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宇宙人、横浜に現る!!

昭和ネタですが、さすがにこれは、誰も知らないでしょう!!
 
昭和51(1976)年秋ごろ、横浜市戸塚区の小学3年生・石川君が宇宙人に遭遇したと言う事件!!
 
イメージ 1(←)シャイなのか???半身を隠す宇宙人。
 
 自宅付近の林の中で、石川君は奇妙な黒い人影を発見。ピッタリ身体にフィ
 
ットした作業服の様なものを着ており、身長160㎝ほどだった。目は四角く光
 
り、周囲には悪臭が立ち込めている中、宇宙人は何故か首を左右にふってい
 
たそうです。石川君はあわてて自宅に駆け戻りました。(その後の事は不明。
 
『UFOと宇宙』No.35(1978年6月)に詳しく出ているらしいが、誰か持ってないで
 
しょうか?)
 


 
何故この事件を取り上げたかと言うと、私、この事件当時横浜市戸塚区に住んでいたんです。
 
つまり、地元で起こった宇宙人事件!! 灯台下暗しですね〜。何もロズウェルとかに行かなくても、身近に宇宙人
 
がいたのです。嬉しいではありませんか。
 
昭和51年と言うと、私は小学5年くらいですから、石川君より少し上。石川君、何小学校だったんだろう。まさか
 
同じ学校だったりして。
 

 
その頃の戸塚は、他区民にド田舎扱いされておりました。それも仕方のないことで、まだ宅地開発もそれほど進
 
んでおらず、森や林や田んぼや畑があちこちに残っていたのです。お陰でのびのびと遊べましたが。蛍が翔び、
 
田んぼではザリガニが採れ、用水路には魚がいて、沼には亀が。私もよくカブト虫やクワガタを採りに森や林に
 
入ったものです。
 
 
そんな環境だから、石川君が「自宅付近の林の中で」宇宙人を発見したと言うのは妙なリアリティーを感じます。
 
 
当時は’70年代オカルトブームの真っ只中だったので、学校でもUFO,宇宙人、超能力、心霊写真などの話題が
 
絶えませんでした。クラスメートでも、「あそこの森の中で宇宙人を見た、片手がトンカチだった」とか言ってた奴
 
もいたっけ。UFOを見た奴なんてザラにいました。
 
 
かく言う私も、丁度この事件があった頃、戸塚区内でUFOを目撃しております。
 
最初の頃の記事に書きましたが。)
 
イメージ 2
 (←)こんな感じの。
 
もしかして、宇宙人はコレに乗って戸塚観光に来てい
 
たのかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 


 
え?ド田舎の戸塚区で何を観光するのかって?そりゃあなた、ドリームランドですよ、ドリームランド。
 
横浜ドリームランド!!
 
当時の日本を代表したかは知らんが、現在のディズニーランド並みの人気を誇ったかどうかも知らんが、
 
ともかく、少なくとも戸塚区のシンボル的な遊園地だったのがこの横浜ドリームランドだったのです。
 
 
(↓)森と田んぼに囲まれたドリームランド。一番手前は「ホテル エンパイア」
イメージ 3
 
以下は、ドリームランドの魅力の一部です。
 
〇大船駅までモノレールが通っていた。(欠陥が見つかりすぐに運行停止になった。その後、地上十数mのモノレールの線路上で遊ぶ豪胆な小学生が続出したが、たまに保線用の車両が突き進んでくるので、死にそうになりながら逃げた。)
イメージ 5
 
(←)よくこんな所で遊べたなぁ…。この線路を歩いて大船まで行った奴がいると言うプチ都市伝説もあったが、あながち嘘とも思えない。戸塚版スタンド・バイ・ミーですな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〇ヘリコプターの遊覧飛行があった。 (近隣住民には折角の土日の騒音源でしかなかった。)
イメージ 7
 
