日本のコンタクティー第二弾は、オールド・ファンの間では有名なこの事件です。
北海道北見市仁頃に住む純朴な青年が、突如現れたUFOに連れ込まれたと言う驚愕の事件。
(少なくとも、子供の頃の私には驚愕の事件でした。あの頃は、「甲府事件」「介良事件」と並ぶ「日本三大UFO
事件」などと呼ばれていた様な…。)
地名をとって「仁頃事件」と呼ばれております。
日本宇宙現象研究会(JSPS)の会誌『未確認飛行物体』の号外版(1974年7月)に日本空飛ぶ円盤研究会会
長・荒井欣一氏が記事を書いていらっしゃいますので、そちらをネタ元に…。
事件のあらましは、「北海道北見市仁頃に住む藤原由浩さん(当時28)が2人の宇宙人によって強引に空飛ぶ円
盤に連れ込まれ、その後テレパシーで宇宙人と連絡がとれる様になり、数回にわたって空飛ぶ円盤に搭乗した」
と言うもの。宇宙人は身長が1mほどで、ガマ蛙みたいにヌラヌラとした気味の悪い生物だったそうです。
真夜中に不気味な宇宙人が自分を連れ去りに来る…
このイメージは、私も含めた当時の子供達に非常な恐怖を植えつけたものです。
(↓)福島県飯野UFOふれあい館所蔵の藤原さんが描いた宇宙人のイラスト。
藤原青年は、母親と共に農業を営む純朴な青年で、特にSFや空飛ぶ円盤には興味がなかったそうです。
藤原青年が昭和49(1974)年4月6日午前3時頃、玄関を叩く音に目が覚め、服を着替えて表に出たところ、身長1
m程の小人が立っており、近くの畑の上に直径8m高さ1.5m程のオレンジ色に輝く円盤が浮かんでいました。
藤原青年が恐ろしさに逃げ出そうとした所、突然足元から熱風が吹き上がり、あっという間に円盤に吸い上げら
れてしまいました。間もなく着陸した円盤から飛び降り、近所の民家に助けを求めて飛び込みました。
そしてその日の夕方、藤原青年の耳が熱くなり、指先が震えだし、その指でスプーンに触るとグニャリと曲がって
しまう超能力を発揮し、その後はテレパシーで宇宙人と交信出来る様になりました。
4月8日午後6時半頃、藤原青年は宇宙人からのテレパシーにより会見場所を指定され、友人2人と現地に向か
い、途中から一人で山中に入り、再び空飛ぶ円盤に吸い上げられました。今回は多少精神的な余裕もあり、円
盤の内部を観察する事ができました。
この時は月を1周、地球を2周し、午後8時頃に意識不明の昏睡状態で雪の上に投げ出されました。
3回目の搭乗は4月13日。飛行時間は前回よりも長く、暗黒の世界へ連れて行かれました。宇宙人によるとそこ
は木星で、昔は空気もあり動物も住んでいたそうです。藤原青年はフワフワしたゴムの様な服を着せられ、宇宙
人とホースの様なもので結ばれて木星に降り立ちました。そして、宇宙人に頼んで、証拠として木星の岩石のか
けらを貰いました…。
(←)藤原青年が宇宙人におねだりして貰った
「木星の岩石」。ついでに小惑星イトカワの砂も持ってきてくれないかしら。
荒井氏は、「仁頃事件」は、本人の主張をある程度バックアップする「証拠」があると言う点が、従来のコンタクト
事件との相違点だと指摘しています。
「証拠」として挙げられるのは以下のもの。
①藤原青年が最初にコンタクトした4月8日のほぼ同時刻、近所に住む中学3年生の藤田美幸さんが月より数倍明るい光が窓外にあるので目が覚めた。ただし、恐くて外は見なかった。
②藤原青年の「スプーン曲げ」には複数の目撃者がいる。
③2回目のコンタクトの時、単独で山に入った藤原青年を捜索した一行が、丘の上の断崖の所で藤原青年の足跡がぱったりと消えているのを発見している。
④3回目のコンタクト後、雪の上で倒れている藤原青年をNHK取材班他一行が発見したが、その時録音されたテープを聞いても、とても狂言とは思えない迫真性がある。
⑤捜索隊一行が藤原青年を発見する前にUFOが上昇・下降・左右に動くのが目撃され、テープにも収められている。
⑥藤原青年が描いた円盤内部の描写に独創性がある。
⑦エアーで円盤に吸い込まれたり降ろされたりする方法はある方面で実用化が検討中とされるマル秘もの。
