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婦人雑誌の『主婦之友』が、昭和4(1929)年1月号から始めた新連載は大変な評判を呼んだそうです。
その連載のタイトルは「霊界放送」。
三條信子と言う霊媒があの世の有名人と交信し、それを妹の基子が速記すると言う方法で、故有島武郎・故夏
目漱石・故芥川龍之介・故乃木稀介などなど錚々たるメンバーと交信する模様を記事にしたのです。
「霊界放送〜乃木将軍と静子夫人に会見の記:三條信子」との記事が載っています。
蛇足ですが、「夫婦喧嘩の予防秘訣百ヶ條」(読みたい)とか、「美貌の友に愛人を奪われた悲恋の思出」(是非読みたい)とか、いかにも婦人誌らしい記事が満載です。
平安朝の女流日記を思わせる三條信子の語り口に女性読者は魅了され、当時の主婦好みの人選(霊選か)と
タイトルも当たって、大人気記事となりました。
相手が有名人なら、事前にかなりの情報が入手できるので、頭から信じ込まずに読み物として楽しんで
いた読者も多かったのだろうと想像できますが、ところが三條信子はそんな読者も驚く交信をやっての
けたのです。それは軍人の夫に殉死したある婦人と交信した折、同時に全く無名の夫婦の霊とも交信し
たのです。その夫婦はつい最近新潟で亡くなったばかりの一般人で、交通事故死した夫と夫を慕って殉
死した妻でした。今と違って情報の伝達経路が極端に少ない時代です。新潟で死んだ夫婦の事を三條信
子が知る由もありません。しかも、記事には殉死した妻の写真まで掲載され、これは「心霊写真」では
ないかと言う事になったそうです。
三條信子の人気は高まるばかりですが、本人も妹も決して表には出てこなかった為、偽三條が横行し、
各地で詐欺の被害が出るに及び、連載は10月号で打ち切られました。
ちなみに、連載リストは…
1月号「霊界放送 九条武子夫人の極楽だより」
2月号「霊界放送 死んだ有島武郎氏の其の後」
3月号「霊界放送 夏目漱石氏を中心に霊人の懇話会」
4月(5月?)号「霊界放送 非業に斃れた一男六女に招かれし会見記」
6月号「霊界放送 後藤伯爵と三大富豪及び西園寺公のお花さんと会見記」
7月号「霊界放送 霊界の良人より未亡人への願ひと悩み」
8月号「霊界放送 亡き幼兒を霊界に探ねる記」
9月号「霊界放送 乃木将軍と静子夫人に会見の記」
10月号「霊界放送 良人に殉死した寺内あや子夫人と霊界に会見の記」(この号に無名夫婦との交信が載った)
うーん、どれもこれも、今読んでみたいです。
稀代の霊媒三條信子ですが、しかし、思わぬところからネタバレしてしまいます。
昭和11(1938)年に『主婦之友』が再び心霊記事を載せた時、石川雅章と言う人が激しくそれを非難し
たのです。そして、三條信子のトリックをすべて明らかにしてしまいました。
実は石川氏は、「霊界放送」の企画に協力していた人物で、当時奇術師として人気を博していた松旭斎
天勝一座の一員だった人。心霊体験談の創作や心霊写真の作成にも従事した経験を持っていました。
「霊界放送」を書いていたのは作家の山中峯太郎で、三條信子も妹の基子も架空の人物だったのです。
つまり、「霊界放送」は完全な創作で、石川氏は地方紙に載った例の夫婦の記事を見つけ、記事を企画
し、遺族に頼み込んで妻の写真を借りてきたのでした。
三條信子のトリックは、いわゆるホット・リーディング(自称超能力者や自称霊能者が、他人の過去や
現在を言い当てたりする時に、事前に得ていた情報を利用する事。その手の人達の間で膨大な量の「顧
客データ」が共有されている場合すらある。)ですが、基本的な手口は今も殆ど変わっていません。
そういえばいつか、スピリチュアル・カウンセラーの某氏がこの手口に失敗して大恥をかいた事があり
ました。この人の場合、事前リサーチは番組制作会社がやっていたそうですが。
−と言う訳で、やっぱりこの手はまず懐疑的な見方をした方がいいと言う、教訓みたいなお話でした。
TVでワーキャー言うだけならまだいいが、割とコロッとかなりヤバイ詐欺に引っかかるケースも多い
ですから…。
(参考)『心霊写真』(小池壮彦著・宝島社新書) 古雑誌&古本Re−Make/Re-model「主婦之友」
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