こんな時にヘンな記事あげるな!!とお思いの方も多いでしょうが、そこをぐっと我慢して、お時間があればお読み
下されば幸甚です。
1973(昭和48)年12月13日(木)、愛知県宝飯郡小坂井町(現・豊川市)の豊川信金小坂井支店に、預金者約60
人が殺到し、約5000万円近くが引き出されました。一日に引き出される金額としては多すぎる異例の事態に職員
は戸惑い、動揺します。支店はパニック状態に置かれました。念のために申し上げると、ATMなんてカゲもカタ
チも無かった時代です。
支店まで客を運んだタクシー運転手は、昼頃に乗せた客に「豊川信金が危ないらしい」と言われ、14:30の客に
は「豊川信金は危ない」と断定され、16:30頃の客は「潰れる」と言い、夜の客には「明日はもうあそこのシャッ
ターは上がるまい」と聞かされました。
(←)現在の豊川信金小坂井支店。
翌14日(金)には小坂井支店だけでなく他の支店にも事態が飛び火し、取りつけ騒動が発生。豊川信金が破綻
すると信じた預金者がひっきりなしに窓口を訪れては預金全額を引き出していきます。「行員の使い込みが原因
で…」「理事長が自殺」などとの噂も広がり、混乱に拍車をかけました。身に覚えの無い信金側はマスコミに依頼
し、「豊川信金が潰れると言うのはデマだ」と報道してもらい、騒ぎの沈静化を図ります。
15日(土)、日銀と大蔵省が連名で豊川信金の経営保障をし、自殺を噂された理事長が自ら窓口に立った事が
奏功して、取りつけ騒ぎは収拾しました。しかし、僅か2日間に20億円以上の預金が引き出されたのです。
当時の豊川信金の総預金額は360億円。もう少し事態収拾が遅ければ、本当に破綻をきたすところでした。
これが世に言う「豊川信用金庫事件」のあらましです。
翌日から警察の捜査が始まりました。デマを流した者には信用毀損業務妨害の疑いがあったのです。
捜査は、デマの源泉に向かって遡っていきました。
そしてそれは、成功しました。意外な結末をもって。
13日(木)、町内でクリーニング店を営むGさんHさん夫婦は、友人知人親類縁者お得意様に夫婦で手分けして
電話をかけていました。小坂井町に住む人にとっては、非常に重大な「情報」を伝える為です。
その情報とは「豊川信金が危ない」と言う話。既に豊川信金の自分の口座から預金を180万も引き出していたG
さん達の話は、リアリティーと説得力に富み、話を聞いた人達は豊川信金に走ると同時に、それぞれの友人知
人らに話を広げていきました。話を聞いた人の中にはアマ無線の愛好家がいて無線で「情報」を伝えた事もあ
り、「豊川信金破綻」の噂は瞬く間に広がっていきました。
しかし、Gさん達は故意にデマを流した訳ではありませんでした。それなりの確証があったのです。
13日(木)午前11時半頃、Gさんのクリーニング店に男が電話を借りにきました。店番をしていたHさんは、男が電
話で話す声を聞いて驚きました。男は焦った様子で「豊川信金から120万円引き出しておいてくれ」と電話の先に
言ったのです。一度にそんな多額の現金を引き出すとは尋常ではないと感じたHさんは、2〜3日前に聞いた噂
話を思い出しました。
10日(月)、Gさんのクリーニング店に、親戚のFさんがやって来ました。美容院帰りのFさんは「豊川信金が危な
いんだって…」と言います。豊川信金に口座があるFさんはかなり動揺していました。
GさんとHさんは「そんな事あるのかなぁ」と半信半疑で話を終わらせていたのですが、その時のFさんの言葉が
Hさんの脳裏に残っていたのです。
「やっぱり豊川信金は危ないんだわ、この男の人は信金が潰れる前にお金を引き出したんだわ」
Hさんがそう思ったのも無理からぬ事でした。
実はその頃、豊川信金が危ないとの話は「近所の噂」にもなっていたのです。
Fさんにこの話をしたのは、美容院店主のEさんでした。Eさんは9日(日)に来たDさんと言うお客さんから「豊川
信金が危ないって噂がある」と聞き、それをFさんに話したのでした。
8日(土)の夜、Dさんは兄の妻に電話し、「豊川信金が危ないと言うのは本当か確認して欲しい」とお願いしてい
ました。兄の妻は豊川信金に勤める知人に電話し、その日の内に返事をDさんに返しました。「そんなのは単な
る噂だ」と。
Dさんが何故そんな電話をしたか言うと、姪のAさんに「信用金庫って危ないの?」と訊かれたからでした。
Aさんは高校3年生で、豊川信金への就職が決まっていました。
Aさんは単に「信用金庫」と言ったのですが、Dさんはそれを「豊川信用金庫」の事を言っているのだと思い込ん
だのです。Dさんは、Aさんが豊川信金の経営状態を心配していると思ったのでしょう。また、小坂井町住人の大
