曲がり、外苑西通りが左方向にカーブしているところをそっちには行かず、右に曲がる道を探しながら走っていたら、突然背中の毛がまるでネコになったかのごとく総立ちになりました。え、なんで?と思いつつも背中がものすごい勢いでゾゾーっとするので、これはなんかわからないけど大変だと思って、それまでの人生の中で後にも先にも無いくらいのスピードで細い坂道を駆け上がりました。それでもかなり長い間背中の毛は逆立ったままで、息も相当あがっていたのだけど、坂を上りきって、山手線が見えてくるくらいまでゾッとしたままでした。さすがに100​メートル位した頃には背中の毛も落ちてきたのでそこから先は歩いて帰りましたが、後にも先にもあんなに毛が逆立ったのは一度きりでした。あの時はものすごく怖かったです。
​その後、テレビの心霊番組で故池田貴族氏がそこはかなり強烈な心霊スポットで、トンネルの直前の信号には青いシャツを着た青年とおばあちゃんがいつもいるんだと話していてものすごく納得しました。
​多分そこは今でも心霊スポットだと思うので一度行ってみてもらえますか?
ほとんど霊感の無い私でもばっちり感じたくらいなので、TO​さんの鶴亀2号でもばっちり何か写るかもしれません。
​この下のHPにもここの話がでていました。やっぱりすごいところみたいですね。
​htt​p:/​/ha​kub​un.​ddo​.jp​/~s​oph​ia/​ug/​fan​tas​y/f​26.​htm​l
​htt​p:/​/mu​syo​ku.​com​/bb​s/v​iew​/10​918​022​65/​all​.ht​ml

ちなみに私はその後は日が落ちたら絶対に行きません。車で仕方なくそこをはしるときは、気合を入れてとおるようにしていました。
​では、ご参考まで。
 
 
 
「近所の心霊スポット〜『暗闇坂・横浜市西区』」に波乗り娘さんから頂いたコメント2010/11/17(水)
 
池袋と並んで、都市のなかで横浜は最もお化けさんとの遭遇率が高いんですよ〜自分的には↓
友達が一人暮らしを始めたマンションに一度だけ遊びに行ったことがあるんですけど(場所は長者町かその周辺)友達がコンビニに行ってる間、私は一人リビングに残ってました。すると寝室の方から音楽が大音響で流れてきたので、うるさい何だろう、と思いながらも何故か寝室のドアを開けて確かめる気にはなれませんでした。その音楽とは軍艦マーチで、とつぜん音楽が止まったかと思うと、カキ〜ン、カキ〜ンと金属と金属をぶつけ合う音に変わりました(私はそれを刀の音とイメージしました)。その後またマーチが流れ、止まったかと思うとすぐに例の金属音。寝室の窓が開いてて外から漏れてきてるのだと自分を納得させて、帰ってきた友達に報告しました。すると友達も寝てる時に午前2時を過ぎると、クローゼットの方からサーベルを持った軍人の姿が現れるので最近はリビングで寝てると言ってました。こんな爆音で大々的にアピールしてくる霊も珍しいです…(-"-;)
 
 
 
「メッセージ」にまさやんさんから頂いたコメント2010/11/20(土)
 
載せていただいて、ありがとうございます。

​つづいて今は亡き大正生まれの祖母から聞いた話です。

​私の実家は、京都で呉服問屋を営んでおりました。
時は、昭和の十年代の終わり頃
祖父が、長男のKちゃんを連れて
仕事で新潟まで出かけていたそうです。

​夏の暑い時期だったそうで
祖父は、Kちゃんにアイスクリンを買ってあげたらしく
それが原因かどうかはわかりませんが、
K​ちゃんは急に具合が悪くなり
出張先で入院してすぐに亡くなってしまいました。
(​腸チフスか赤痢やったらしく)

​あまりにも突然の訃報の連絡をうけて
悲嘆のどん底にいた祖母に京都の本家から連絡が...​

「​さっき、Kちゃんが家を訪ねてきてね。一人で遊びに来たの?って聞いたら、何も言わずに仏間に入っていったのよ。で、仏間で消えてしまった...​」っとな

「​新潟から京都まで一人で帰ってきたんだなぁ」っと
祖母が、お茶を飲みながらぼそりと話してくれました。

 
「水子は祟るか?」に波乗り娘さんから頂いたコメント2010/11/24(水)
 
ウ〜ンp(´⌒`q)水を差すようですが、前に職場絡みで妙な事があったので、報告を.。〇

(長文でスイマセン)うちのチームに中途採用で加わったS君の歓迎会を開くために、私の友達が店長を務めているダイニングバーに初めて皆を連れて行きました。

酒が入って和気あいあいモードになってきた頃、Kちゃん(女性)がトイレに立ちました。すると、新人のS君が、酔っ払っい顔で「あの人、腰回りに3人の水子がついててマズいっスよ〜。早く祈祷してもらったほうがいいっス、お母さんと一緒に行くべきっスよ!」