(←)この機体がヒューズ269(元はといえば米陸軍観測ヘリ)である事なんかは、当時の小学生には全く関係なかった。一度は乗りたかったが、料金がべらぼうに高かったので、私の友達の中で乗った奴は一人もいなかった。背後の白い低層建物はボウリング場(ドリームボウル)ですな。卓球とかゲーセンもありました。
 
 
 
 
 
 
〇英国衛兵もどきのパレード。(無表情で立哨する衛兵を笑わせる事に血道をあげる小学生が続出した。)
イメージ 8
 
(←)衛兵のパレード。平日はよく敷地の裏で練習していた。マスコットキャラの「ドリちゃん」「ランちゃん」の姿も見える。
 
ちなみに、私は衛兵を笑わす事は出来ませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
〇ゴンドラが動く観覧車。(当時の地元小学生男子は、あれに乗れれば男…いや”漢”としてみなされた。)
イメージ 9
 
(←)赤いゴンドラは固定されておらず、レールの上をスライドして動く。とても怖い。すごく怖い。
 
特に末期は、鉄骨のあちこちからギシギシと不気味な軋み音が響き、 動くゴンドラに乗らずとも、洒落にならないほどリアルな恐怖感が味わえた。
 
 
 
 
 
 
 〇人気アトラクション、潜水艦。(潜水艦と言いながら水に潜らない事に抗議する小学生が続出した。)
イメージ 10
 
(←)この様に、滝の中のコースに入って潜っているように見せかけていた。船底が客席になっており、一応潜水艦気分は味わえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
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(←)水中で見えるのは濁った水と魚などの張りぼて。それが末期にはコケにまみれ、目茶いい感じになっていた。
 
*他にも海賊船やジャングルクルーズなどがあったが、廃園直前はどれもボロボロで、何に乗ってもお化け屋敷の気分が味わえた。ジャングルクルーズのお兄さんなどはそれを逆手にとって「はーい、あのワニは、10年前から動いていません〜」などと言ってはウケをとっていた。
 
 
 
 
 
 〇日本一怖くないお化け屋敷(当ブログと共通するノリを感じる…。)
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(←)入り口からして、全く怖くない。
それでも、ホンモノの幽霊が出ると言う説得力の無いウワサもあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〇日本初の回転コースター、シャトルループ。(ほんの一時期、シャトルループ目当ての客が殺到し、周辺道路が渋滞した。当時の地元民はそれを「ループ渋滞」と呼び、迷惑がりつつもちょっと誇らしげであった。)
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(←)往復2回転するだけ。フジヤマやドドンパを見慣れた現在からするとやたらとチンケだが、こんなんでも当時は「スーパー絶叫マシン」だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
〇レインボープール (長い滑り台で海パンの尻に穴を開ける小学生が続出した)
イメージ 13
 
(←)近くの小学生は割り安にシーズンパスを購入できたので、みんなそれを持っていた。夏休みでする事がないと毎日でもここに来て遊んでいた。よって、ここで泳いでるガキのほぼ8割は徒歩・チャリンコ圏の小学生だった。オープンと同時に行って、昼ごはんを家か友達んちに食べに帰り、また来て夕方まで遊ぶのだ。
 
たまにヒーローショーを開催しており、レインボーマンショーの折に、「死ね死ね団」によってプールに放り込まれた苦い経験がある者も存在する。(私。)
 
 
ちなみにこのプールは、冬にはスケートリンクになりました。その為、近くの小学校では体育でスケートの授業が
 
あったのです。 しかし、ダブル・トゥループが出来る程度まで上達した者はいなかった様です。
 

 
ドリームランドには他にも、映画館はあるは(ドリーム名画座。シャトルループの悲鳴が館内まで響き、ホラー映
 
画に妙な臨場感を与えていた。末期には『ターミネーター』と『ポリスアカデミー』と『砂の器』の三本立てと言う素
 
っ頓狂な企画が何食わぬ顔で実施されていた)、春日神社に鹿がいるは(鹿せんべいが予想外に美味かったの
 
で、おやつ代わりに食べる小学生が続出し、学校で鹿せんべいを食べてはいけませんと不当な通達が出た)、
 
キカイダーやゴレンジャーの撮影は来るは(段ボールを引きちぎってサインをねだる小学生が続出したが、モ
 
モレンジャーとミドレンジャーの中に入ってる人は気さくに応じてくれた)と、そりゃもう大騒ぎでごきげんな「夢の
 
国」だったのです。
 
(踊る大捜査線も末期のここでロケをしてましたね〜。)
 