部分は豊川信金に口座を持っており、「信用金庫=豊川信金」と認識されていたので、Dさんの思い込みもやむ
を得ない事でした。
AさんがDさんにそんな事を訊いたのにも小さな理由がありました。
その日の下校途中、Aさんは国鉄飯田線の電車内で、友達と他愛の無い雑談に花を咲かせていました。
その時、友達のBさんとCさんは、豊川信金に勤める事になったAさんをからかうように言いました。
「信用金庫なんて危ないよ」
Bさん達は冗談で、信用金庫は(強盗が入るから)危ない、と言ったのです。また、ここでも単に「信用金庫」と
言っただけで「豊川信金」を名指しした訳ではなく、一般論として言っただけでした。
Aさんはたとえ冗談でも気になったのかそれとも真に受けたのか、帰宅してからおばのDさんに「信用金庫って危
ないの?」と何気なく訊いたのでした。
つまりは…
辿り着いた「豊川信金破綻デマ」の源泉は、女子高生のおしゃべりの中の、
何の罪も無い冗談だったのです。
さらに、クリーニング店で電話を借りた男は、単に仕事上の支払いにあてる為に現金の引き出しを指示した
だけだったと言う事も判明しました。もちろんこの人にも何の罪もありません。
こうして、偶然の重なりで伝言ゲームが始まったのです。
かかわった人たちには、悪意のひとかけらも無い。
しかしそれでも、たった一つの冗談が、凶悪なデマに発展したのです。
デマが伝播する時は必ずそうなるらしいのですが、デマが広まる中で「え?あなたも知ってた?」と噂の交差が
発生し、「周りの人はみんな知っていて、『危ない』と言っている」という風に、より信憑性が高まるのです。
その信憑性に勢いを得たデマは、更に広がる。「事実」「真実」として。
そして、当時の小坂井町にはこうしたデマが形成される
土壌がありました。
7年前に、隣接する豊橋市の金融会社が倒産すると言う
事件がありました。この会社は、高利を餌に近隣住民か
ら金を集めるインチキ金融会社。小坂井町は被害者が
特に多かったのです。クリーニング店の夫妻も事件の被
害者で、「もうあんな事は繰り返せない」と、善意で周囲
の人に豊川信金の話を広げました。話を受けた人達も事
件の記憶が新しかったので、冷静に検証・判断する前に
窓口に走ってしまったのです。
さらに、当時はオイルショックとそれに伴う「トイレットペーパー騒動」が発生しており(10月)、日本中で国民の生
活不安が高まっていたのも要因の一つだと言われています。
この話、デマの伝達経路が解明された稀有なケースとして有名で、心理学や社会学のテキストにもなっている
そうです。
モトを明かせば、何だそんなくだらぬ事だったのかと笑いたくもなりますが、今の私達はこの事件を笑えません。
未曾有の大震災と言う状況の中で、幾つのデマが流れ、何万の人がそれを鵜呑みにしている事でしょうか。
やれ「石油コンビナートの火災によって猛毒の雨が降る」だの (燃えたのはLPGなのでそんな物質は出ない)
やれ「今後〇ヶ月は首都圏に食品やガソリンが入ってこない」だの (各社生産・流通体制を整えつつある)
やれ「放射能にはヨウ素入りのうがい薬を飲め」だの (効果がないどころか有害)
やれ「次の震源は〇〇だ」だの (震源が事前に判る位なら、こんな大災害になっていない)
ホントにこの国は21世紀の科学技術立国なのかと疑いたくなるデマのオンパレードです。
政治家は「国民は冷静な行動を」―と言いますが、冷静な行動に必要なのは確かな情報です。
政府や企業は正確な情報を開示する義務がありますし、マスコミはそれを広報する義務がある。
そして私達はそれを参照し、判断する自己責任があります。
いちいちデマや噂に躍らせていてはこの大災厄を乗り切ることは出来ません。
被災者の方々への支援も的外れになってしまう上に、支援すべき人たちも混乱に陥るだけです。
日本中が一致団結して事にあたる上では、正確な情報とそれに伴う正しい判断が必要です。
確かに原発一つとっても、今までの隠蔽体質と現在の対応の遅さが、公式発表の信頼性を否定する要因になっ
ている事は否めません。
しかし、それとこれとは別です。妙な話を耳にしたら、一旦立ち止まって、それが現実的にあり得るのかときちん
と確認しましょう。ちゃんと調べましょう。そして判断・行動しましょう。
自分で。自分でです。
今は情報収集のツールは色々あるのですから。そして私達は過去に多くの教訓を得ているのですから。
「豊川信用金庫事件」の最中、何食わぬ顔で預金をしにきた人もいたそうです。
事件の2年前、1971(昭和46)年にペイオフ制度が創られて、預金が保護される事を知っていたのです。
(←)ちょっと、控えめに。