…その場が固まったのは言うまでもありません。先輩が、お母さんと一緒なのはどうして?と聞くと、お母さんも同じことを過去にしてきているからと…。トイレから戻ってきたKちゃんは、一変した場の雰囲気を察知して、一番トシの近いわたしに「何があったの?」としつこく問い詰めてきました。するとKYな新人S君が、「彼女のために絶対言ったほうがいいっスよ!」と促してきます(←オメーが言えよっ!)そのうちわたしのほうがKちゃんに攻められる感じになってきたので、仕方なく話しました…すると
¡­饢\¤\³\ó 
¡­饢\¤\³\ó
(続きです)彼女は、「どこにお祓いにいけばいいの?3人の子に恨まれてるのかな?」と半泣き状態になりました。会社の誰にも話したことはないが、100パーS君の言うとおりなのだと…。
S君によれば、水子は人を恨む感情はもってない。ただ母を好きっていう執着があるから成仏を選んでないだけ。という理屈にみんな妙に納得してたけど、私は合点がいかない…確かにS君は第六感が優れていると思うけど、映像や水子の気持ちなんてのは本人のイマジネーションがつくりだしたんじゃない?ちょっと霊感が強い人にありがちな。
ところが、トイレに立ったS君、戻ってくる途中で店長となにやら話しこんでた。後で店長に聞いたら、「あの客(S)トイレに30ぐらいの首吊り男が見えたって言うんだよ、確かにうちの店が入る前、居酒屋だったんだけど若い男の店長がトイレで首吊ったからね〜」…絶句(∋_∈)

この傍迷惑な新人君は持病があったため、程なく退職しました…ちゃんちゃんっ。
 
 
 
「メッセージ」にまやさんから頂いたコメント2010/11/25(木)
 
(前略)
あ​れは、昭和の終わりごろ
阪神タイガースが何十年ぶりかに優勝した年のことだったと思います。

​夢の中で、家の近所を歩いているんです。
時間帯は夜の設定のようで暗い道に街燈がともってました。

​幼稚園のころから、いつも遊んでいたF君の家の前にくると
どうやら不幸があったらしく、お通夜のようです。

​誰が、お亡くなりになったのかなっと思って
通りながら家の中をのぞくと、
花に囲まれたF君のおじいさんの遺影写真が...​

次​の日の朝食の時に母と祖母に
「F​君とこのおじいさんのお葬式の夢みたよ」っというと
祖母と母から、「縁起でもないこと言うもんやないよ」っと窘められました。

​F君とは幼稚園から小学校のあいだ、いつも仲良く遊んでいたのです。
F​君のおじいさんというのは、いつも家におられて
F君におもちゃを買ってあげる時に同じおもちゃを
必ず私にもくださってたりしてたんですね。

​中学に入ってからは、喧嘩したわけではないのですが、
なぜか疎遠になってしまって。

​その翌週ぐらいやったと思います。
夜に家に帰る途中でF君の家の前を通ると、お葬式が...​

中をのぞいても、遺影写真は見えませんでした。
ご近所様にはふせておられていたそうですが、
やっぱりおじいさんは一か月前に入院されてたらしく。

​祖母と母が、「虫の知らせやね...​」っと...​

いまから思えば、F君にもF君のおじいさんにも

わたしはずいぶん不義理なことをやってしまって申し訳なかった。

​元気でやっているかな、F君
 
 
「王家の谷奇聞」にクリリンさんから頂いたコメント2010/11/27(土)
 
とぅーさんの旅日記じゃないんですか
昨日オカルト的朗報が入りました。主人の治療院にいらしたお客さん、以前私が出入りしていたよく出たホテルを去年退職なさった方なのですが「あそこはほんと出るんだよねぇ」と言っていたそうで。こちらに書いたかどうか忘れましたが、私6階の客室ろうかで自殺なさったばかりの方の幽霊様と遭遇しておりまして、私だけではなくたくさんの従業員や泊まり客から「6階のろうかに幽霊がいるー」とその晩フロントに連絡きまくった、白い服の長い髪の若い女性なんですがね。今でもちょくちょくお出になってるそうです。不思議なもんでお亡くなりになったばかりの方って肉体的実体感というか質量があって私は酔っぱらいがうろついてんだと思い後ろすり抜けて通ったくらいにして。おきくの皿のおきくさんなら週休二日性なのでしょうけどこの方はけっこう働き者らしいです。 つづく
 
後、「昔6階7階に仮眠室があったんだけど中はおふだだらけ。入った瞬間誰か居るのが分かるんだよね。心霊現象が酷くてさ塩盛ったりおはらいしたけどなにやってもだめだったわ」と言ったそうですが、私が入った20数年前は仮眠室は地下にありました。ビルは建て替えてないので構造から考えると改装して客室になってるとしか?「だから6階7階によく出たんだぁ」と今更にして納得。自分なりに調べたんですが土地には曰くは無いようです。お客さんがどこからか連れてきて置いていく。ようです。この間タクシーの裏話をよんだのですが「仮眠室で寝てると知らんうちにホモの同僚に股間を・・・される」という恐怖体験が載ってました。男性はどちらの方がより怖いんでしょうかねぇ
 
 

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