 
そして、ドリームランドのシンボルは五重塔を倣ったデザインが秀逸の「ホテル エンパイア」!!
 
当時は、大船の撮影所からスタアも泊まりに来ると噂された高級ホテル(一応)でした。
 
 
丘の上の21階建てだったので、観覧車と共にどこからでも良く見えました。
 
最上階は回転レストランになっており、私も1度だけ両親に連れて行って貰ってエビフライを食べたおぼえがあり
 
ます。親は「建物も高いが、値段も高い」と上手い事を言ってましたっけ。
 
イメージ 6
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(↓)俊工時は「わが国初の超高層建築」だったそうです。
イメージ 4
 イメージ 17
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ドリームランドは、2002年7月に閉園しましたが、エンパイアの建物は今だ現存し、跡地に出来た薬科大学の施
 
設として使われております。名物の一つだった「二階建てのメリーゴーランド」は、現在おやまゆうえんにあるとの
 
事ですし、ドリームランドの”遺産”が少しでも残っているのは、私にとっては嬉しい事です。
 


 
ドリームランドの魅力と言えば、そこで働く人にもありました。
 
 
園内から花火を打ち上げる、夏のドリームランド大花火大会の夜、 花火を打ち上げている間は入園禁止で、観
 
客は周囲の駐車場から見物するのですが、私達近所の小学生と仲良くなった職員のおいにいさんとかが、内緒
 
でこっそり中に入れてくれたりしました。もちろん、園内の、危険のない場所なのですが、大輪の花火を真下から
 
見たのは後にも先にもあれっきりです。親しみやすい人たちが多かったのです。
 
 
有名処(なのかな?)でいうと、「ヘイヘイおじさん」ですか。
 
ヘイヘイおじさんとは、「ミュージックエキスプレス」の操作を担当していた新井さん。
 
イメージ 16
(←)ミュージックエキスプレス
 
 どこにでもある、陳腐なアトラクションですが…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
地味だったこのアトラクションの担当になった新井さんが、操作中に当時流行っていたキョンキョンの『学園天
 
国』を歌ってみました。「♪ヘーイ ヘイ ヘイヘーイ ヘイ!!」
 
新井さんの声に、お客さんは驚くほど盛り上がり、その時から新井さんは「ヘイヘイおじさん」となりました。
 
イメージ 14
(←)ヘイヘイおじさん。私の子供達もヘイヘイおじさんのお世話になりました。何度乗った事か。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ヘイヘイおじさんが操作台に入り、ミュージックエキスプレスが満席で回り始めます。
「よーっしゃー。行った行ったあ、ゴーゴーゴー!!ヘーイヘイヘイ、ヘーイヘイ!!」
 
お客さんからも、 「ヘーイヘイヘイ、ヘーイヘイ!!」と大合唱が始まります。
 
ヘイヘイおじさんは、そこで一旦停めます。
 
 「どうだ怖かっただろう」 「怖くなーい」
 「上等だ。今度は泣かしてやる!!
 
