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鎌倉は、実はUFO目撃多発地帯です。
相模湾上空に光を見たと言う目撃情報は後を絶ちません。
(大抵は上空を飛ぶ旅客機だったり、厚木基地の軍用機だったりするのですが。)
鎌倉時代は、腰越で処刑されそうになった日蓮が、江ノ島から飛来してきたUFOに救われておりますし。
そんな鎌倉に、宇宙人が現われたと言う事件があります。
超マイナーネタなので、知る方は殆どいらっしゃらないでしょうが。
私は、子供の頃にある本でこの事件を知り、ひっくり返った記憶があります。
ある意味、ものすごい目撃事件なのです。これは。
1976年か77年、昭和51年か52年の秋です。
鎌倉は、大雨に見舞われ、Iさん(女性。当時68か69歳)が経営する旅館の前の道は冠水してしまいました。
しかし、夜になるとその水もさっぱりと引き、Iさんは安心して寝床に入りました。
午前2時ごろ、トイレに立ったIさんの耳に、妙な音が聞こえてきました。
静まり返った表の道路から、サイレンの様な音がするのです。
その音は、道路を走っているらしく、Iさんの旅館の前を通過して海の方へと向っていきます。
不審に思ったIさんが、1階の広間に降り、障子の隙間から表通りを覗いて見ると、そこには異様な光景が
広がっていました。
道路を、白い自動車の様な乗り物に乗った小人達が、次々と通り過ぎているのです。
白い乗り物は、合計7台もありました。
サイレンの音は、柔らかく優しい音楽の様で、ヤカンで沸いたお湯の湯気が吹き出す音にも似ていました。
乗り物の大きさは、長さが2メートル、幅が1メートル程で、積み木細工の様な、お粗末な感じの乗り物です。
荷台には、白いかまぼこ型の箱が載っています。車体には、標識や記号は何も記されていません。
車輪は普通に4つついております。
運転席には2人の小人が乗り、右側の小人はハンドルを握っていました。
背の高さは10歳の子供ぐらい。
三角形の頭の先がとがった形の白い頭巾を被り、目のところに2つの穴があいています。
首から足の先まで一体の白いツナギの様なものを着て、白い手袋をはめている。
(↓)想像図。(By TO)
すごいでしょ?ある意味。
「自動車のような乗り物」って、そのまんま自動車じゃん!!ハンドルとか、タイヤついてるし。
だいたい、この宇宙人たちはどっから来て、どこに行ったのか。
こんなんでも、れっきとした「宇宙人遭遇事件」として扱われていたのです。昔は。
ちなみに、この話は、『UFOと宇宙』(No.86 1982年9月号/ユニバース出版)の中で、あの、矢追純一さんが
レポートしたものです。(この頃から、ミステルは何にでも食いついていたんですね…。)
さて、当時は完全ビリーバーだった私ですら、いくら何でもこれはないよなぁ…と思わざるを得なかった
この事件。せっかくなので、調べてみました。
Iさんの記憶は曖昧で、この時間が発生した正確な日付はわかりませんが、恐らく1976(昭和51)年9月9日だと
思われます。この日、台風17号による大雨で、神奈川県でも冠水などの被害が各地で発生しました。
鎌倉や藤沢など湘南地方も例外ではありませんでした。
翌年に鎌倉で水害があったとの記録はないので、事件があったのは昭和51年9月でまず間違いなさそうです。
で、Iさんが目撃した白い乗り物の正体は、冠水した地区を消毒して回る消毒車だと思われます。
鎌倉市役所に問い合わせたところ、現在は鎌倉市が数台の消毒車を保有しており、水害などがあると、市が
消毒作業を行うそうですが、昭和51年当時は、クレゾール石鹸液を各町内会に配布して、消毒を行ってもらって
いたそうです。
消毒液の散布作業は噴霧器で行い、消毒液の取り扱い時には長袖長ズボンとマスク、ゴム手袋を着用する事と
なっております。「ヤカンで沸いたお湯の湯気が吹き出す音にも似ていた」と言う音は、噴霧器から消毒液が
噴き出る音で、頭巾を被り、つなぎを着て、手袋をはめている姿は、消毒液を扱うときの服装と一致します。
1970年代と言うと、幌屋根のオープンタイプの軽トラック(バモス・ホンダとか)が流行ってた頃です。
この手の軽トラに消毒液のタンクを積んで、消毒作業を行っていたのではないでしょうか。
これなんか、Iさんが見た「白い乗り物」に、サイズとい
い形といい、ほぼ一致します。
(↓)Iさんが描いた「宇宙人」と「乗り物」
誰も知らない「UFO事件」をほじくりかえして、勝手に検証しても仕方がないと言えば仕方がないのですが。
お忙しい中、下らない質問にもご丁寧にお答え頂いた鎌倉市役所の方に感謝して、記事を終わります。
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