⑧証拠物件の岩石はX線で調査の結果地球上の岩石の組成と変わらない事が判明したが、まだ完全な調査は
完了していない。
この上で、荒井氏は「精神病理的診断の道も残されている」と指摘されております。
可能な限り科学的に検証しようとする姿勢はさすが、「日本UFO研究の父」と呼ばれるだけの事はあります。
さて、子供の頃に胸を躍らせたUFO事件の揚げ足を取るのは辛い部分もありますが。
上記の「証拠」は良く考えてみると証拠としてはかなり弱い事に気付きます。
例えば、近所の中学生が月より明るい光を見たとしても、それがイコール空飛ぶ円盤だと言う事にはならない。
何らかの光学現象である可能性も否定できないし、それを見た藤原青年が円盤と誤認し、その後の体験を妄想
したとも考えられる。スプーン曲げが簡単なトリックで実現できる事は周知の事実であるし、NHK取材班が飛び
回る円盤を撮影したのなら、何故それが科学的検証の場に提出されないのか。
何より木星はガスで出来た惑星であることは今日日小学生でも知っており、そこから岩石のカケラを持ってきた
時点でこのハナシが真実ではない事が判ります。(それとも宇宙戦艦ヤマトで出てきた「浮遊大陸」みたいな物
があるのでしょうか?)
今となっては検証する術も少ないので、藤原青年の身に何が起こったのかを確かめる事は出来ません。
もしかすると本当に円盤が現れたのかもしれないし、藤原青年の妄言かもしれない。
しかし、上記のネタを荒川氏の元に持ち込んだのは、前回の記事でも登場した平野威馬雄氏。平野氏は現地ま
で乗り込んで調査に当たり、それを基に荒川氏は記事を書きました。平野氏はかなり肯定的にUFO現象を見る
方の様で、その平野氏のフィルターを通して事件が語られている事には注目しておく必要があると思います。
この事件を語る時に必ずと言っていいほど出てくるのが平野氏が言う「純朴な青年」とのフレーズです。こんな純
朴な青年が狂言など言うはずがないと、そう言う前提で話が語られるのです。
実際に藤原青年と会った方の文章を読むと、確かに藤原青年が純朴でとても嘘をつくようには見えない方の様
ですが、だからと言って藤原青年の話が真実かどうかは別問題です。
事実、後に藤原さんは「サモンコール宇宙連合」なるもののスポークスマンを自称するようになり、「サモンコール
星(2億5千万光年の彼方)まで6分でテレポートできる」とか、「自分の役目は地震や噴火等の天変地異を遅らせ
たりする事で、地球の内部は空洞になっており、UFOでマグマのそばまで行って岩を詰めたりして火山の爆発
を防ぐ」とか、「自分は活動の為にUFOを3台持っており、普段は日高の山にバリアーをはって隠してある」と
か、そんな事を言い出す様になってしまいます。
こんなハナシを聞くにつれ、子供の頃大好きだった「藤原青年」はどうしちゃったんだろうと、一抹の寂しさを憶え
たものです。そして、荒川氏の指摘に尚一層頷いてしまいます。
そして今回、藤原氏の消息を辿っていったのですが、いまひとつはっきりせず。しかし、1995年前後に日高で準
備していた円盤に乗り、仲間と共に宇宙に旅立ったという情報もあり、その時の最後の連絡先の住所は帯広市
でした。
またその後、宇宙からお戻りになったのか、藤原氏は各地からのお声がかりに応じてお付の人を伴い全国を飛
び回っていたそうですが、何故か円盤ではなく飛行機をお使いになっていた様です…。
藤原青年も今では65歳になられている筈ですが、今は何処にいらっしゃるのか。もしかしたら今頃円盤で宇宙を
飛び回っているのかもしれません。
と言う訳で、「仁頃事件」と言う、私にとっては懐かしいUFOネタをご紹介したくて記事に致しました。
(←)ナンバーワン・ブックス第5巻『UFOの正体』(荒井欣一監修・フレーベル館・1974年)に出ていた「仁頃事件マンガ」。懐かしい〜。
しかしどうでもいい事ですが、私は決して異星の人に偏見を持ちませんが、それでもやっぱりこの「サモンコー
ル星人」は生理的に受け付けないなぁ…。子供の頃のトラウマでしょうか?
(子供の頃、ホントに怖かったんです、このハナシ…)