今度は後ろ向きに回り始めます。
 
「ゴーゴーゴー!! ♪ヘーイヘイヘイ、ヘーイヘイ!! 」
 
 お客さんも声を張り上げます。
 
「♪ヘーイヘイヘイ、ヘーイヘイ!!」
 
来園客が減り続けるドリームランドで、「ミュージックエキスプレス」は誰もが必ず乗りに来る人気アトラクション
 
になりました。
 
 
ヘイヘイおじさんはボウリングも得意だったらしく、「ドリーム・ボウル」には「ヘイヘイおじさんのボウリン グ教室」
 
なんて立れ幕がかかっていましたっけ。
 
 
ドリームランド閉園が決まると、突如として賑わい、「ドリームランドをなくさないで」と訴える人も多くいました。
 
今更そんなこと言うなら何で今まで来なかったんだよ!!と、地元の(元)子供達は思ったものです。
 
 
「…それでも一瞬だけ、横浜ドリームランドが生まれたばかりの頃の『夢の国』の雰囲気が帰ってきたのは、本当
 
に嬉しかった」 ・・・閉園後のインタビューで、元ヘイヘイおじさん…新井さんはそう語っております。

 
(↓)ドリームランド閉園の日。ヘイヘイおじさん、最後のヘイヘイ。
 
だめだ。この動画観てると泣けてしょうがない…。
 

 
話が激しくそれましたが、そんな私の子供時代に、近くに宇宙人が来ていた事を知り、嬉しくて記事にしました。
 
超マイナーなネタではありますが、独断で「戸塚区を代表する宇宙人遭遇事件」に認定し、
 
「戸塚事件」と命名したいと思います。
 
 
(↓)旧ドリームランド一帯。別にここに宇宙人が現れた訳ではありませんが…。
 
 

 (参考) 円盤工房 ドリームランドメモリーズさん他、ドリームランドを愛する大勢の皆様のサイト

日本初の宇宙人写真

ちょっと「昭和なUFO」にハマっておりますが。
 
お次にご紹介するのも、昔「円盤キッズ」だった方には懐かしい写真でしょう。
 
昭和50(1975)年3月31日、愛媛県川之江市(現四国中央市川之江町)で撮影された、宇宙人です。
 
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
日本UFO史上に燦然と輝く(宇宙人も輝いているが)一枚です。
 
と言うのも、これが「日本で初めて撮影された宇宙人の写真」とされるからです。
 


 
撮影したのは、愛媛県川之江市(現・四国中央市川之江町)に住む写真工房経営・塩田義一さん(当時49歳)。
 
うろ覚えですが、自宅付近の埋立地で夜な夜な怪光が出現すると言う噂を聞いた塩田さん。UFO研究家でもあ
 
った塩田さんは、何とか写真に撮ってやろうと何日も張り込みを続けていました。春先とは言え、夜中は冷えるで
 
しょうに。塩田さんは見上げた根性者です。そんな塩田さんの粘りに、さすがの宇宙人も根負けしたのでしょう。
 
遂に塩田さんの目前に姿を現しました。宇宙人は地上から2m程浮いており、ススス〜っと10mばかり進んで、そ
 
して消えたそうです。
 
イメージ 2
(←)別の一枚。2人連れか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(↓)現場付近の地図。
 
イメージ 3
(←)川之江町付近の埋立地。
この辺に宇宙人が現れたのか???
 
ちなみに、宇宙人とは関係ありませんが、この一帯は日本有数の製紙産業の町だそうです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうでもいいですが、この後「UFOが飛び立った」とか、「付近の住民がUFOを目撃した」と言う話は無いので、一
 
概に「宇宙人」とは言い切れないのですが、写真を撮った塩田さんがUFO研究家だったから「宇宙人」と言うカテ
 
ゴリーに分類されたのでしょう。塩田さんが心霊研究家だったら、これは恐らく「埋立地に現れた幽霊の写真。実
 
は数年前、ここで男女が心中しており…」とか何とかになっていた様な気がします。
 

 
しかし、ひと気のない海っぺりで夜中に二人…。
 
この宇宙人たち、何してたんでしょうかねぇ?
 
(―とは中年男の下衆の勘ぐりと言うものですね。純粋に「おおっ!!宇宙人の写真だって!!凄ぇぇぇ!!」とビビッてい
 
たあの頃に戻りたい…。)
 


(参考) 円盤工房 UFO事件簿 『別冊歴史読本 世界謎の超文明』(新人物往来社)

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